第23話
▼▼▼
「あー、クソッ!」
男は門の前でメルメリア教会の関係者であることを示す緑色の魔力石が施されたネックレスを掲げて通る。
休日だったのにいきなり呼び出されて何事かと思えばおつかいだ。理不尽がすぎる。
門を通って中央通りを進めば都市はお祭り騒ぎだ。商業区で商いをしている商人達が中央通りの端に出店を出し、声を上げて客を呼ぶ。
「あー、確かここかぁ?」
アルビオンに訪れたことは数回しかない為、地図を頼りにメリアード教会を探し、戸を叩く。
「あー、メルメリア教会の使者だ!頼まれてた衣装を持ってきたぞー!」
声を上げると牧師が戸を開け姿を表す。
「おやおや、これは…」
牧師はコチラを驚いた表情で眺めている。
まぁ、有名人だしな。と、身内には聞かせられない恥ずかしいセリフを頭の中で呟きながら、わかりやすい象徴として、白く捻れた槍を掲げる。
「挨拶は必要か?」
「…ティアルシード様と悪神スデーハが戦った第四次神話大戦において、メリアード様はティアルシード側の一柱として戦いました。多くの獣や人間が彼女に付き従い、ファバーヤラワの草原は灰燼となったとあります。
その中で、戦神とも呼ばれたメリアード様は一人の人間に助けられたと、後の祝宴で語っています」
神話に登場する神様達って戦争好きだよなぁ。
娘を取られた戦争だ。領地を取られた戦争だ。お気にの人間に祝福をかけられた戦争だ。ちょっとあいつ邪魔じゃね戦争だ。あっやべ、作りかけの神格礼装隣の神の領土にぶん投げちまった証拠隠滅戦争だ。
ちょっと神としてどうなんだそれは。いや、これだから神なのだろう。
「英雄ブイマの持つ“白槍”を受け継ぐ、メルメリアの一番槍にして、聖堂騎士団第一師団聖槍、オージン・メリア殿ですね」
「恥ずかしいだろ、おい」
「申し訳ありません。それより、何故オージン殿が?貴方はメルメリアの武力、聖女様の衣服とは言え、わざわざ荷物持ちなど…」
「メルメリアの武力だから来たんだよ。荷物持ちはついでだ」
聖母のババアが嫌な匂いがするとか言って俺を寄越したのだ。面倒臭いことこの上ないが、ババアはババアでも、聖母だ。メルメリアに養われている以上逆らえない。
「なるほど、変異種の件でしょうか」
「さぁな、詳しくは知らんが、もしもの時は聖女に加勢しろとのことだ。マリア様にとっちゃ、俺は保険なんだろうよ」
「随分と信頼できる保険ですな」
「正直に言えよ、過剰だってな。まぁ、それほど今回の件、あの聖母様は警戒してるってことだろうな」
本来なら俺が出張る仕事じゃない。いや、 第二第三師団が来ても過剰だろう。
心配なら『花弁』達が動けばいいのだ。いつも暇してるし。
「まっ、とにかくこの街で何も起きなければ関わるつもりはねぇし、何か起きたら対処する。それだけだな。嬢ちゃんには俺の事伝えるなよ。空操が余計な勘繰りするかるな」
「かしこまりました」
俺は全ての荷物を牧師に渡して教会を去る。目指すはアルビオン周辺の森だ。屋根を飛び越え、風のような速さで空を駆け抜ける。アルビオンを包む外壁を駆け登り、兵士の目には捉えられない風となって外壁を抜ける。
草原を駆け、近場の森へと進むとゴブリンや獣の魔物が現れ始める。
「準備運動でもするかな」
周りの魔物は全て無視して、森の中を駆け抜けながら、木々に隠れた森の奥に感じる魔力の気配に目を細める。
地面を踏み締める右脚に更なる力を込める。
地面が穿たれ、槍を構えながら大砲のように突っ込み、魔力を溢れ出させる存在へと激突する。
魔物がコチラの存在に気づいた時にはもう遅い。
空の王者、竜の下位種であるワイバーンは翼を広げようとした瞬間、皮膜に穴を開けられ飛ぶことができず、飛来したものに視線を向けた時には心臓を槍で貫かれていた。最後の抵抗すら叶わず、意識を刈り取られ、ワイバーンは眠るように頭を落として倒れる。
「さて、少しは暇つぶしになるかな」
俺はワイバーンから肉を剥ぎ取り、魔力が感じられる方へと視線を向ける。
▼▼▼
祭り、というものに参加したのは久方ぶりである。僕は外の世界が嫌いだ。人間は好きだが、それは別に外見が好きなわけでは無い。若い男女がキャッキャと騒ぐ姿を眺めて何も思わない。故に僕は部屋に篭り、ネットの中を彷徨うか、本を読んでいることが多い。
