第二話(1/4):先生、流行ジャンルってやつがあるじゃないですか。

その日、私は 悩んでいた。


「うーむ、卒業は確定したものの……郷土史の編纂へんさんなんてどこでやらせてくれるものやら」


私が所属しているゼミは、郷土の歴史やそれにまつわる民間伝承や妖怪伝承などを中心に研究している。

私は昔から、変わった名前の土地の由来や、それにまつわる史跡なんかを調べたり訪ねたりするのが好きな子供だった。

幼少期に地元の郷土館のお話会で来た教授のトークに感銘を受け、彼を追いかけるように色々な本を読んだり、近場の史跡を回ったりと、子供なりに興味のまま行動していたところ……。

親に見つかってしまい、なんていうかその……。

土蔵に監禁というか、まあ、学校以外ずっと外に出られなくなりまして。

ざっくり省いてしまうが、その後色々と警察やらNPOが関わってあれこれあったものの、こうして大学生をしている。


話を戻すけど、ともかく、今の研究を教授の下で続けたい私としては考えるだけ無駄なので、とりあえずゼミで研究しつつ大学院の試験日を待ってるのでした。


日常についても、そう変わらない。心配性のうちの教授にバイトも制限されてるので、最近は暇が多いぐらいだ。

ついついそんな時に行くのが、文芸部である。


「誰かいるー? いませんね」


適当なノックの後部室に入ると、大量の本だけが私を歓迎した。

手近な事務椅子にバッグを置き、照明のスイッチを入れると、早速本棚を漁る。

先輩方の置いていったジャンルばらばらの蔵書は、時折持ち主が持ち帰ったのかスペースが生まれ、そこに誰かがまた持ち寄ってと新陳代謝があり、気が抜けないのだ。

ああ勿論、私もその新陳代謝の一因だ。


そうして私が気になる本を探していると、明るい声が扉の方からした。

カジュアルだが綺麗めのシルエットのシャツと、そのままどこかに取材にでも行けそうなグレーのドレスパンツを履き、大きなリュックを背負った女性は、私は見てぱっと笑みを浮かべる。


「あれー、澪先輩がいる」

「……誰かと思えば、友香か。最近文芸部によく来るの?」

「まあ、そうですね。今は少し時間が空いてるんで」


なんと珍しい。忙しい彼女とは、それこそ下手すると数ヶ月会えないこともよくあるのに。


「まあわたしの事は置いといて。先輩こそ、この時期に顔出してて大丈夫なんです?」

「そうだねえ、まあ大体は。私のやりたい事やろうとすると、行き先がすんごく限られるから」

「確かに。郷土史ならまあまああるでしょうが、先輩の場合ほかの要素もありますしねー」


私の言葉に友香が神妙な顔で頷いた。


「友香はどうするのー?」

「わたしですか? まあ大体は決めてますけど……」

「友香はそのまま雑誌社勤めでも行けそうだしねえ」

「そうですけど、ほかのこともしたい気もするんですよね。雑誌より本を作りたいというか、可能性を狭めたくないというか」

「なるほどー。友香はデザインも出来るし文も書けるもんね」

「ですね。あ、そういえば十津先生知りません? ちょっと聞きたいことがあるんですけど」


突然の友香の話題の変更に、私は彼女の方を向いて首を傾げた。


「えー、今日は見てないけど。どうしてまた私に聞くの?」

「何故か十津先生と会う時って、必ず澪先輩がいるからですかねえ」

「なにそれー」


くすくすと私が笑うと、友香がつられて笑った。


「ふふ、何でしょうねー。それにしても、十津先生って、先輩の得意分野で言うと妖怪っぽくないですか?」

「ええ、あんなぼんやりした妖怪なんていないでしょう」

「でも、呼ばないと出てこないとか、誰かに招かれないと入れないとか、なんとなーくそんな雰囲気が……」

「やだー、やめてよー。怖くなっちゃうじゃない」


そんな風に本を探しつつくすくす笑っていると、十津先生が入ってきた。


「ほら先輩、噂をすれば影ですよ!」


と、友香が楽しそうに言う。


「はあ、やれやれ。今回は難産だったなあ……」


ぼさぼさ頭を掻きながら十津先生がぼやいている内容は、どうやら最近抱えていた原稿の事のようだ。


「先生、いつもそう言ってません?」

「確かに」


うんうん、と私達が頷いていると十津先生が「酷いなあ」 と笑う。


「あ、そうだ先生。そういえば聞きたい事があるんでした」

「何だい、友香くん」


友香の言葉に椅子に座ろうとしていた先生が振り向く。


「最近、ウェブ小説発の本がすごく本屋さんでも並んでますよね。編集者としても、自分の創作の参考にもなるかと、トレンドとして押さえようとしたんですが、とにかく量が多くて……」


ふう、と友香がため息を吐くのに、私は確かにと同意する。

ここ何年かは、本屋さんの新刊コーナーをウェブ発の作品が埋め尽くしているような光景も珍しくない。

本を探す手を取め、二人の会話に耳を澄ましていると、友香が再び話し出した。

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