第17話
「切り替えが早いわね」
「人生を豊かにしたいのならば欲に忠実になることだ。
僕は遠の昔に理性は捨てたよ」
「最低野郎じゃない」
「よく言われる」
文彦は表情を変える事無くフリアの横を歩き、屋敷の中に向かう。
二人が庭に到着すると、そこには聖女らしからぬ粗悪な服を着たティアが立っていた。恐らく聖女とバレないように変装をしたのだろう。ティアは聖女だが、それでも年相応の女性だ。想い人の前ではオシャレをしたかったのだろうが、それができず不服そうにしている。
もちろん乙女心など微塵も理解していない阿呆は無粋に近づいてティアの格好をジロジロと観察する。
「あの、やっぱり変ですか?」
「ふむ、悪くない、ティアの人間らしい部分が出ている。
僕は好きだぞ?
聖女姿なんぞは妙にキラキラしていて見てられないからな」
「え、えへへへ~、そうですか~」
天然巨乳聖女は刹那の内に表情をガラリと変えてニヤニヤと顔を崩す。
聖女として数々の苦行を乗り越えたティアだったが、その精神性は昔から変わっていない。惚れた男に全幅の信頼をおこうとしている脳みそわたあめ聖女にフリアは全てを諦めたような遠い目で虚空を見つめる。
▼▼▼
アルビオンは観光地としても名高い。白い街と町全体に張り巡らされた水路にはボートが浮かんでおり、それに乗って観光を楽しむこともできる。
街の中心にある大通りは多くの冒険者達が行き交い、様々な店が並んでいる。
確かにこれは物語の舞台として最適だと、文彦は街並みを見て思う。
脳が紙とペンに支配されている阿呆は自然に頭の中に文字を書いていく。
「それにしても、こんなところでよくこれだけの街を作れたわよね」
移動用ボートに乗っていたフリアはゆっくりと流れていく景色を眺めながら辺境地とは思えない発展を遂げた街並みに感嘆する。
外は魑魅魍魎が住む魔境だが、壁一つ挟んだ中は白い建物が連なる観光地。外の世界など知らないかのように平和な時間が流れている。
「実際、街の中は平和だと思います。
高く分厚い壁に囲まれてますからね。空を飛べる魔物しか入り込めないでしょう。
街壁を完成させるまでにかなりの犠牲者がでたみたいですよ。魔物の被害に切羽詰まっていたとはいえ、小国でありながら王国の属国となり、当時は知名度が低かったギルド連盟を引き入れたのは英断でしたね。よほど優秀な王様だったのでしょう」
「今もその王様の子孫が領主やってるのかしら?」
「いえ、王家を残し続けるのは危険と判断したため、貴族として自国に迎え入れたそうです。
領主として後を継いだのは当時の王様が信頼をしていた部下だったそうですね」
「へぇ~、というかティアは何でも知ってるわね」
「アルビオンは有名な街ですから、勉強させられました。昔のことなので、あまり覚えてませんけどね」
ティアは可愛らしく照れたように笑ってから文彦の方へと視線を移すと珍しく小説の文字から視線を離して、遠くに聳え立つ重厚な壁を見ていた。
「どうしたのですか?」
「ワイバーンは壁を越えられる。故に危険だと判断されれば狩らなければならない。
ティア、今回のワイバーンは何処で発見されて、どのような理由で危険だと判断されたんだ?
まさかワイバーンを発見した瞬間に討伐認定されるわけじゃないだろう?」
ティアは突然の文彦の質問に慌てながらも昨日に流し読みしていた資料の内容を思い出す。
「え、えーと、発見された場所はアルビオンの背後に位置する魔境の森。近くの村に立ち寄った冒険者が森の上空でワイバーンを発見したそうです。討伐認定された理由は村の付近の森に定住し始めたことが原因ですね」
(今回の問題点はワイバーンが定住した理由。
じゃない。
最も注目すべきはワイバーンが変異種になったタイミングだ。変異種の殆どが先天的なもので、後天的に変異種となった魔物は少ない。
後天的に変異種になる原因は何か。僕がそんな事知るわけもないが、考えられる理由は世界の神秘、魔法くらいだろう)
阿呆は物語の内容を考えるように手元の文字に視線を移してそんなことを考える。
「なに?気になるの?」
「あぁ。面白そうだからな」
「…貴方、案外トラブルとか好きよね」
「トラブルがなければ物語は生まれないからな」
「フミヒコさんは人間らしい人が好きなんですよね?」
「あぁ、そうだな」
「フミヒコさんは小説をよく読んでいますけど、小説に登場するキャラクターは人間らしいんですか?」
物語は現実でない架空の世界が舞台だ。
その中で動き回る登場人物達は果たして人間らしいと言えるのか。
「そうだな。現実の人間と比べると大きく違うだろう。
だが、僕が好きなのはあくまで人間らしい人間だ。物語は人間の人間らしい部分を強調して書く。
善も悪も、希望も絶望も、全てがごちゃごちゃに掻き回された混沌の中でこそ、人間は輝く」
「はへ〜、凄いですね?」
ティアは文彦の言って意味がわからず適当に肯定する。
それをフリアは呆れながらも目の前の阿呆を引いた目でみる。
文彦は幸福を肯定しているが、同時に不幸も肯定しているのだ。人間の幸福も不幸も阿呆にとっては等しく娯楽でしかない。
「最低野郎じゃない」
「よく言われる」
文彦は適当に流して再び文字へと視線を戻す。
景色がゆっくりと流れていく中で、『ウェリタス』と掲げられた看板を見た三人はボートを降りて階段を上り、白い建物に向かう。とはいってもアルビオンの殆どが白を基調としているのでどの建物も同じに見える。
アルビオンに唯一存在する公共図書館『ウェリタス』。
蔵書数こそ少ないが様々な地域から一攫千金を求めて集まった冒険者達から集めた本であるため、他国の作家の本も多く並べられている。
中に入ると、外とは別世界のような、落ち着いた内装だった。椅子や机は茶色を基調てしており、喫茶店のような穏やかな空気が流れている。
文彦は表情一つ変える事無くスタスタと手近の本棚に近寄ると早速一冊本を読み始める。どうやら手に取った本は小説ではなく魔物図鑑のようだが、それでもパラパラとページを捲っている。
「ま、そうなるわよね」
目的は街巡りなのだが、文彦の頭にはそんな言葉は存在しないようで、面白そうな小説数十冊をかき集めると、両腕で抱えて近くのテーブルに移動する。その細腕の何処に数十冊の本を抱えるほどの筋肉があったのか、甚だ疑問だ。
フリアは既に目的については諦めていたので、アルビオン付近の魔物に関する情報を得るために数冊を選んで文彦と同じテーブルに座る。ティアはちゃっかり文彦の隣に座って文彦の読んでいる小説を横から覗き込んで一緒に読んでいる。人によって読むスピードは違うはずなのだが、ティアが問題なく読んでいるところを見ると、文彦の読むスピードに合わせて読んでいるのだろう。
器用なことだ。
三人が席について少し経つと図書館の管理人の女性が三人分の珈琲をサービスで用意してくれたため、静かに飲む。
(初めての街に来て初日が図書館で本を読むとは思わなかったけど、これも悪くないわね)
フリアはそんな風に考えながら本のページを捲る。
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