第1話(2/4):先生、プロットって何のためにあるんですか。
おとなしくなった私たちを前に、筆竹くんがスマホを取り出す。
机の真ん中に置かれた板状の機械には、ウェブ小説が映されていた。
「これは僕が今書いているものです」
その小説のタイトルは「夏の終わり」
あらすじからすると、長命種の女教授と彼女に見いだされた田舎娘の淡い恋を描いた百合ものらしい。
え、私はノーマルもBLも百合も好きなので全然いけるよ?
三部作らしく、出会いの幼年期、成長の青年期、二人の別れとなる老年期の三つが同時進行的に展開されている。
投稿サイトには既に結構な量の投稿がされており、私は感心した。
「へえ、筆竹君って私小説的なのが得意と思ってたけど、ファンタジーも書けたんだ」
「まあ、試行錯誤ですが」
「これだけ書けてたら十分だよー。私なんて去年から一行も書けてないし! 後で読ませて貰うね」
すると彼は一瞬うれしそうな顔をして、すぐにいつもの慇懃な雰囲気に戻ってしまった。
「先輩は去年大変でしたしね……読んで頂けると励みになります。んんっ、話を戻しまして、まあ計画通り書き進めていたのですが……何て言うか、自分の当初の想像とは違った話というか、その……書きたいものが書けてないような違和感がありまして」
「へえ、そういう事あるの? 難しいね」
私はいつも思いついたらその部分だけでも一気に書いて満足するタイプだから、書きたいものが書けない、てのがよく分からない。
そこで十津先生が口を挟んだ。
「で、おれが何処が想像と違うんだろうか、と聞いていたんだ」
「なるほど……先生も時には先生っぽい事するんですね」
「澪くん、きみね……」
脱線しそうになる二人の間に、相撲の軍配のことく大学ノートが挟まれる。
「お二人とも? 仲がいいのは宜しいですが話が逸れてますけど」
「申し訳ない」
「ごめん」
呆れ顔の筆竹君に、十津先生と私は謝った。
ーーこの筆竹という人物、一見誰に対しても穏やかだが、一度相手に失望すると無視とかいうレベルでなく、相手が存在しないレベルで徹底的に関係を絶つ。
しかもまじめすぎるのが仇となっているのか、おふざけとまじめな喧嘩の区別がつかない。
この男、高校の頃に初めて部誌を作り数百冊のそれを完売させたという伝説の持ち主で、有能な男だけに文学部として離しがたい。
私達も見限られないようふざけた事はほどほどにしておかねばならないのだ。
「あー、では話を戻そう。筆竹、それで何処から躓いたのか分かるかい」
「はい。とりあえずこれが、当初書こうとしていた小説の覚え書きです」
筆竹君が手に持っていた大学ノートを広げ机の上に置いた。
該当のページには、非常によく要点の纏まった物語の原型がある。
「まず最初に言うと、僕はこの三部作の終わり……二人の関係が静かに閉じていくところを書きたかったのですが、ええと、何でしょう。書けば書くほどこんな話を書きたかったのか? とよく分からなくなりまして」
彼が指さしたのは結末の部分。老衰により死んでいく人間の女生徒と、変わらぬ姿の長命種の女教授の死別が簡素な文で記されている。
「筆竹君すごいね。こんな風に書くんだ、プロット」
私はいっつも無計画にこんなの書きたーい、と書き散らしたのを後からつじつま付けるので、人のプロットは初めてみた。
なんていうか、私にとっての創作は衝動なのだ。浮かんだものを形にしないと爆発しそうだから外に出すみたいな、そんな感じ。
しかし十津先生は、そのプロットを前にして顎先を指で擦りつつ唸るような声を上げた。
「ここまで詳細に書いていて、それでも想像と違うとなると、そもそもプロット……物語の計画時に、筆竹が自身で読み解けない苦手な方法で纏めている可能性があるね」
「えっ、プロットってこの本に書いてあるものだけではないんですか」
先生の言葉にあわてて筆竹君が小説の書き方の本を出す。
その本は何度も頁を捲った跡がありありと見え、使い込まれた雰囲気がいかに彼がその本に信頼を置いているかを語っていた。
十津先生は丸眼鏡の奥にある目を細めて曖昧に笑う。
「それも間違いではないよ。でもそれだけではない、と……いや。人によって、書くものによってもプロットっていうものは変わるものなんだ。一律同じように出てくるわけではなくてね」
「ええ、そうなんですか? 私はてっきりプロットの書き方って形があるものだと……」
私は驚いた。てっきり、プロットというものは何かテンプレートのような明確な形が存在して、それに沿って書かれるものだと思っていたのだ。
私の驚きように愉快そうに笑った先生は、そもそも、プロットって何だと思う? と私達に聞いてきた。
そう言われると、難しいよね……。うーんと腕を組んでひとしきり悩んだあと、私は答える。
「私はノープロット派だけど、友達にこんなの書くよ、て見せる時はだいたい頭と真ん中の盛り上がりと終わりのとこを書いて見せるかな。だから、なんか人に説明するときにざっくりと話の概要を書くものかなぁって認識だったよ」
「なるほど。筆竹はどう思う?」
私の言葉にうなずいた十津先生は、筆竹君に聞く。
私がどう答えるかわくわくしていると、酸欠の魚のように口をぱくぱくと開けたり閉じたりしたあと、彼は自信なさそうに俯いてこう言った。
「ええと……それが実はよく分かっていないんです」
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