第14話


▼▼▼


王都には日が完全に落ちてからの到着となった。

慣れない騎乗で腰が痛い。今日のところは教会に泊まってほしいと言われたので、仕方なく貸し与えられてた教会の一室に入る。

ティアは終始顔を赤く染めていたが、熱でもあるのだろうか。


というのは嘘でティアが僕のことを好いているのは知っている。

そもそも最初からティアは僕に好意的だったし、聖女とは知らなかったが身分を隠してるお嬢様くらいに思っていた。でなければ冷蔵庫が自宅にあるのは不自然だ。二人は必死に隠していたが、あれだけわかりやすいと推察も容易だろう。

とにかく、僕はティアが金持ちそうだったので寄生主に選んだのだ。


しかし、結果は予想以上だったな。ティアの人間としての在り方は僕のストライクゾーンの真ん中を見事に撃ち抜いている。


まぁだからと言ってティアと僕が付き合えるわけがないし、僕自身にも結婚願望も恋愛願望も無い。他人の恋路を見るのは好きだがな。


「それにしても暇だな…」


思考を止めて部屋の中を見渡すが、本も無ければ机もない。部屋の中心にベットが用意されているだけの簡素な部屋だ。仕方がないのでベットに倒れ込んで昨日読んだ小説の内容を反芻していると、扉を叩く音が聞こえる。


しかしこの場合、どういう風に返事をしたら良いのだろうか。

『入れ』では少し上からのような気もするし、『どうぞ』では言葉を省略し過ぎていてコチラの意図を正確に伝えることができないだろう。


そもそも僕の人生において、扉を叩かれそれに返答する、という状況になったことがない。よくある状況ではあると思うが、これを自分の部屋でされても困る。


「いや、早く開けなさいよ」


どうやら扉を叩いたのはフリアだったようだ。


「まだ返答していないのだが?」


「遅過ぎて待ってられないわ」


フリアは疲れたように溜息を吐いて僕の隣に座る。

向かい合って話せないので居心地が悪い。ティアに言って机と椅子を用意してもらおう。


「私、逃げてって言ったわよね」


フリアを見れば少し怒った顔でコチラを見ていた。

確かに、僕がティアのいる場所に向かう前、フリアは一度テントに戻り、事情を伝えて村人達と逃げるように言った。


「今回は運良く助かったようだけど、これが今後も続くようなら私は貴方を守れないわ」


「守ってくれるのか?」


「当たり前でしょ、何だか貴方とは腐れ縁に似た何かを感じるしね。妙に波長が合うのよ、嫌いだけど」


「…そう言って貰えて嬉しい限りだが、僕のことは気にするな。

人間何時かは死ぬんだ。それが遅いか早いかの違いでしかない」


「昨日で死んでも良かったって言うの?」


「あぁ、僕はそれでも良かった」


「死ぬのが怖くないの?」


「怖くない。

だから、死が怖くて仲間を守ろうとするティアやフリアの事は好きだ。恐怖と絶望を感じながらも死を諦めず、懸命目的を果たそうとする人間は好きだ」


「その言い方だと、貴方は人間じゃないみたいね」


「…少なくとも、人間らしくない人間は嫌いだ。

人間は人間らしくあって然るべきだ」


「変人ね」


「よく言われる」


「メメント―・モリ」


「は?」


「古い言葉で『死を忘れるな』だったかな。

母に良く言われた言葉だ。貴方は不死身ではない。いつか必ず死ぬ」


死の恐怖を知らない自分に、母は毎日のように語ってくれた。それでも、僕は理解することができなかった。

死の恐怖が無いなんて、人間どころか生き物ですらない。ならば自分は何者なのか。

詩的だ。あの母にしてこの子ありだな。中二病が抜けていない。


「自分が人間だと思えなくて、だから人間らしい者が羨ましくて、好きになる。

大丈夫よ。貴方も十分人間らしいわ」


…なるほど。

確かに、他人の評価を聞けば、自分もそうではないかと思えてくる。


「それで、何しに来たんだ?」


「私の励ましは無視かコラ。

はぁ、まぁいいわ。今回の件について話しておこうかと思ってね。

貴女がティアを助けた以上、教会は貴方を全力で保護するでしょうね。今の教会は王家と仲が悪いし、もしものために戦力増強は必須だもの」


「僕は役立たずだぞ?」


「マリア様はそうは思ってないわ。

貴女が本当に役立たずでも、貴方がティアに聖女としての全力を出させたことは事実。たぶん、マリア様は貴方を逃がさないと思うわよ」


「ふむ、なるほどな」


「それで今後の話。恐らく、アルビオンに向かうことになるわ」


「アルビオンか」


「えぇ、王都から離れた辺境都市。

魔物の被害が多い地域だけど、その分冒険者の数も多くて冒険者の街とも呼ばれるほどの大都市よ。

今回のワイバーンはそこから王都に誘導されてきた魔物なの」


「アルビオンではワイバーンを狩れなかったのか?」


「冒険者は多いけど、その殆どが街にはいないのよ。

魔物被害の依頼が多いからワイバーン一匹に大勢の冒険者を動かせなくてね。だから今回は王都に討伐が回ってきたってことよ。

まぁでも、アルビオンからしたらワイバーンの襲撃は災難よね。ワイバーンの討伐を王都に任せるのだけでも大きな恩になるのにティアの正体がバレたことによって教会にも恩ができた。更にその魔物が変異種で聖女が死にかけるなんてね。

アルビオンの領主は相当頭を抱えることになるわ」


「それで、何故アルビオンに行くことになるんだ?」


「ワイバーンが変異種になった原因の調査が表向きの理由。本当は教会の協力者を増やすのが目的ね。聖女の威光を示して、教会側についてもらうの」


「ティアも行くのか?やり方がえぐいな」


貴方たちのせいで殺されるところでした、と言っているようなものだ。

これで仲間になれなんて言ったら脅迫しているのと一緒だ。


「これ全部マリア様の判断だからね」


「強かな女性なんだな」


「強かで済ませるのはどうかと思うけどね。

ま、とりあえず報告はしたわ。アルビオンにはティアの護衛兼世話係として私も行くからよろしくね」


「あぁ」


ティアは伝え終わると部屋を出ていく。

辺境都市アルビオン。冒険者達によって数々の伝説が生まれる場所。小説を読んでいてもアルビオンを舞台にした物語は多い。


「楽しみだ」


僕は本と万年筆を枕の横に置いて眠りにつく。

今日はぐっすり眠れそうだ。

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