いや、高校で一度、友人に無理矢理部屋の中から連れ出されて祭りに行った覚えがあるな。大学に入ってからは友人が増え、色々な季節イベントに参加した気がする。
まぁ、そんなわけで多少祭りには赴いた事はあるが、積極的に参加していたわけではないため、来ても何をすればよいのかわからん。
「はてさて、どうするべきか」
僕が来ているのは数日前にティアとフリアで訪れた出店が並ぶ大通りだ。街は活気に包まれ、何処からとも無くバカ煩い商売屋の声が聞こえてくる。
まだ式典の準備途中らしいが、大通りに関しては、通りの両端に出店が並び、お祭りが始まっているような活気が生まれている。
そんな中に場違いの男が金の入った袋を握って立っている。もちろん僕だ。せっかくの祭りなのだから行って様子でも見に行くかと思ったのが間違いだった。
日本の祭りには行ったことがあるが、正直記憶がない。友人達が適当に遊んでいる後ろで小説片手に付いて行っただけだからな。祭りの楽しみ方などわかるわけもない。
これなら物語の続きでも読んでいた方が良かった。
しかしここで帰ってしまうとここまで来た苦労が無駄になる気がしてスッキリしない。せめて何かを得てから帰りたいものだ。
「…祭りの定番と言えば食べ物だろう。昨日ティアが食べていたのがあったな、しかし同じものを食べるというのはつまらん。
ならば、射的?あるのか?わからん。
とりあえず第一候補としておこう。
他には…」
僕はフラフラと通りを歩きながら屋台を見て回る。殆どが何かの肉を焼いたものであったり、本物か偽物かもわからない宝石が殆どで射的や輪投げといったゲーム系は無い。
「…疲れた」
まだ数分しか歩いてないが、疲れたのだ。仕方がない。近くのベンチに座って休憩する。通りを歩くハンターや冒険者の殆どが人間だが、中には獣人と呼ばれる者も存在している。通りを歩く者の殆どが顔に笑顔を浮かべ、時折近くの小さな教会に祈るように手を合わせている。
式典が始まるのは明後日、そこから聖女を乗せた馬車が大通りを進み、中央広場で演説をした後、夜通しの祭りが本格的に行われ、翌日の昼に大通りを引き返してアルビオンを去る。これが大まかな式典の流れだ。
二日続けて行われるため、かなり大規模な式典となる。
「教会はアルビオンに価値を感じているのだろうな。辺境とは言え冒険者の街、聖堂騎士団とやらがあるみたいだが、王家と比べると数が圧倒的に少ない。冒険者を味方にするにはアルビオンを取り込んだ方がいいとマリアは考えているのかな?」
阿呆には王家の考えも教会の考えも理解できない。ただ無責任な妄想を頭の中で繰り広げるだけである。
「おや?また会ったね。まさに運命というやつじゃないか」
背後から声が聞こえ、振り返ると白衣を着た女性、エル・サフィラスが立っていた。彼女は丸眼鏡を片手で掛け直しながら文彦の隣に座る。
「祭りは楽しんでいるかな。いや、まだ準備中だったっけ?でもまぁ、始まってるようなものだよね」
「その通りだ。聖女を一目見ようと近隣の村や街からも人が集まっている。そして、式典に向けて、更に祭りの規模は大きくなっていくだろうな」
「うん、派手だよねぇ」
エルは笑みを深めて祭りの景色を眺めている。真紅の長髪が風に揺れ、丸眼鏡の奥のサファイアの瞳が優しく光る。
「…一度だけ、娘と祭りに来たことがあってね。今よりも規模は小さいものだったけど、とても楽しそうにしていたよ。目をキラキラさせていてね」
その顔は悲しみに溢れていた。
その顔を見た瞬間、文彦は驚いた表情で固まってしまう。いつも何を考えているのかわからず、結局蓋を開けてみれば何も考えていないだけの阿呆にしても珍しい反応だ。
「どうかしたのかい?」
文彦は袖から本を取り出し、表紙を優しく撫でる。
「…君も阿呆の一人か」
「むっ、いきなり辛辣じゃないか」
阿呆の頭の中に呼び出される異様な光景。黒く塗りつぶされた家族の顔と合成音声のような声。
あぁ、家族は元気だろか。
「君の願いが果たされることを祈っているよ」
「…ありがとう」
文彦はベンチから立ち上がり、フラフラと来た道を戻る。
少しだけ、ほんの少しだけ、文彦は本を掴む力を強くする。
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