第20話


▼▼▼


「ふぅー、やはり聖女様が目の前にいると緊張してしまいますね」


アーバンクルは緊張する素振りを一切見せる事無く告げる。それに対してフリアも笑みを浮かべてペンと紙の束を持つ。


「さて、先ずは日程からかな。そちらに要望はあるかい?」


「そうですね、顔見せともなれば準備に時間は必要です。

王都から聖女様の着る衣服も取り寄せることを考えると…二週間が妥当でしょう。聖女様が式典を開くとなれば祭りごとになるのは必至ですから、祭りの準備期間も必要でしょう」


「祭りごとですか、日々魔物を狩っている冒険者達にとって良い息抜きにはなるかと思いますが、それによって魔物の被害が増えてしまえば本末転倒、一週間ではできませんか?」


「準備期間が短いのでは?

一週間と五日でどうでしょう?」


(王家を牽制するためにもアルビオンとの結託は見せつけておきたい。

通常の式典には一週間と二日。となれば最低限の譲歩は一週間と三日かな)


「一週間と一日でお願いできませんか。

魔物の被害が毎日のようにギルドに依頼としてきます。あまり休ませ続けるのも魔物の被害を増やす原因となります。

一週間と、そうですね、二日でお願いします」


アーバンクルはアルビオンの魔物被害の現状を伝えつつ、通常の式典における準備期間、一週間と二日を提示する。


(本当はもう少し日数を与えてもいいけど、あまり教会と懇意にし過ぎると王家からの圧力がくる。警備を提案したこともあるし、一週間と二日が限界かな)


アーバンクルはそう考えながら相手の言葉を待つ。

対して、フリアもアーバンクルがあまり乗り気でないことを察知して首を傾げそうになるが直ぐに納得する。


(そう、よね。民衆には信者が多いのかもしれないけど。アーバンクル自身はどちらかと言えば王家側、というか王国側の人間になる。

アーバンクル自身は教会に付こうと思っていても王家から睨まれれば殺されて、領主の座を挿げ替えられる可能性もある。

となればあからさまに教会側に寄るのも危険だ)


フリアは一度頭の中を整理するためにテーブルに置かれたカップを手に取って丁度良い温度に調整された紅茶を飲む。紅茶は温度や入れ方によって味が変わるらしい。紅茶に関心のないフリアにも、この紅茶は美味しいものだとわかる。


(理想は、王家に睨まれない程度に教会とアルビオンの協力関係を示すこと。

そのためには完全な協力には至っていないことを何処かで示す必要がある。式典の警備というカードはアーバンクルが教会側に立つという意思を私たちに見せるために使っている。

となれば、それに合わせて譲歩すべきはコチラになる。

そうなれば…)


「準備期間を一週間と一日、祭りを含めた式典を二日でどうでしょう?」


「ッ!それでは魔物の被害に対応できません!」


アーバンクルは身を乗り出して焦ったように告げる。

彼にとっては自分の命が危ぶまれる決断となる。教会側に寄り過ぎるのは不味いと判断したのだろう。

それでもフリアは冷静に告げる。


「ご安心ください。

そこは警備に回す人員を減らして調整しましょう。祭りに関してはアルビオンに行ってもらうことにして、式典に関わることは全て教会側が負担します」


祭りと式典で完全に分けて、役割を分担し、あくまで両者は両者の利益のために行っていることにする。なるべく干渉を避けることで王家からの睨みを抑える。

アーバンクルは一瞬思考を挿んでフリアの思惑に気付いて了承する。


「わかりました。では、詳細を詰めていきましょう」


フリアは小さく息を吐いてアーバンクルが視線を外した瞬間、チラリと時計を見て時刻を確認する。


(この調子だと、帰るのは明日になりそうだなぁ)


フリアは気合いを入れ直してアーバンクルと向かい合う。



▼▼▼


奇妙な格好をした男が美しい白の街の中をフラフラと歩いている。

青白い肌と目の下にできた隈。着物を着て歩く姿は悔しくも絵になっている。


日が沈んだ街は闇に包まれながらも仄かに明るく灯っている。街の中に点在する街頭が弱々しくも街を照らしているのだ。


文彦はそんな街の中を歩きながら文字読みに適した場所を探す。そもそも何故文彦が日の沈んだ街中を歩いているかというと同行していた騎士達のバカ騒ぎか煩くて逃げてきたのだ。


「あぁ、腹立たしい。僕はゆっくり本を読みたいだけなのに、横から聞こえてくるのは頭の悪い騒音ばかりだ。面白い話をするならいいが、誰しもが自分の武勇伝を語りたがって人の話なんて聞いてやしないんだ。

会話のキャッチボール?違うね、あれは一方的に投げてるだけだ。誰も投げられた球を取ろうとなんてしていない」


怒っているわけじゃない。

腹立たしいとは言っているが、それは口に出しているだけで、こういう時はこのように言うのだろうなと思っているだけ。ケーキを目の前にして食べてもないのに甘いなって言っているようなものだ。違うかな。まぁいい。


とにかく阿呆は騒音が煩わしくなり逃げてきたのだ。目指すは騒音の少ない、文字を読める光があってベンチがある場所。

それは案外簡単に見つかった。大通りの中心。街灯がたくさん立ち並び、噴水もある、小さな広場の端っこ。依頼帰りでクタクタになった冒険者が歩いていたり、おっかなびっくり夜道を走ってきた馬車が横切ったりと、夜とは言え、それなりに人通りの多い道だが、それはBGMとして処理できる喧噪だ。静かな部屋の中に一つの汚い声が煩く響くのとではわけが違う。


今読んでいるのは復讐を誓った少年が仲間を得て強くなりながら、復讐の果てに魔王を倒す冒険譚。ストーリーの流れは、前の世界で散々使われたネタであるが、登場人物達の心理描写が丁寧に描かれていて面白い。


「おや、こんなところで、こんな時間に小説かい?」


突然横合いから女性の声がする。

文字を追うのを止めて視線を声のした方へと移すと白衣を着た女性が隣に座ってコッチを見ていた。


ボサボサの髪と汚れた丸眼鏡。白衣の至る所に泥や薬品の染みがこびり付いている。一見汚らしい容貌だが、丸眼鏡の奥の瞳はサファイアのような美しい輝きを持っている。


「えーと、話しかけておいてなんだけど、そんなにジロジロ見られると恥ずかしいなぁ。僕の顔に何かついているかい?」


「いや、面白そうだと思ってな」


どんなぶっ飛んだ思考からそんな発言が飛び出したのか知る由もないのだが、文彦の口角が若干上がっているのを見ると珍しく感情の値がプラスにあるらしい。

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