第13話


▼▼▼


「凄いわねぇ!!」


「え!?お母さん!?!?」


ティアが言葉を発しようとした次の瞬間、真上から声がして、視線を向けると白いローブを着た女性二人が空中制御魔法を発現しながら降りてくる。

一人は緑色の髪を腰まで伸ばし、妖艶の雰囲気を醸し出す女性。その顔は愛らしく、どことなくティアに似ていた。もう一人はフードで顔を隠している。


「聖女は守りたいと願えば願うほど、内に秘めた魔力を開放する。

あれほど莫大な魔力を開放できるなんて私でもできなかったことよ!」


「…そうですか」


「これも愛の力かしらね?」


最後の言葉だけはティアにだけ聞こえるように囁くと、ティアは顔を赤くしてコクリと頷く。しかしなんだか不満顔だ。そこから二人がコソコソと声を小さくして話し合っている。

内容は聞こえないが、頻りにティアの母親が謝っている。

話しが終わると、コチラに視線が向けられる。


「さて、初めましてよね、フミヒコくん。

私はティアの母、マリアです。そして私の隣にいるのが部下のシャル」


「はーい、初めましてー」


フードの奥から間の抜けた声がする。


「知ってると思うが、僕は寺田文彦だ」


「えぇ、ティアと同居してるのよね」


どうやら僕がティアと同居していることは知っていたらしい。


「聖女なのだから身辺警護や監視は当然か」


「え!?監視されてたの!?」


「当然でしょ、馬鹿ね。

貴女はこの国の大事な聖女様なんだから、護衛も付けずに生活なんてさせられるわけないでしょ。

まぁそれでも、かなり配慮したのよ?

ティアの行動を逐一把握はしてたけど、実際に依頼まで尾行はしてなかったしね。

感謝するがいいわ!」


自信満々に答えるマリアに僕は首を傾げる。

聖女がどれほど重要な存在かは先ほど村に避難誘導をしに来た冒険者達の発言を聞いて入ればわかる。故に配慮する意味がわからないし最低でも護衛は付けるべきだろう。

少なくとも自信満々に誇っていいことではない。


「さて、今回の件、詳しいことは教会で話すわ。

それとティア、聖女に戻ってね」


「わかりました」


「フミヒコくんも来てもらうわ」


「僕もか?」


「えぇ、ティアが同居するって言ったんでしょ?

ティアは聖女に戻るし、あの家じゃ住ませられないわ」


「僕はあの家でも構わないんだが?」


「あらそうなの?」


「教会など僕なんかが馴染めるはずがないだろう」


「変わってるわねぇ。ならあの家はフミヒコくんにあげちゃうわ。

私の娘を助けてくれたお礼としてね」


「あ、えっと」


突然慌て始めたティアにマリアは優し気な笑みを見せてティアの頭を撫でる。


「大丈夫よ。少しの外出なら許可できるし、教会にも顔パスで来られるようにしておくから」


「ありがとうございます!!」


自分の知らないところで色々と決められていくが、寄生主の判断に逆らうことはしないと決めているため無視を決め込んでいると隣にニョキっとシャルと呼ばれていた小柄な女性が生えてきた。


「モテモテだねぇ」


「顔が良いからな」


高校に入学してから一週間で30人の女子達に告白されたほどだ。

まぁ、全員の告白を受け入れて、翌日に全員と別れることになったがな。


「ははっ、実際良いから腹立つよね。

それでさ。聖女様に近づいて何を企んでいるのかなー」


すっと、背後から短剣を背中に当てられる。

声のトーンも少しだけ下がっている。もしかしたら殺気でも出しているのかもしれないが何も感じない。

殺気は一度でいいから感じてみたいと思っていたのだが、残念だ。


そんなことより質問に答えないとな。


「働かなくても生きていける生活が欲しい」


「へ?」


「僕は性根は腐ってるからな。

人と同じ社会では生きられない。だから社会に馴染めている人に寄生して生きるしかないんだ」


「要約するとー、働きたくない―ってこと?」


「そういうことだな」


「最低だねー」


「知ってる。それで、あのワイバーンはどうするんだ?」


「そうだねぇ。あのワイバーンは変異種だから、このまま連れて帰って研究かな」


「連れて帰るのか?」


「流石に王都までは持って行かないよ?

王都から少し離れたところに魔法を研究してる施設があってね。そこに連れて行くんだと思うな―」


僕はチラリと視線を封じ込められているワイバーンへと向ける。

強靭な牙と丸太のように太い尾。巨大な翼は空を縦横無尽に動き回れる機動力を持ち、鋭い爪を持つ足は引っかかれただけで、死に至るだろう。更には口から炎を吐く。

その危険性を十分に把握している冒険者であるならば即逃げ出す相手であり、危険性を理解していなくても、一目見れば泣いて逃げ出すだろう。


しかし、自分はそれに何も感じない。

これがワイバーンかと、物語にしか登場しない存在に高揚感すらある。


「んー、どうかしたの?」


「いや、何でもない」


シャルと話していると、突然辺りが暗くなる。

直ぐに影と気付いて上を見上げると、翼を広げた巨大な鳥がゆっくりとコチラに降りてくるのを感じる。


「あ、来たわね!」


マリアは巨大な鳥を笑顔で迎えて撫でる。


「この子はミーちゃんね。

二人とも疲れてるだろうから手配するように頼んだのよ」


どうやら、馬での移動以外にも鳥と使った移動法もあるようだ。


「ミーちゃん、ティアとフミヒコくんを乗せて教会に連れて行ってあげて」


「お母さんは?」


「私は研究員達が到着するまでワイバーンを抑えてるわ」


そう言ってマリアはワイバーンに向けて掌を見せると、青白く光っている堅牢な結界が赤色に変わる。

違いはサッパリだが、より強固にでもなったのだろうか。


「さて、それじゃあお願いね」


それから俺達はミーちゃんに乗って王都を目指す。

もちろん俺は鳥に乗って空を飛んだことは無いためティアの後ろに乗ることになる。

重くないかと思ったがミーちゃんは魔獣で魔法を使って飛んでいるようだ。


速度は遅く、低空で飛んでいるため受ける風は小さく心地よい。


それにしても、ティアが聖女だったなんてな。

まぁ、悪くはないか。人間が人間以上のものを求めは始めると、そこには悲劇が必ず生まれる。

しかし、聖女と称えられながらも、ティアは人間として脅威に立ち向かった。自分が無力と知りながら、それでも僕の前に立ち、もう逃げるのは手遅れと知りながら、人間として愚かしくも勇気を見せた。


これもまた、人間らしく、美しく、僕好みだ。


「ふむ、これは儲けものだな」


「何がですか?」


「ティア、やはり僕は君のことが好きだ」


「ふふぁぁ!!!!???!?!?!?」


沈みゆく夕焼けの光を受けて、空にティアの絶叫が響き渡る。

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