【閑話1】
▼▼▼
「さっさと情報集めて撤退するぞー、何時魔物に襲われるかわかんねぇんだからな!!」
(だったら手伝えよ)
背後から聞こえてくる上司の怒鳴り声に心の中だけでも悪態を吐いている魔力研究者見習いの男は淡く光る掌を木や地面に当てながら森の中を進んでいる。
王都から辺境地までの移動は楽じゃない。聖女様の乗っている馬車はクッションが付いているらしく振動は少ないようだが、調査団に与えられているのは旧式のおんぼろ馬車で、少し動くだけでも尻が悲鳴を上げる。
そんなおんぼろ馬車に押し込められた魔力研究者見習いの男は精神的にも肉体的にも疲弊しており、ようやく到着したかと思えば休む暇なくワイバーンの調査だ。
「調査団になんて志願するんじゃなかった…」
数日前の自分を恨めしく思いながら掌に魔力を集中させる。
魔力は種族によって差異がある。それは人によっては色だったり、手触りだったりと感覚の話になるので置いておくが、とにかく魔力には差異があって、掌の魔力はそれを補うものだ。自分の魔力と比べれば、目の前の魔力の残滓が読み取りやすくなる。
「はぁ、心臓に悪い」
魔物は人間と同様、体内に魔力を保有している。
そしてそれを絶えず放出しているため、魔物が通った場所には薄く魔力の残滓が残るのだ。
通い慣れた森なら安心だが、此処は辺境の地。どんな魔物が出現するかわからず、掌が何かを感じ取るたびにヒヤリとする。
中身のわからない箱に手を突っ込むような恐怖心で草むらに手を突っ込むと、幽かに魔力の残滓を感知する。
「これがワイバーンの残滓か?いや、でもこれ…」
魔力感知による魔物解析は人間の感覚に頼ることが大きい。故に精度は低く、必ず複数人で魔力感知を行い魔物を解析する。目の前の残滓に違和感を感じながら近くの同僚を三人を呼んで同様に魔力探知を行う。
「どうだ?」
「ワイバーン、だと思う。でもなんだろうな、この感覚」
「あぁ、なんかこう、ハリボテというか。強い魔力ではあるんだが、それにしては濃度が薄いというか…」
「俺はワイバーンの魔力に触れたことがある。
確かにこれはワイバーンの魔力残滓だ。でも、妙に魔力が乱れてるな」
「変異前だったからか?」
「そうかもしれないな。変異したことによって魔力の質が変わったのか、或いは変異前で不安定になってたのか」
四人は上司に報告するために残滓を確認した場所に赤色の旗を立ててそれぞれの感じ取った魔力残滓を紙に書く。報告内容を書き終わって戻ろうとした時、同僚の一人が残滓のあった草むらに手を突っ込みながら首を傾げていた。
「なんだ?まだなんかあるのか?」
「うー、いや、気のせいかなぁ」
「なんだよ」
「ワイバーン以外にも別の魔力を感じるんだよ」
「別の?」
三人は同じ様に手を突っ込んで確認するが、ワイバーンの乱れた魔力しか感じ取れない。
「俺は感知できないな。他の魔物の残滓じゃないか?」
「いや、隣にあるというか、完全に混ざってる感じがするんだよな。
まぁいいか、とりあえず報告内容に記入しといてくれ」
そう言われて紙の端っこの方にメモ書き程度に残しておく。
とはいえ当てにならない情報だ。こういう魔力の混在は魔物が密集する場所ではよくあることである。
このような些事を気にしていては我が家に帰ることなどできない。
情報は取得した、あとは上司に報告して奴等の身勝手な指示を待つだけだ。
研究者見習いの男たちは汗を拭いつつ、上司への悪口で盛り上がりながらその場から離れていく。
これは極々小さな些事だ。
それが有るのと無いのとでは、大差は生まれないだろう。待ち受ける結末は同じかもしれない。
しかし、寺田文彦ならば、こう言うだろう。
“大きな物語を動かすのは、何時だって些事を積み重ねる脇役の群れである”
その些事に気付く者はいるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます