第二話(2/4):先生、流行ジャンルってやつがあるじゃないですか。

「気が進まない理由がよく分からなかったんですが、よく考えるとわたし、基本的に活字が……紙の本優先というか、書籍という媒体が好きなんですよね」

「うん」


十津先生は先を促すように相槌を打つ。

友香は何かを探すように、じっと手元の本の表紙を睨みながらーー呟くように続きを話し出した。


「わたしにとっては読み物とは本の形を取っているものでした。そのせいか、ウェブ小説というもの自体に感心がないまま、多分それらが一番面白く思えただろう中学、高校生の頃に触れずに来ていて……こうなると、どこから手をつけるべきかも分からないんです」


へえ、友香ってウェブ小説に全然触れずに来たんだ。

私は子供の頃の親との確執もあって、家に押し込められてる時間も多かったし、とにかく時間が余ってたから逆に貪るように読んでたな……。

なんて考えていると、友香の言葉をふんふんと聞いていた十津先生が答えた。


「ああ、なるほど。確かに今は大手各社がそれぞれに投稿サイトを用意していたり、そもそもウェブ出身のラノベ自体も出版点数が多い」


私は内心に頷く。そうなんだよねえ。

ウェブ小説投稿サイトと言えば、圧倒的に「小説家になろう」 を思い浮かべるだろう人が多いだろうけれど、カドカワの「カクヨム」 を代表として、今はかなりの数の小説投稿サイトを持っているんだ。

先生はさらに、ライトノベル初心者やウェブ小説未経験者が売場で悩むだろう理由を挙げる。


「その上、タイトルが似通った感じのものも多いからなあ。ああ、因みに、長文タイトルについてはウェブ発祥だと近年誤解される事が多いが、実際は十年以上前に商業作品で流行となっているんだ。ライトノベルでは、度々長文タイトルの作品がヒットを挙げているな」


*参考:ねとらぼ記事「ラノベのタイトルが長くなったのはいつ頃か? タイトル文字数の長さを年別分布にした図表が興味深い」(2019/02/18)


先生の言葉に、友香は目を丸くした。


「え、そうなんですか? てっきり、ウェブ文化ゆえのものだったのかと思ってたんですが……」

「ああ、実はそうなんだ。意外だろう? ……ところで友香くん。君はどんなウェブ小説を知っているかな?」


友香は書棚に片手を置いたまま、うーんと悩む。


「アニメになったものの、タイトルぐらいでしょうか。あ、筆竹君に勧められて悪役令嬢? とかいうジャンルのマンガは読みましたね。面白かったです。というのは置いといて……とにかく、タイトルが長くて、ファンタジー世界に転生するものが多いかな? という印象があります」


十津先生は頷きながら先を促す。友香は再び口を開いた。


「それから……男性がすごい能力で無双して、多くの女性を囲う……ハーレムですか、そういうのが多いのかなー、と。女性の場合は悪役令嬢? とかいう、嫌われ者から皆に愛されていくようなものだとか……」


「まあ、そうだね。確かにそういう物が多いイメージはある。出版点数が多いだけあって、実際はマイナーなジャンルのものや、流行の先端を行く形で出版されたものもあるのだが、それこそ気にしていなければそういうものがある事実も分からないのが現状だね」


それはどうしてなのか? と十津先生は友香に問う。


「何故だろうか? 友香くん」

「ええと……毎月大量の本が出るせいで埋もれるからでしょうか。本の流通の関係で、少部数印刷の書籍などはリクエストしても地方の本屋には配本されない、なんて事もざらですし」

「さすがは友香くんだ、詳しいね。それも一つの理由だ。ところで、そこで傍観者面してる澪くんはどう思う?」


十津先生の突然の振りに、油断していた私は普通に驚く。


「ーーえ? そこでこっちに振る? えっと、それはもちろん、売れてないからじゃないですか? 私達読んでるだけの人間としては、本屋に寄った時に話題本としてランキングに上がってるものか、ドラマ化だの、アニメ化だのしてからようやく認知に至るみたいなとこあるし」


私の答えに、二人が絶妙に表現しがたい顔をして胃の辺りを押さえた。


「ま、まあ、その通りなんだが……そもそも存在すら知られていない本を買え、などとはとても口に出して言えたものではないしね」

「うう……まあ、一般人からしたら、そう答えますよね。読者への告知が足りてないというのも確かだし……」


なんだか辛そうに十津先生も友香も呟く。私、悪いことをしたのだろうか。


「ま、まあ気を取り直して続きと行こう。おれも流石に全てのウェブ発小説を網羅している訳ではないから、とりあえずジャンルについては言及は避けるが……。と、まあ、話しも長くなってきたし座るか」

「はい」


ということで、私達は折りたたみ長机を挟んで座ることにした。

十津先生はいつもの定位置に座ると、おもむろに使い古した革のドクターバッグから原稿用紙と万年筆を取り出し、それを手元にそろえてから話し出す。

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