第7話
ギルドに向かうと数十台の馬車が大通りに並べられていた。
どうやら討伐参加者はこれに乗り込んでコガナ村まで向かうようだ。既にティア達はギルドに参加することを伝えているのか、直ぐに馬車に乗り込むことができた。
馬車の中は筋骨隆々のオッサン達が密集してて蒸し暑い。
まったく嬉しくない天然サウナだ。
「無理、死ぬ」
「が、我慢ですよ、フミヒコさん」
心の中で呪詛を吐き続けているとようやく馬車が動き出した。
しかし馬車が揺れる振動でお尻が痛い。
最悪である。
唯一の救いは僕の隣に座っているのがティアであることだ。
彼女には申し訳ないが少し寄りかからせてもらおう。逆サイドのオッサンは暑いし硬くて嫌悪感しか感じないがティアであれば肌も柔らかいし花のような匂いもする。どちらを選択するかは明白だろう。
しかし寄りかかった瞬間、ティアからオッサン以上の熱が発せられる。
密接しているのだから熱が生まれるのも当然だ。
それ以外は素晴らしいので我慢しよう。
僕はこの状況から逃れるために目を閉じる。
居眠りでもしてコガナ村に着くのを待とう。
▼▼▼
ヤバイです。
何がヤバイって、フミヒコさんが私の肩に身を寄せて眠っています。
フミヒコさんのことだから他意はないのでしょうが、私はありまくりです。何故こんな感情を抱いているのかはわかっています。
恐らく、たぶん、いえいえ、絶対、私はフミヒコさんが好きなのでしょう。
初めて会った時から顔立ちの整った可愛い人だなぁ、とは思っていたのですが、決定打となったのは図書館でのやりとりでしょう。
私は聖女としての性質上、他人を威圧してしまう。
会えば必ず『凄そう』『近寄りがたい』『高貴な人なんだろう』『住む世界が違う』などの印象を持ってしまい、気兼ねなく何かを言い合える関係にはならない。
私が聖女と知れば尚更でしょう。
それこそお母様か子供の時から私の世話係を任せられているフリアくらいしかいない。
でも、フミヒコさんは初対面の頃から、私にそのような印象を持つことなく、何も取り作らず、私と接してくれた。
きっとそれが嬉しかったのでしょう。
だから同居するなんて言ってしまったのだ。
でも、それでも怖かった。
もしかしたら全部演技で、接し辛いって思ってるんじゃないかって。だから聞いてしまった。
そしたら、フミヒコさんは本当に呆れて、そんなことは無いって、意味は違うだろうけど、好きだって言ってくれた。
それが本当に嬉しくて、好きになっちゃったんだと思います。
フミヒコさんはいま、私の肩に頭を乗せて可愛らしい寝息を立てています。
私を信じてくれている。ならばその信頼に応えなくては。いや、応えたい。
フミヒコさんの頭を撫でてみる。
「ッ!!」
ゾクリと身体が震えた。
細くてサラサラの綺麗な髪。肌は色白で、私の腿の横に垂れ下がっている腕は女性のように白い。少し力を入れただけで壊れそうな華奢な身体。
私が守らないと、この人は壊れてしまう。
きっとフミヒコさんは私がいないと死んじゃうのだ。
絶対に私が守らないといけない。壊れないように、大切に、大事にしないといけない。
「私が、守らないと…」
「え、あぁ、うん。大丈夫?」
「えぇ、問題ありません。いつも以上に活力が漲っています」
「あぁ、そう」
私がフミヒコさんを守る。
私しかフミヒコさんを守れないのだから。
(ん?
私しかフミヒコさんを守れないなら、それはもうフミヒコさんは私のものになったも同然なのでは?
フミヒコさんは私のもの。
あぁ、なんて素晴らしい響きでしょうか)
私は涎が出そうになるのを我慢しながらフミヒコさんの頭を撫で続ける。
▼▼▼
馬車が止まる音で目を覚ます。
どうやらコガナ村に到着したようだ。寝心地は最悪だったが妙にスッキリしている。そうだな、小さい頃母親に優しく起こされたときのような安らぎがあった。
両親は元気にしているだろうか、墓の中で。
しかし先ほどからティアがニコニコと笑みを浮かべながらコチラを見て、フリアがそれを見ながら顔を青くしている。僕が眠っている間に何かあったのだろうか。
まぁ、どうでもいいことだから無視でいいだろう。
屈強な男たちがぞろぞろと馬車を降り、最後に僕も席を立つ。
身体が硬くなっている。やはり無理な体制で寝ていたことが原因だろう。
案の定、馬車を降りようとしたら転んでしまった。
僕は受け身を取ろうと腕を出そうとした瞬間、ティアが一瞬で転びそうになる僕を抱え上げる。
「フミヒコさん!大丈夫ですか!?」
「あぁ、すまない。助かった」
「いえいえ、フミヒコさんは私が守りますから!」
「そうだな、よろしく頼む」
「えぇ!!」
やたらとティアのテンションが高い。
少し不安も感じるがやる気があるのは良いことだろう。僕の生存確率も上がるだろうしな。
そんなことを思っているとフリアがコチラに視線を向けているのに気づく。
「どうかしたか?」
「べ、別に、何でもないわ」
「ふむ、そうか?」
「えぇ。…あー、頑張ってね」
「なにがだ?
頑張るのはティアとフリアだろう」
「そうね、そうなんだけどさ」
フリアの受け答えが曖昧だ。
また隠し事だろうか。ここまで隠し事が多いと会話をするのも一苦労だろうな。僕には知ったこっちゃないが。
妙に上機嫌なティアと若干憂鬱気味なフリアが馬車を出て向かった先はコガナ村の外だ。
コガナ村は小さく、数十人の冒険者を泊める宿屋もないため、冒険者がそれぞれテントを持参するのだ。ティアとフリアもコガナ村の外にテントを張る作業を始める。一瞬手伝おうかとも思ったが二人がテキパキとテントを立てていくのを見てやめた。
そもそも僕はキャンプもしたことないのだ。
手伝っても邪魔をするだけだろう。なにより面倒だ。
テントは数分で立てられ、日も落ちてきたのでテントの中に入る。
「コッチ見ないでよね」
「見るわけないだろう」
そして今は女性二人が身体を洗っているところだ。
しかし何故か僕はテントの中にいる。普通はテントの外に出て待てばいいのだがティアが頑なに一緒でなければ守れないと言い出したのだ。
ならばフリアが先に身体を洗って、それから僕とティアがテントの中で身体を洗えばいいと思ったのだが、それはフリアが反対した。
今更僕がティアを襲うと思っているのだろうか。状況的に考えてありえないだろう。
それで結局全員がテントの中で身体を洗うことになったのだ。
井戸は村の中にあるが、使える水は限られているのでティアとフリアが使った水を僕が使う羽目になった。
あまり気持ちのいいものじゃないがしかたがない。
二人が終わると今度は僕の番だ。水の入った桶とタオルが渡される。布を水に浸し、十分にタオルを絞ってから着物を脱いで身体を拭いていく。馬車の中で屈強な男達の熱気をかなり浴びたので冷たい水を含んだ布を身体に押し当てるだけでも気持ちいい。
「え、ティア!鼻血が出てるから!!」
「…素敵です」
何やら後ろが騒がしい。
こんなことで明日のドラゴン退治は大丈夫なのだろうか。
僕は鼻に紙を詰め込んでいるティアを無視して着物を着て、桶に入った水を捨てるためにテントを出る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます