第6話
▼▼▼
僕がこの世界に転移してから一週間ほど経ったころ、何時ものように日銭を稼ぐため家を出たティアとフリアだったが、今日は数十分で帰ってきた。
「忘れ物か?
僕はこれから図書館に行くから戸締りには気を付けろよ」
「毎日毎日飽きないわね。
それより話したいことがあるの、席に座ってくれない?」
「何かあったのか?」
「ドラゴンが出たんです」
ドラゴン。
なるほど、異世界において定番の魔物である。作品によっては神と並び称されるほどの生き物。まぁ、この世界においても最強の生き物であるのは間違いないだろう。
それが出たと。
とりあえず長話になりそうなので飲み物を用意する。自分が飲む紅茶を作ったのだが、二人の分も用意しないとフリアが怒るため、仕方なくティアとフリアの紅茶も用意する。
「それで?」
「動じないわね」
「ティアとフリアの様子を見れば動じる必要がないこともわかる。
そうだな、珍しいことだが滅多に起こらない事でもないといったところか」
「そうね、その通りだわ。
出現したドラゴンの名はワイバーン。ドラゴン種の中でも比較的弱い部類に入る魔物ね。
でも、ドラゴンであることは間違いないわ」
「さきほどギルドに向かったら職員達が慌てていました。
恐らく、ランクB以上の冒険者はワイバーンの討伐に参加することができます。
それに私たちは参加することにしました」
「私は止めたんだけどね。
それでワイバーンの襲撃は明後日になるわ。
流石に王都で戦うわけにはいかないから、王都から少し外れたコガナ村までおびき寄せてから討伐を開始するみたい」
「ふむ、となれば今すぐにでも出発することになるな」
車も新幹線も無いこの世界では馬しか移動手段がない。
作戦開始が明後日ともなれば今すぐにでも出発して作戦に備えた方がいいだろう。
「はい。
それで、なんですけど…」
ティアが心配そうにチラチラとコチラを見ている。
なるほど、僕は何もできない役立たずだからな。ティア達が家を出ている間に飢餓状態となり、死ぬかもしれないと心配なのだろう。
「安心しろ。食料の備蓄もあるしな。
数日であれば食事には困らない」
「いや、あの、そうじゃなくてですねぇ」
「ん?」
「はぁ~、私は反対したんだけどね。
昔からダメ男に引っかかるタイプだとは思ってたけど、よりによって底辺に限界突破してるような奴だなんて…」
何やらフリアがぶつぶつと呟いている。何を言っているのかはわからんが、どうせ僕の悪口でも言っているのだろう。最低な奴だな。
しかし、ティアの瞳は僕の心配をしている。どういうことだ?
僕が頭に疑問符を浮かべていると、ティアが何かを決意した表情をする。
「フミヒコさん、一緒に来ていただけないでしょうか」
「・・・・・・・おぉ」
予想外過ぎて変な返事をしてしまった。
何故僕を心配しているのにそんなことをいうのか。皆目見当もつかない。
そもそも僕は役立たずだぞ?
小学生が相手だって負ける自信がある。
「それは、本気で言ってるのか?」
「残念な子を見る眼で見ないでください。これは私が考えた作戦です」
ほう、あのティアが作戦か。
この一週間、ティアと過ごしてみて気付いたが、ティアはかなり脳筋思考の持ち主だ。討伐依頼に行くときもフリアと作戦を立てていてティアの口から最初に出た言葉は「突撃して殺しちゃいましょう」だった。
作戦ですらない
そんなティアが作戦を考えてきたという。ティアも成長の階段を一段上がったのだろう。
これは作戦の内容がどうであれ貶してはいけない。
僕は心を落ち着かせてからティアの話を聞く。
「聞かせてくれ」
「はい、私は、こう、なんというか!
守らなくてはならない存在が近くいると強くなるんって残念な子を見る眼で見ないでください!!」
少しでも期待した僕が馬鹿だった。
作戦だと思ったらまさかのメンタル面の話をされたのだ。
フリアも呆れている。
「えっと、ティアの言ってることは本当よ。
ティアの魔法というかそんなので守りたいと強く願うほど魔力が高められていくの」
そうだとして何故僕なんだ。
まぁ、近しい人間の方が込められる想いは強いのかもしれないが、正直ティアの場合は誰でも同じなように思える。
「まぁ、却下だな」
「何でですか!?!?
フミヒコさんが来れば私も幸せ、ギルドのみんなもワイバーンが倒せて幸せ、みんな幸せになるじゃないですか!」
「僕が幸せじゃないだろう、それ。
というかワイバーンの討伐に行くのは二人だけじゃないんだろう?
僕が行ったところで邪魔になるだけだろう。それにティア一人が強くなったところで簡単に勝てる相手なのか?」
「はい!なんたって私は…」
「私は?」
「…なんでもないです」
突然ティアがテンションを落として俯く。
テンションの落差が激しいな。
「はぁ、安心してよ。
何故かは教えられないけど、フミヒコの安全は保障するわ」
安心できないな。
しかし、考えてみよう。相手はドラゴンだが、二人が慌てている様子はない。勝てる見込みはあるのだろう。となればそれを更に引き上げるために行った方が良いのだろうか?
そもそも二人の存在は僕にとって生命線だ。寄生主が死んでしまえば僕も死んでしまう。つまり、僕は少しでも二人が生き残るように立ち回らなければならない。
「…仕方がないな」
「ありがとうございます!!!」
凄く嫌そうな顔で言うと満面の笑みで返された。
これで少しで嬉しいと思ってしまうあたり、僕もちょろくなったものだな。
僕は溜息を吐きながらコガナ村に向かう準備をする。
準備と言っても必要となるものは無いだろう。干し肉くらいだろうか。
「いや、これもか」
僕は思い出したように袖から一冊の本を取り出す。
紙に文字が印刷され、綺麗に製本されている文庫本だ。
僕が転移前から肌身離さず持ち歩いている文庫本と万年筆。
正直使えるとは思えないし使いたくもないが、念のためだ。再び袖にしまってティアとフリアと共に家を出る。
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