第5話「異世界文化に触れ」
「おい、お主ワシの手下になれ。その代わり安全は保証してやるぞ」
「……なんだって?」
「口答えは許さん」
有無を言わせない物言いに反射的に首を縦に振ってしまう。しかも心臓が痛いほど鳴っているし、凍えるように体が震えている。息も不規則に揺れ、冷たく感じる嫌な汗もにじみ出てきた。
これはオネショ確定かもしれない……
「時にお主、あの奇怪なものなんだ?」
一転して穏やかな雰囲気をまとうグリフォンは、転がっている自転車を見て俺に尋ねだす。
全く心の挙動が追いついていない。俺は未だ治らぬ鼓動に胸を押さえながらも説明する、これは自転車と言う乗り物だと。そうするとグリフォンは興味津々と目を輝かせ、爪で自転車を突き出した。
「ほう、聞き慣れん名前の乗り物だな。馬などで引っ張るのか?」
気軽い友人のような雰囲気に変わるが騙されてはいけない。俺は気を引き締め、再び恐怖を味わないように注意する。
いつのまにか調教されたような思考回路になっている。俺はなにも疑問を抱くことなく、従う義理もないのに懇切丁寧に実演をしだした。
「おおっ!! なんと面白い乗り物よ!!」
ずいぶんと盛り上がっているが、適当にそこら辺を流すように漕いでいるだけだ。妙な羞恥・照れを覚えるほど騒がないでいい。辱めを受けているようだ。
「うむ、満足した。他に何かないのか?」
こうなればヤケだ。俺はそう思い、夢であろうと楽しむことにした。これはロールプレイ、ちょっとした主従のような異世界体験だ。
「食べ物があります。それも異世界の美味しいものがーー」
再び吹き荒れる殺意としか思えない冷たい空気。一瞬で肺を枯らし、心臓は破裂しそうなほどに鳴り、喉はやり方を忘れたかのように動かない。
「……吐くならもう少しマシな嘘をつけ」
平坦で平静な声も伝わる。不興を買えば殺されると。
だがこの夢は楽しむと決めた。僕は震える体をそのままに転がっているカバンを拾い、昼食用の弁当を取り出し蓋を開ける。冷凍物だが味の良いものばかりだ。チャーハンにハンバーグ、唐揚げにフライドポテト、シュウマイに申し訳ない程度のミックスベジタブル。しかも密閉式で保温完備の三段、味噌汁だってついている。
「嘘じゃない……ここにちゃんとある」
まるで泣いているかのような掠れ声、きっと顔も酷いことになっているだろう。掲げるようにやった手も震えている。だが漏らしていなければ何も問題はない。
「ほほう、量が少ないが見たこともないものばかりだ。それに匂いもかぐわしい、味は期待できそうだがーーワシに毒は効かんぞ?」
グリフォンは見栄を切るように獰猛に表情を変え、早くよこせとヨダレをすするーーその瞬間、僕は手ごと食われる姿を幻視。反射的に弁当を置き、大げさともいえるほどの距離をあけた。
「ふん、では頂くとしよう」
そう言うとグリフォンは弁当箱に近づき、つつくように丁寧に食べ始めた。その姿は先ほどのイメージとは違う綺麗な食べ方で、味わいゆっくりと咀嚼している。時に愉快だとばかりにニヤつき、時に喉の奥から笑い声を漏らし、時に余韻を楽しむように目を閉じる。
(てっきり箱ごと平らげるか、もっと荒々しく食べ散らかすと思ってた……)
それからグリフォンはソースの一滴すら残さずに完食。満足しかたのように大きく息を吐き、僕を見据えるとーー
「……これらをまた作ることは可能か?」
グリフォンはため息を吐くような声で聞いてきた。
「料理は苦手だけど、食材があれば似たようなものは多分作れる。多分……」
そう返すとグリフォンは大きく翼を広げ、先ほどとは全く違った調子で口を開く。
「おい、お主ワシの手下になれ。その代わり安全は保証してやるぞ」
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