第12話
ぼやけた視界に頼りない後ろ姿が見える。
不可思議な格好で私の前に立つ奇妙な男は、左手に本を持ち、右手に万年筆を握っていた。
ふと気づけば、自分の身体が立ち上がっていることに気づく。杖で支えないと倒れそうだが、それでも立って彼の後ろ姿を見ている。
ワイバーンのブレスによって頭上が業火に包まれる。その中でも、フミヒコさんは冷静にコチラを見ていた。
「フミ、ヒコ…さん?」
「僕以外の誰に見えるんだ?
この世界に僕のような奇っ怪な者がいるなら見てみたいものだが、まぁ、それにしても、君、聖女らしいな」
「すみません、騙していて」
胸が苦しくなる。
聖女としての身分は隠さなければいけなかったのだが、それでも大切な想い人を騙していたことに胸が苦しくなる。
「言葉は正確に使うべきだ。
ティアは隠し事をしていただけで騙してはいなかった。そして人間誰しもが隠し事を持っている。
故に君の行動に一切の非は無い」
「あの、えっと、私、聖女ですよ?」
私は思わずポカンと口を開けて呆けてしまった。
聖女であると知っても、フミヒコさんは崇めず、畏まらず、いつも通りの口調で私を見る。
「だからなんだ?
聖女と名乗ろうが神と名乗ろうが君がティアであることは変わらないだろう。
まぁ、しかし、名乗るのは勝手だが、本当に聖女や神のように振る舞うのは止めた方がいいだろうな。
人間はどこまでいっても人間だ。それ以上を求めると必ず悲劇になる。
またそれが人間らしい部分であって、人間の面白いところではあるがな」
そのことがあまりにも嬉しくて、涙が零れそうになるが、今はそんなことをしている場合ではない。私はフミヒコさんを掴んででも前に出る。
「だ、ダメです!
早く逃げてください!あれはワイバーンの変異種です!
もう私では抑えることができません!」
そこまで言って、ふと違和感に気づく。
何故、ワイバーンは襲ってこないのか。それに私はさっきまで倒れていたはずだ。起き上がれるほどの体力はなかった。それにワイバーンのブレスが頭上を通り過ぎたのも不自然だ。
ここまで近づいて来て外すだろうか。
ワイバーンを見ると翼を大きく広げて飛ぼうとしていた。
「ワイバーンは己の身体で存在を主張する。
〝我を見よ!我こそ空を統べる覇者なり〟」
ワイバーンは大きく翼を動かして飛び上がると緑色の鱗の時よりも格段に速いスピードで空を舞う。
それはまるで自らの力を誇示するかのように。
「どういうことでしょう。
偶然にしては不自然な動きで…」
ティアが状況についていけない中、文彦は振り返ってティアは見る。
「ティアが僕を守るのだろう?
なら何故逃げる必要があるんだ?」
「え?」
「ティアが言ったんだろう。僕を守ると。
ならばテントに居ようと君の横に居ようと変わらないと思ってな」
その言葉を聞いた時、ティアの身体に力が入る。彼の言葉に熱量はなく、ただ事実だけを述べていた。
「そう、ですね。その通りです。フミヒコさんは私が守る」
自分を信じてくれる人がいる。この人を守りたい。
そう思っただけで、ティアは胸の内から魔力が溢れ出してくるのを感じる。
もう一度杖を握りなおす。聖女として生きてきて、これだけの魔力が溢れ出すのは初めてのことだ。
「フミヒコさんは、もう少しコチラに寄っていただけますか?」
「うん?」
「私の近くの方が守りやすいので。
できれば、こう後ろから抱き着く感じでお願いします」
「ふむ、こうでいいか?」
フミヒコさんが私を後ろから腕を回して抱き着くと、より一層胸の内から魔力が溢れ出す。
「今なら、何でもできそうです」
「そうか、なら終わらせてくれ」
「はいッ!!!」
私がワイバーンに向けて杖を掲げると、突然ワイバーンの頭上に巨大な半透明の杭が出現し、ワイバーンの背に突き刺さって穿ち落とす。
そして、先ほどと同じ様に箱と無数の杭が発現され、ワイバーンを封じ込めるのだが、さっきの魔法とは明らかに箱の大きさも杭の数も多くなっている。
「魔法固定、切り離しますッ!!!」
莫大な魔力を待つが故にできる荒業。
本来ならば魔法の継続には魔力を送り続ける必要があるが、魔法にありったけの魔力を注ぎ込むことで魔法を固定する。結界強度の強弱操作はできず、封じ込められる時間も注ぎ込まれた魔力によって決まるというマイナス要素もあるが、これをする一番の利点は術者に魔力を通してダメージが伝わらないことにある。
「捕まえました」
「そうか…」
フミヒコさんは特に息を整えることなく、いつも通りの対応を見せる。ワイバーンに対する恐れなど、いや、そもそも恐怖という感情を知らないかのような表情で本と万年筆を袖にしまう。
「……」
「どうかしたのか?」
「今のは、魔法、ですか」
ワイバーンが目の前の敵を無視して自らの力を誇示したり、コチラを侮ってブレスを外す。それは有り得る話で、実際にそういう例も存在する。
しかし、私にはどうにも不自然に見えた。
それに、フミヒコさんは私の前に現れる前に物語の一節を語っていた。それはまるでその時の状況を語っているような内容だった。
あれが無意味なことのように思えない。
「あれは僕の村に代々伝わる魔法だ。戦闘に使えるものじゃないし、制限も多い。まぁ、代々伝わると仰々しく語ったが役にも立たない能力だ」
「でも、私は助けられました」
「いや、僕が来なくても君は勝手に立ち上がって戦っただろう。
僕の能力が効いたということは、そういうことだ」
フミヒコさんは特にその能力を誇ることはしなかった。
私は胸の内が熱くなるのを感じる。魔力が溢れ出ているのもあるだろうが、純粋に思ったのだ。この人のことが好きだと。
もし、フミヒコさんの言う通り、結果が同じなのであれば、彼は私の前に出る必要はなかった。なのにフミヒコさんは助けに来た。
「あの、フミヒコさん…」
「ん?」
「えっと、その、わ、私は、ですねぇ。」
ティアは顔を赤く染めて、想いを伝えようとする。
出会ってまだ短いけれど、貰った信頼と普通は私にとってかけがえのない大切なものとなった。聖女としての生活に戻っても、フミヒコさんとはずっと一緒に居たい。
そう思えるくらい、私はフミヒコさんのことが好きだ。
「フミヒコさんのことが…す、す…」
「す?」
茹蛸のように顔を赤く染めた私は勇気を振り絞って顔を上げる。
どうかこの想いが届きますように…。
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