第一話(4/4):先生、プロットって何のためにあるんですか。

「え、こんな形にもなってないもので出来たんですか」


私は驚いた。だって、これじゃあ全然書いてないも同然だ。


「最初からガッチリ作ると、後で苦労するんだよ。だから最初はこれぐらいでいい。目的と主要キャラ、それに二人の結末も出来てるだろう?」

「確かに……そうですが。十津先生、僕はこのプロットから書ける気がしません」


筆竹君も驚いた様子でまじまじと原稿用紙の裏を見ている。


「まあなあ。ここから少しずつ書き足していって完成させる訳だが……ああいや、これは本当に最初のイメージ固めだからね? 大体、村を救うだろう目的のものすら書いていない訳だし」

「あ、本当だ。そういえば二人の関係性は深まったけど、結局村を救うアイテムも分かってないね」


先生の言葉に、私はハッとする。


「ああ……これって本当にお話の元で、ここからどういう風に膨らませても、伸ばしていってもいいものなんだ……」


そう考えると、またあのワクワクが戻ってきた。

これだ、私がお話を作る理由がこれなんだ。未知の世界を作っていく、そこで息づく人々の表情や感情が、私は好きなんだ。


「先生、これ貰っていってもいいですか? これで私、お話を書きたいです!」

「どうぞどうぞ。出来たら読ませて欲しいな」

「はい!」


ああ、きっと面白いお話が書けるぞと貰った原稿用紙を抱きしめるようにしていると、先生の笑みは深まった。


「先輩は分かるんですか……僕にはさっぱり……」


そんな私を、途方に暮れた顔で筆竹君が見ていた。


「と……まあ、筆竹は分からない所があったらまた今度な。次はツール編だ」


そう言うと、先生は新しい原稿用紙に万年筆を滑らせた。


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プロットのツールについて


・有志が配布している脚本や小説などのテンプレートを利用し、物語の重点を探る

・付箋、ツリーエディタなどを利用して、物語を構造化し、時系列に行動を分析する

・一つ一つの行動をカードに書いて並べ直しながらグループ分け、順序や重み付けなどをしていく

・いっそ、プロット自体を使わず衝動のまま書く。


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ふんふんと読んでいた私は最後の一行に目がいって、十津先生をじろりと睨んだ。


「先生、最後のは何ですか」

「いやあ、まあそういう方法もあるんだよって事はね、示さないと」


はははとぼさぼさ頭を掻いた先生は、ゆるい笑顔を浮かべて言う。


「物語なんてものは、文字に起こさない限りその者の頭の中にしかないふわっとしたものだからねぇ。それを出力が出来ないのならば、やり方を変えてみる事で改善が見られる可能性は高まると思う」

「はい」


筆竹君は真剣な顔で頷いた。

しかし、それを見た先生は眼鏡を直す仕草をしながら格好悪いことを言い出す。


「だが、変えてみたところで悪化する事もあるわけで、何が正しいかなんて分からないんだ。それこそ筆竹自身が満足する結果を得るまで、試行錯誤するしかないさ」

「えええ、無責任」

「そうさ、無責任さ。おれは文芸研究を専門としている訳でもないし、しがない作家だもの。だからおれの経験からの提案は出来ても、責任はとらないよ」


私の言葉にからからと十津先生は笑う。


「まあ、先に示したように、色んなプロットのやり方っていうのはある。けれど、例外もあってね」

「例外、ですか?」

「そう。そもそも、勢いで書くようなネタものとかはプロットと相性が悪いものでねぇ。思いついた端から書き出してしまった方がよい作品もある訳さ。そもそも、熱量あるいは情動のようなものを動機に書く文ってものは、こぎれいに纏めていくプロットという作業に合わないんだ」

「あ、わかります。私がそう。考えた端から書かないとなんか後からじゃ面白く感じられなくなって」


うんうん。と力強く頷くと、先生は私に頷き返してから筆竹君の方を向いて言う。


「とまあ、そういう作家もいる。プロット自体もそれなりの作業量になるし、向き不向きというのはあるのさ。だから、合わないとなったら捨ててしまうのもありなんだ」

「あはは、言い切った!」

「ええ……」


笑う私と、若干困惑気味の筆竹君を見て、先生もまた笑っている。


「なになに、賑やかだね。おもしろい話なら混ぜて下さいよ」


そこに、ノックもなく部室に入ってきたのは吉川友香きっかわゆかだ。私の友人で、学生ながらに雑誌編集者もしている才媛である。


「あ、友香だー! お久しぶりー。今ね、十津先生にプロットの書き方を教えて貰っていてね……」


と、余った椅子に座った彼女に言うと、真剣な表情で乗り出してきた。


「えっ、それマジで聞きたいやつなんですけど。一応わたしも書くんだけど、知人に見せたら、それ、プロット違うって言われてて! ほんとぜんぜん分かんないんですよ」


と、友香がリュックから取り出したノートを開く。

そこには……ほぼほぼ、完成した小説が十頁以上に渡り書かれていた。


「ああ、これってプロットじゃないよ、小説だよー。プロットっていうのはねえ……」


そこで私は、今十津先生に聞いたばかりの話を得意げに彼女に聞かせるのだった。


なんでもない昼下がり。

そうして私たち文芸部は、いつものようにのどかな時間を楽しんでいた。


(終)

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