第9話
▼▼▼
「作戦は以上だ。
とにかく最初は翼を撃つ抜き、ワイバーンを地上に落とすことが重要だ」
冒険者の中で一際大きな身体を持つ男。
Aランク冒険者の一人、フルバル・ローゴスだ。彼はワイバーン討伐隊の指揮をギルドから任されているほどの強者である。
作戦は伝え終わった。
各パーティが配置に着く。場所は見晴らしの良い草原。コガナ村から数百メートル離れた馬車道もない草原だ。
ティアとフリアも配置に着こうとした時、フルバルに呼び止められる。
「聖女様まで参加されていたとは知りませんでした。言ってくだされば特別な馬車を用意しましたのに」
「フルバル、今の私はギルドに所属する冒険者の一人です。
聖女の名を口にされては困りますよ」
「申し訳ありません。
しかし、髪色を変えようと貴女様から溢れ出る静謐なオーラは隠しきれるものではありませんよ。
それに力を使うのならばバレてしまうのでは?」
「問題ありません。相手はワイバーン。
その程度であれば力を隠しながら戦うことも可能です」
「流石ですね。
貴女様がいれば我々は勝利を約束されたようなものです」
「油断は禁物ですよ」
「わかっております。
貴女様に万が一のことが起きぬよう。私も全力で戦います」
フルガルはティアに礼をして去っていく。
「畏まった挨拶は必要ないんですけどね」
「いくらコチラが身分を隠しているからといって対応を変えさせるのは難しいでしょうね」
「そんなことわかってますよー」
ティアは唇を尖らせて不満そうにしている。
フリアはティアの後ろ姿を見ながら溜息を吐く。ティアは最近我が儘になりつつある。それ自体は良い兆候だ。昔からティアは聖女としての責任感を優先して自分の要求を口には出さない。
無理をしているわけではないのはティアを見ていればわかるが、フリアとしてはもう少し素を見せてほしいと思う。それが最近変わってきているので、フリアとしては嬉しいのだが、そうなった原因は謎の同居人のフミヒコにある。
フリアはモヤモヤとした気分になりながら、ワイバーンの到来を待つ。
全員が配置に着いて十五分が経過したころ、遠くから甲高い声が響く。
その声に冒険者達は顔を引き締める。ワイバーンが来たのだ。
エメラルドに光る鱗を持つ蛇が空をうねるように飛んでいる。蝙蝠に似た羽を動かし、鋭く尖った歯を見せて絶叫する。
「魔法射出の準備だ!!」
フルバルの指示に冒険者達は野太い叫び声で応じる。
ティアが杖を構え、フリアも腰の短剣を引き抜いて構える。
草原の向こうから馬車が全速力で走ってくる。
馬車はボロボロで壁は崩れ、車輪は壊れかけだ。何時バラバラになってもおかしくない。馬車を引く男の顔は長きにわたる恐怖から青ざめていたが、ワイバーン討伐隊の存在を確認して希望に変わる。
「ワイバーンをここまで誘導してきた勇者を助ける!!!
撃てぇぇぇえええ!!!!!!」
フルバルの号令と共に後衛を任されている冒険者達が一斉に魔法を射出する。様々な属性が付与された魔法が青空を埋める弾幕となってワイバーンに向かう。
しかしワイバーンは器用に弾幕を掻い潜って咆哮する。
「避けるわね」
「緑鱗の竜、ワイバーン。ドラゴン種の中でも下位種ではありますが空中制御能力は随一と言えるでしょう。
これだけ距離が離れていて当てるのは困難。ですがこの弾幕はここまでワイバーンを誘導してきた冒険者さんを助けるための援護。
本当の戦闘はここからです」
「そうね」
二人は視線をワイバーンから逸らさず馬車が合流してくるのを待つ。
「はぁはぁ、あどはばがぜたぞぉぉおおお!!!!!」
その叫びは度重なる恐怖の連鎖によって老人のように嗄れていた。
フルガルはその言葉を聞き、大きく息を吸い込む。
「任された!!!!」
馬車は討伐隊に合流した瞬間、自らの役目を終えたようにバラバラに砕け、馬を引いていた男はその勢いのまま地面に落ちる。
冒険者の仲間と思われる数人も馬車の中から飛び出し、後衛を任されていた冒険者数人に引きずられていく。
「フリア、少し任せていいですか?」
「助けに行くんでしょ?
でも直ぐに戦闘が始まるわ。早く帰って来てね」
「もちろんです」
ティアはフリアから離れて負傷者の回復に走る。聖女の回復魔法であれば、あの程度は簡単に治るだろう。
フリアは傷ついている人を助けたくなるティアの性格に苦笑する。
「さ、私は私の仕事をしないとね」
ワイバーンが空に響き渡るほどの咆哮を上げる。弾幕を無傷で突破してきた。
今から聖女に空中制御随一と言わせた緑鱗の竜の翼を落とす。
「空中制御魔法を持つ魔術師たちよ!!
準備はいいか!!!」
周りから気合いを入れなおす声が上がる。準備は万端、後は飛ぶだけだ。
フリアの踵辺りに小さな魔法陣が出現し、彼女の前の地面が青色に淡く光る。それは短距離走のレーンのように真っすぐ、前方に伸びている。
「空を統べる冒険者達よ!!
先ずはワイバーンの羽を捥げッ!!!」
フルバルの掛け声とともにフリア達は青色のレーンを走る。
レーンを走り、スピードが上がっていくに程、魔法陣も発光を強める。そして、一番魔法陣が強く発光したタイミングで飛び上がる。上体で浮くのではなく、足で浮いているため、上体のバランスをとるのが難しい。しかしフリアはフィギュアスケートの選手のように軽やかに、華麗に空を滑る。
二振りの短剣を構え、数十人の冒険者達と同時にワイバーンに詰め寄る。
剣、弓、鈍器、あらゆる武器で攻め立てるが、ワイバーンはその全ての攻撃を蛇のように身体をくねらせて回避し、風圧によって弾く。
「一対一じゃ勝ち目がないわね。
なら、追い込みましょうか」
全員がワイバーンから一時逃れた瞬間、フリアだけがワイバーンに突撃する。
そしてつかず離れず、絶妙な位置取りでワイバーンを翻弄する。その動きは空中制御を学んだものならば誰もが理解している戦法。
それに気づいた冒険者達はワイバーンに近寄ってフリアと同じ動きをする。
空中で巨大な魔物と戦闘する場合、空中で殺すことは不可能。空中制御魔法という精密な技術が要求される魔法を発動した状態での並行魔法は難しく、威力の高い魔法は空中での踏ん張りかきかず、自分の魔法の反動によって地面に叩きつけられる。
だからこそ、決着は地上戦となるし、羽を穿つのも地上からの射撃となる。
「だから私たちは、地上からの射撃が当たりやすいようにワイバーンの体力を減らしつつッ!!!」
ワイバーンが他の冒険者に気を取られた隙を狙ってフリアは全速力でワイバーンに接近し、少しだけ羽を傷つけて後退する。
「こういう隙を狙うのよね。
さ、私たちがとことんワイバーンの羽を捥いであげるから、射撃の方は頼むわよ」
フリアは一瞬フルガルとティアがいる後衛の方に視線を向けたあと、ワイバーンに向き直る。
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