第6話「グリフォンとの交渉」

 俺はもうこの夢を楽しむと決めた。

 そう考えると不思議なものだ、手下になるのも悪くはないかと思えてくる。だが格下すぎるのも考えもだ、ここは対等までいかなくとも少しは地位向上を狙いたい。グリフォンとはいえ動物ーーいや魔物の命令を唯々諾々と聞き続けるのは辛そうだ。


「仲間、なら考えてもいい」


「……仲間、だと?」


「そう、対等な関係だ」


 案の定、氷のような空気が吹き荒れる。しかし覚悟していた俺には効果が薄くはないが、先ほどに比べればかなりマシ。人見知りで緊張しいが全校生徒の前で話をする程度、そのくらいの心臓の高鳴りだ。かなり爆音でうるさくはあるし、痛く息苦しくもあるが死の恐怖は感じない。


「ああ、あの美味しい料理を作れるのは俺だけだ」


「……お主、調子にのるなよ。別にワシはお主でなくともよい、料理の上手い者を捕まえ再現させることもできる」


 さらに凍てつく雰囲気。粟立つのが分かるほどの変化を感じる。しかしこれも夢と分かれば、楽しむと決めればいいスパイス。この時の俺はそんな無謀なことを考えていた。


「ふっふっふ……」


「……何がおかしい」


「俺はあの料理の他に、数多くの美味しいメニューを知っている」


 グリフォンの表情が変わる。それは劇的とも言っていいほどで、この押しつぶされるような重圧を払うほど。俺は無意識にだが口角を上げ、勝利を確信。さらに畳み掛けることにする。


「それにさっき言ってたな。意思疎通ができるのは俺だけーーいや、珍しいんだろう?」


「……」


「異世界の転移者で料理の知識を持ち、意思の疎通もできる人材。ここを逃せばどれだけーーいや、二度と現れないぞ」


 たとえ他に意思を伝える方法があったとしても料理の知識は別。そのアイディアはこの頭の中にしかない。それにレアキャラという言葉。殺される可能性は低いと見積もって良いだろう。


「どうだ!!」


 僕は突きつけた。ピシリと指を差し見栄を切って叫んだ。勝利を確信した。


 それに対しグリフォンは怒り心頭の様子を一変、ギラつく目をそのままに凪いだような雰囲気へと変化。


「面白いな、お主。人ごときにここまで気持ちを揺さぶられるのは久しぶりだ」


 言葉を置いていくような声、容易に透けて見える怒り、顔は見定めるように変わる。


「まさか人と交渉することになるとはな。これだから面白いのだ、生きているということは。思いがけないことに遭遇する」


 そう言うとグリフォンは香箱座りをし、居住まいを正すように翼を畳む。


 この時なんとなくだが「戦いはこれからだ」と察し、無意識にツバを飲み込んだ。


「お主の価値は高く稀少性もある、それは認めよう。だがそれに対する見返りは安全、ワシの庇護下というわけだ。何が不満だ」


 実際に会ったことも見たこともないが、絶対者とはこのような雰囲気なのだろう。そう思わせる口調に態度だ。


「き、基本的人権の尊重を要求する」


「なんだそれは?」


 俺は基本的人権について説明したーーといってもなんとなくで、詳しい解説はできなかった。グリフォンも最初は理解できないような表情を浮かべたが、言葉を重ねるうちに輪郭を帯びてきたのだろう。単語や雰囲気を伝えるうちに頷くようになっていった。


「なるほど。つまり不当に扱うな、必要最低限の生活は保障しろと言いたいのだな」


「そう、そうなんですよ」


「だがそれは難しいな」


「なんでだよ!!」


 瞬間湯沸かし器のような怒りを覚えた。ここまで説明させてこれか、難しいことを要求しているわけでもないだろう。そんな気持ちを筆頭にあらゆる理由が怒りに油を注いだ。


 それに対しグリフォンは心底残念そうなものを見るようで、さらに心に熱を加えてくる。


「説明しろ説明!!」


「……いいか、この世界において安全とはかなり価値の高いものだ。生活水準とやらも力がいる。多くの人族は危険と隣り合わせに生活している。今は魔族との戦争の真っ最中だ」


 それを聞き、どうやら俺の夢はかなりバイオレンスな舞台を構築したらしいと悟る。


「それにお主、戦闘能力など皆無だろう?」

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