第21話
「面白そうか…不思議な人だね、君は。
僕の名前はエル、エル・サフィラスだ。ここで会ったのも何かの縁だし、覚えていて欲しいな」
そう言ってエルはニコリと笑う。
それに対して文彦も自己紹介で返す。と言っても名前を告げるだけだ。阿呆に人並みのコミュニケーションを期待するのは間違っているのである。
「フミヒコくんかー、変わった名前だねぇ。
来ている服も独特だ。珍しい生地を使っているみたいだし、もしかして貴族さんだったり?」
「いや、田舎育ちだ。
この服もそこで作られた服でな」
異世界から来ましたと言っても信用されるわけがないので適当に理由を作って答える。
「へぇー、随分発展した田舎なんだねぇ。
まぁ、世界は広いから、そういう事もあるのかな?
それより、少し歩かないかい?
僕は最近この街に来たばかりでね。案内して欲しいんだ」
「僕も来たばかりなんだが?」
「そうなのかい?
なら、冒険気分で歩こうじゃないか!」
そう言ってエルは文彦の腕を引っ張って歩いていく。見た目からしてインドア派っぽいが行動は積極的だ。
文彦は自分を引っ張るエルの後ろ姿を何を考えているのかわからない目で見続ける。
「夜の街は危ないからあまり出歩かないけど、たまには良いなぁ、って思わせる魅力があるよね。
風は冷たくて気持ちいいし、街の景色は街灯が並んでほんのり照らされててさ。
…君はこの街に何しに来たの?」
「友人の付き添いだ。特に目的があって来たわけじゃない」
「へぇー」
エルの興味を引く答えではなかったらしく、淡白な返事が返ってくる。
「エルは何しに来たんだ?」
「僕はねぇ」
そう言ってエルは少し顔を上に向けて考える。
何を考えているのかはわからないが、文彦にはその横顔がどこか冷たく感じた。
「大切な者を取り戻しに、かな?」
「大切な物か。それは取り戻せたのか?」
「いや、取り戻すには一苦労でさ。
色々試してるんだけど、上手くいかなくてねー」
「何処にあるのかは把握してるんだな」
「まぁね、でも取り戻すには悪いことしなくちゃいけなくてさ。
これでも一応、善人として生きてきたわけで?
どうしようかなぁって悩みながら歩いていたところ、奇妙な格好をした君を見つけて話しかけて見たのさ」
「なるほど、僕にアドバイスをしろと?」
「まーねー」
気軽な調子で笑うエルを見ながら、文彦は考える。アドバイスと言っても情報が少ないのだ、的確なアドバイスは難しい。というか阿呆にアドバイスを期待した所で返ってくるのは的外れな答えだろう。
「その悪いことの程度はわからないが、やれと言ったら僕も共犯者になりそうだな。だからと言ってやめろというのも僕は好きじゃない」
「だから?」
「君が決めろ、僕に答えを求めるな」
案の定である。
代案が出てくるのかと思えば思考放棄である。エルはポカンと口を開けて呆けるが、直ぐにクスリと笑う。
「ふふっ、そうかい。そうだよね。自分で決めなきゃ、駄目だよね。
いやぁ、やっぱり、どんな答えが返ってこようと、人に相談するのも悪くないね」
「あぁ、迷ったのならば自分で答えを出すべきだ。
それに、例えエルがどんな選択をしようとも、僕はエルの選んだ道を讃えよう」
珍しく、文彦は口角を上げて薄く笑う。
儚げで、美しく、直ぐにでも壊れてしまいそうな、そんな笑み。
エルはその表情を呆けて見る。
「何故かな?」
「僕は人間が好きだからな」
そう言って文彦は星々が輝く空を見上げる。
「こんな時間だ。僕は帰るとするよ」
文彦の後ろ姿がフラリフラリと遠ざかっていく。
エルは何も言えず、ただ彼の背が見えなくなるまで見続けた。
「…変な人」
エルは白衣のポケットに手を突っ込んで夜の街を歩く。
目的地は決まった。覚悟も決まった。
エルは昨日街で見たメルメイア教会の紋章を思い浮かべながら宿屋に帰る。
▼▼▼
翌日、アルビオンに聖女か来ている情報が出回り、大きな式典が執り行われる発表がされると街はお祭り騒ぎで大通りに出店が並ぶ。
そんな街中をティアはキラキラした目で見回している。ティアの地毛はマリアと同じ緑色なのだが、今は文彦と出会った時のように金髪にして庶民に変装している。髪と服が違うだけでよくバレないものである。
「フミヒコさん!フリア!
大きな肉の塊が丸ごと焼かれてますよ!どうやって食べるんでしょうか?」
「あのまま食べるわけないでしょ。
薄く切って渡すのよ。それにしてもあの量で20ウルムはちょっと高いわね」
「そうだな、いつもなら十七か、八くらいか」
「さっそく買ってきますね!!」
ティアはお金の入ったポーチを片手に出店へと走っていく。
「王国から式典用の衣装が届くまで暇だとはいえ、少し羽根伸ばし過ぎよね」
「そうなのか?」
「本当なら式典に向けて事前に台本を作ったりとか上品な歩き方の練習をしたりするんだけど、もう全部やってあるのよ。
よっぽど貴方とお祭りに行きたかったようね」
フリアは横目で文彦を見るが阿呆は本から視線を外さない。
「分かっていたけど、お祭りとか興味無さそうね」
「そうでも無いがな」
文彦は本から目線を離して出店を見る。
「明らかに高い値段設定になっている出店の商品を、何時もは目を光らせて品定めする主婦層が笑顔で金を出している。面白い」
「遊び時を分かってるだけよ」
「なるほど…」
「買ってきましたー!」
文彦とフリアが話していると、紙皿の上にこんもりと盛られた肉を持ってティアが走ってくる。
「多くないかしら」
「…明らかに他の客と量が違うな」
「店主さんがサービスしてくれたんです!!」
ニコニコと笑みを浮かべながらティアは美味しそうに皿の上に盛られた肉を頬張っている。フリアが呆れながら店の方へと視線を向けると惚けた表情をした店主が見える。
(変装したとはいえ、元が良いから目立つわね)
目立つのは避けたかったが手遅れのようで、通り過ぎる人々がチラチラとティアを見ているのに気がつく。
「もっと人通りの少ないところに行きましょう」
「そうですか?
なら、近くの公園はどうでしょう。今は出店が並ぶ通りが混んでいるので、公園にいる人は少ないと思いますよ」
フリアは油で汚れたティアの口を拭きながら人混みの中を移動しつつ、小説を読みながらフラフラと離れていってしまう文彦の腕を引きながらなんとか公園に辿り着く。
「私はいつから貴方達の母親になったのかしら」
フリアは疲れたようにベンチに腰を下ろす。
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