鹿野さんはそっけない

白玉いつき

第1話

  一


 鹿野かのさんは、素っ気ない。


 クラスのみんなが挨拶あいさつしても「おー」くらいにしか反応しないし、親友の真由佳まゆかちゃんに対してですら「はよー」と「お」を省略するくらいの素っ気なさである。


 授業中はいつも静かで手を挙げたりさわいだりしない。たまに居眠いねむりをしていて、先生にしかられても「さーせん」とまるで反省してない態度であやまる。


 これで成績が良いものだから、先生もきつく言えないでいる。


 それに加えて言えば、彼女かのじょはとてもうるわしかった。眉目秀麗びもくしゅうれい才色兼備さいしょくけんび

 こんな陳腐ちんぷな言葉を並べたくなるほどに、彼女かのじょ綺麗きれいで、魅惑的みわくてきな女の子だった。


 そのせいか、鹿野さんにあこがれる男子は少なくなかった。


「付き合って下さい!」


 男子からそう言い寄られた回数、実に七回。まだ、入学して二カ月だというのにとてつもない早さである。(うわさの段階でこれなのだから、本当はもっと多いかも知れない)。


 かくいう鹿野さんはというと、「ごめん」とその素っ気なさを存分に生かした断り方で、絶賛、失恋しつれん者を量産中だ。


 そのさっぱりとした性格と容姿が相まって、男子だけでなく女子からも彼女かのじょは人気だった。


 そしてぼくも、ご多分にれず、できれば彼女かのじょとお近づきになりたいと考えている一男子高校生なのでした。



  〇


 それはある日のことだ。


 ぼくはいつも通りかえ支度じたくを済ませて教室を出て行くと、そこで鹿野さんとすれちがった。


「鹿野さん、さよなら」


 ぼく挨拶あいさつ彼女かのじょは「ならー」と手をへらへらと挨拶あいさつを返した。うん、今日きょうも一日素っ気ない鹿野さんだった、とぼくは満足しながら帰っていたところ、


「しまった」


 歩いてしばらくして、忘れ物に気がついた。ぼくあわてて教室に引き返した。数学教師の黒沢は宿題を忘れると、ネチネチと授業中に愚痴ぐちをこぼすのだ。


 教室はすでにだれもいなくなっていた。文武両道を語る学校なだけはあるな、とぼくは感心した。ちなみにぼくは帰宅部だ。


 机から数学の問題集を取り出すと、早く帰ろうと急いだ。何より、家には新作のゲームが待っているし、早くプレイしたいと思っていた。学校にもゲーム部みたいなのがあれば、ぼくも入部したのになぁ。


 ぴろりーん。


 その時、ポケットに入れていたスマホが鳴った。マナーモードでなかったことに少しばかりおどろいたぼくは、「ひい」なんて情けない声を出してしまった。


 ずかしい、ずかしい。


「なんだ、妹か」


 送り手は妹だった。


『クララが立った』


 という短いメッセージと共に動画が送られてきていた。


「クララが立った?」


 不思議に思いながら動画を再生する。そこには、まだ小さな子ネコが、妹に手をつながれ嫌々いやいやそうに二足歩行をしている姿が映っていた。


 その小さな子猫こねこは、の新しい家族だった。


「クララ、めっちゃいやがってんじゃん。てか、名前いつ決まったの?」


 ぼくが学校に行く前はまだ「ねこ、おーい、ねこ!」と妹は呼んでいたはずだが……。


 ぼくの知らぬ間に名前が決まったみたいだった。


「きゃわいいいい!」


 そんな声が耳元に聞こえ、ぼくは盛大におどろいた。


 ねこなでごえのようなしゃべり方に、ぼく一瞬いっしゅんギャルが教室にまよんだのかと疑った。


 そして、声の主を見て、ぼくはさらにおどろいた。


「か、鹿野さん……」

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