第5話
家に帰ると夕食を食べる時間になっていた。
夕食ができるまで待とうソファーに腰を下ろした瞬間、ティアとフレアがジーっと僕を見てくる。
「なんだ?」
「え?ご飯作ってくれるんじゃないの?」
それはおかしい。
昨日の僕は住む家を提供してくれたティアに対する堕落家故の罪悪感が働き、仕方なく自らの心を癒すために食事を作ったのだ。そして既に僕の心は癒されている。
同居に対するお返しが一回の食事なのは気にしない。
僕は既にティアに恩を返したのだ。
「やだ」
「何でよ」
「…」
「めんどくさいって顔するな!」
「フミヒコさんの作るご飯、また食べてみたいです!
お願いします!」
「仕方がないな」
「扱いに差がないかしら!!」
「フリアはその理由は理解しているんじゃないか?」
「最低だ!」
そんなこと言われなくても理解している。
とにかく夕食を作ろう。しかし食材がない。冷蔵庫の存在しないこの世界では長持ちする食材は少ない。いや、貴族であれば冷蔵庫に似た魔道具があるようだが、一般の家庭には存在しない。
故に買ってきた食材はその日の内に調理して食べなくてはいけない。
この時間であれば、魚は完売になっているだろう。昨日はそれを知らずに市場に出向き、魚を諦める事になった。
野菜ならあるだろうが状態の良いものは置いてないだろう。
「食材はどうするべきか」
「あー、食材ならここにありますよ」
「ん?」
「ッ!?」
ティアが近くの木製の棚を開くと野菜や肉、魚が入っていた。
中を覗けばひんやりとした風が頬を撫でる。
「これは、冷蔵庫か?
しかし冷蔵庫は貴族しか持っていないはずだが…」
「ちょっとティア!」
「え?
あ、こ、これはですねぇ」
突然二人が慌て始めた。
ティアは顔を青ざめ、あわあわと震えている。
可愛い生き物である。
「えと、これは私のおじいちゃんが偶然手に入れたものなのよ!
そう。そうだわ!
おじいちゃんはスッゴイ魔道具師だったんだから!」
「えぇ!そうですね!
フリアのおじいちゃんに感謝です!」
いや、何かを隠しているのはバレバレである。
フリアが咄嗟に誤魔化したようだが、ティアの慌てようで台無しだ。
まぁ、隠し事は誰にでもある。わざわざ聞く必要はないだろう。
「オーソウカソウカ。
フリアノオジイチャン二カンシャダナ」
「…気遣うならちゃんと演技しなさいよ」
「隠し事があるなら僕は聞かないけど、気を遣おうとは思ってないな」
隠し事をしたいならすればいい。だが隠し事をしていることは隠さなくていい。言いなくないなら言いたくないで良いのだ。まぁ、そんなめんどくさいのも人間らしくて好きなのだがな。
とにかく食材があるなら夕食が作れる。と言っても作るのは昨日と同じで肉を焼いて野菜を盛り付けるだけだ。そもそも僕は料理人じゃない。一人暮らしであったため、同年代の大学生よりかは作れる自信があるが、それだけである。
スパイスからカレーは作れないしワカメや鰹節から出汁なんて取ったことない。
故に作れるのはシンプルなものばかりだ。
それでも、昨日と同じ食事を出してもティアとフリアは本当に美味しく食べてくれる。笑顔で頬を緩ませ、パンと肉を頬張っている。
「ふむ…」
「どうしたんですか?」
「いや、そうだな。
今後も食事は僕が作ろう」
「本当ですか!?」
「…うそ。あのフミヒコが率先して食事を…?」
ティアは子供のように喜び、フリアはスプーンを落として驚愕している。
「フリア、そう思ったとしても、それは口に出すことじゃない」
「でも、フミヒコが他人のために何かをするなんて考えられないじゃん!」
会って数日で僕のことをよく理解しているじゃないか。
「まぁ、安心しろ。
これはちゃんと僕のためにやるんだ」
そう、これは僕のためだ。
僕は知っているだけだ。誰かに何かをして、喜ぶ顔が見れたのならば、それは僕にとって幸福なことであると、僕はちゃんと理解している。
二人には見えないように、僕は少しだけ口角を持ち上げる。
▼▼▼
そこは緑色の教会。太陽の光を受けて淡く輝く教会の屋上で、白いローブで顔を隠した五人が円卓を囲んで座っている。
「何時まで、ティア様の自由を許すおつもりですかな?
聞けば数日前に得体のしれない若者をお救い、同居しているとか。
エア、どうなのですか?」
「ティア様はまだ若い。
今まで必死に頑張ってきたのだから息抜きをさせるべきだ。
前回の会議で決まったはずだろう、フーイ」
「えぇ、ですが必ず戻って来ていただかなくては困ります。
ティア様は私たちにとっても王国にとっても重要な存在です」
「それはわかっている。
ティア様は聡明な方だ。自分の役割もきちんと理解されている。
次の顔見せまでには帰ってくるだろう」
「そうだな。ティア様の性格を考えれば戻ってくるだろう。
それより、エア、ティア様の婚姻のことは考えているのか?」
巨漢の男がエアと呼ばれた男に聞くと、エアは言葉を詰まらせて沈黙する。
「おいおい、もうティア様も年頃だ。そろそろ後継ぎのことも考えねぇとよぉ!」
「わかっている!
だが、どこの馬の骨ともわからんような奴にティア様を任せるなど…ッ!
ヴァン!貴様は許せるのか!!」
「許せねぇ!許せるわけねぇだろう!!!
俺だってこんなこと言いたくねぇよ!!
だが重要なことだろうが!!」
二人の白熱した言い争うにフーイが冷たい視線を向ける。
「うーん、じゃあさぁ。
ティア様と同居している男とかどうかなぁ」
間の抜けた女性の声が部屋の中に響く。
「シャル、貴様本当に言っているのか!」
「うん。だって同居してるってことは、ティア様も悪くはないって思ってるってことでしょ?
もしかしたらティア様がその人のことが好きかもしれないしー。
マリア様はどう思うー?」
シャルは一言も話さず静観していた女性に話を振る。この女性が会議のまとめ役であり、一番位が高いのだろう。一人だけ白いローブに金色の装飾を付けている。
彼女はローブの隙間から緑色の髪を垂らしながら口を開く。
「そうねぇ。良いんじゃないかしら。
好きな人と婚姻させてあげるのがあの子の幸せにもなるでしょうしね」
「いや、しかしマリア様!
貴族でもない男と結婚するのはどうかと…」
「あら?エアは何時から王家に媚びるようになったのですか?」
「うっ、しかしですねぇ。貴族たちからの反発が…」
「教会は王家に媚びるためにあるのではありません。救われない者たちを救うためにあるのです。それこそ、ティアルシード神を信仰するメルメリア教会の在り方です」
「…はい」
マリアはエアの言葉に何も言えなくなる。
こうして会議は『とにかく今は二人を見守ろう』という結論で終わる。
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