第一話(3/4):先生、プロットって何のためにあるんですか。

「え、こんなにかけてるのに?」

「なるほど、そこからか……」


筆竹君の言葉に私は驚き、十津先生は額を押さえた。ため息を吐いた先生は、使い込まれた革のドクターバッグから先生専用の原稿用紙の束を掴み出すと、愛用の万年筆を取り出してさっと要点を書き出した。


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プロットの役割とは


・企画の前段階で、物語の要点を書き出し、担当や他者に見せるもの

・物語の目的を明確にし、結末へ向けた道筋を計画するもの

・物語のある時期の重要行動、必要な小道具、人物の関係性などを書き出し、自身の備忘録とするもの


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「まあ、大まかにはこんな感じかな。基本的には、自分が書くものの重要な点を書き出して、書き忘れを無くしたり、あるいは書き過ぎを抑制するもの、とおれは思っているよ」


十津先生はそう言って、万年筆のキャップを締める。

私はふむふむとそれを読んで、こう言った。


「なるほど……よくわからん」

「そうか、分からんのかい」


十津先生は私の態度にがっくり肩を落とす。


「じゃあ、もう少し解像度を上げようか。簡単な話を即興で作ってみよう。……澪くん、読むならどんな話が好きかな」

「えーと、普段だとジュブナイル系とか好きですね。ボーイミーツガール的な」

「なるほど」


先生は頷くと原稿用紙を裏返し、そこにボーイミーツガール、と書いて丸で囲んだ。


「ただ出会うだけでは何だから、二人は最初反りが合わない感じにしておこうか」


先生はボーイミーツガールに矢印を付けて、反りが合わない、と書き込む。


「筆竹、どうしてこの二人は反りが合わないのだと思う?」

「ええと……そうですね。例えばですが、片方が楽観的で片方が真面目すぎるなど……性格的なものでは」

「性格ね。じゃあそれで」


更に原稿用紙の裏に矢印は増やされ、性格、と書いた文字を丸で囲んだ後、楽観的、真面目、と二つの性格が書き足された。


「主人公達はこれで何となく出来てきたな。じゃあこの二人は何をしようか? 澪くん」

「うーん、じゃあ旅をさせましょうか。その間に二人は仲良くなって欲しいですね」

「旅ね。だとすると目的が必要だな。筆竹、二人の目的は?」

「はい? そうですね、じゃあ二人の住む村を救う為、ですとか」

「おお、随分と尊い目的が出来たな」


二人は旅をする、目的は村を救う為……そう書き込むと、二人の物語が始まる予感がした。

プロットを教わる為の簡単な物語作りだったのに、何だかワクワクしてきたよ。


「この二人は無事に旅を始めた。二人が最終的に仲良くなる為に、少しばかりそんな場面作りをしてあげよう」


先生は今までの書き込みの下に縦に線を引いた。


「これが時間軸とする。旅のアクシデントや障害、楽しかったエピソードなどがここに並ぶ訳だが……まあ、今回は簡単な話作りなので、二つだけエピソードを考えようか。筆竹、二人が出会う障害とは」

「……異性ですし、性格も合わないとなれば、そこはやはり決定的な仲違いをする、などがありそうです。しばらく引きずってしまい、それで気まずくなるとか……」

「なるほど。確かに年頃の男女ならありそうな話だね」


先生は時間軸の最初の方に、仲違いする、しばらく引きずる、と書き込んだ。


「これだと二人は仲良くなりそうもない。楽しかった話も欲しいので、澪くん、この二人が喜びそうなのは?」

「……美味しいものを食べる、とか? 二人が協力して、狩りとか山菜採りとかした後、野外料理を作るんです。それが美味しかったとか」

「それはいいね。旅している雰囲気もある」


先生は時間軸の真ん中辺りに、二人で協力、美味しい野外料理、と書き込んだ。


「最後はどうする? 二人の旅は成功したと思う? 失敗したと思う?」


先生の問いに、筆竹君と私は思わず目を合わせた後、うーんと唸った。


「私は成功して欲しいけど……筆竹君はどう思う?」

「反りが合わないものの、途中で協力も出来た訳ですし……最良の方法での成功は掴めない気がしますが、まあ成功でいいのではないでしょうか。大体、先輩ってバッドエンド嫌いでしょう」

「あ、知ってた?」


筆竹君は頷く。


「それはまあ。先輩の作品も読んでますし」

「でも、筆竹君的にはそんな簡単に上手くいくと思ってないでしょ?」

「まあ、そうですが。ここは先輩に譲りますよ」

「あらそう? ありがと。じゃあ成功にしておくね」


私達の話をにこにこ顔で聞いていた先生は、時間軸の最後に、村は救われた、と書いた。

その下に丸囲みで、二人はお互いを認めて、仲良くなった。と書かれる。


「……よし、これでプロットが出来たな」


先生はそう言って万年筆のキャップを閉める。

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