ぶんげいぶ!〜あやかし先生と女子大生の創作ノート

兎希メグ

第一話(1/4):先生、プロットって何のためにあるんですか。

「困ったなー、まさか相談に来たら肝心の教授が居ないなんて」


そう嘆きながら秋の銀杏並木を横目に眺めつつ、大学生協で買ったお菓子と飲み物の詰まったエコバック片手に、広大なキャンパスの敷地を横切って部室に顔を出す。

今日はゼミに用事があって学校に顔を出したのだが、生憎と教授が用事の為に席を外していたので暇をつぶしにきたのだ。


ここは東京から一時間以内の好立地にあるキャンパスの一角。

私の通ってる大学の本校は東京にあるんだけど、増設を重ねて無理がでてきた本校に対し、扱いきれない新設の学部だとか、学生たちの部活動に関する設備なんかがここに集められている。

いわゆる分校だとか、なんとかキャンパスなんて言われる部類のところだ。

その敷地の端っこに立ち並ぶ、プレハブ小屋の群れ。

そこに、私の目的地があった。


「やっぱり今日も居る」


おざなりなノックの後扉を開け、中を覗いた私は呆れ声を上げた。


みおくんは酷いなあ。これでもそれなりに忙しいんですよおれは」


ぼさぼさの黒髪を馬のしっぽのように括り、書生さんのような格好をした年齢不詳の男は、クラシックな丸眼鏡を直しながら私の言葉にそう嘆く。


昼でも陽も入らない部室では天井のLED照明がしらじらとした光を投げかけ、うだつの上がらない男の姿を浮かび上がらせている。


「なら何でここに居るんでしょうねー、セ・ン・セ・イ。大方、ネタに詰まったとか言って締め切りから逃げてきたんでしょう」


私の指摘に男はぐうとうめき声を上げる。男は大学のOBで、小説家の十津愛とつめぐみと言った。


男の背には古今東西の創作物が並んでいる。

プレハブの壁を埋め尽くすよう据え付けられた書棚は、歴代の文芸部員達によってジャンルの別なくカオスな雰囲気を作っていた。

その書棚の存在のせいで、ただでさえ狭いプレハブ小屋は、折りたたみ長机二つと、どこかから頂戴してきた古い事務椅子五つで満杯の様相をなしていた。


男の苦虫を噛み潰したような顔を眺めつつ、私はさっさと手近な椅子に座り、エコバックからイチゴ牛乳のパックを取り出してストローの包装を噛み切り、それに挿した。


「……それで?」


好物のイチゴミルクを一口飲み、一息ついた私はじっと十津先生を見る。


「いやあ、ね。創作には気分転換が必要なんだ。同じ場所に居ると良い閃きも浮かばないものでね」

「へえ、ご高説は承りますがセンセイの気分転換は随分と長いですねえ。先週もいらしたと思いますけれど?」


私の尤もな指摘に今度こそぐうの音も出ない様子の十津先生である。

いやあ、私も留年中で人の事言えないけど、この人の入り浸りぶりもなかなかだと思うのよね。

そんな風に喧々囂々やりあっていると、制止が入った。


「まあまあ、楮屋こうぞや先輩。そこまで言わずとも」


その人物は部室の奥に座っていた。

いっそ十津先生よりも年嵩に見える、落ち着いた雰囲気の眼鏡の青年が私の事を宥める。


「あれ、筆竹君、いたの。お久しぶり」

「居たのとは酷いですね先輩。ええ、お久しぶりです」


彼の名は筆竹一ふでたけはじめ。数年前、新規に開設されたばかりの文芸系の学科に所属する三回生で、部長さんだ。

思うに、彼の普段身につけているオフィスカジュアル的というか……趣味の文具作りの関係で営業に回るせいか、常ながらかっちりした格好をしているのが老成した雰囲気を醸しだす原因になっている気がしないでもない。

あ、ちなみにだけど、この文芸部自体は大学が設立された時からあるという話があるぐらいに歴史が長い。


……と、だいぶ脱線した。


「でも、筆竹君……」

「待って下さいよ楮屋先輩。僕の話を聞いて下さい。今日は十津先生に相談に乗って貰っていたんです」

「相談?」


このうだつの上がらない男に? とばかりに胡乱な目で私は先生を見た。

先生は私の視線など知らぬ振りで、手元の打ち出し原稿だろうプリント用紙を見ている。


「え、先生ってこの部室の座敷わらしみたいなもんでしょう? 聞いて役に立つの」


いやまあ、この人は学内でも知らない人のいない有名人で、彼のペンネームである叶命径かのうめいけいなる作家の著作は、それこそこの大学の前身である学問所の時代より存在し……まあ、おそらくは当時実名を使えなかった良いところのお坊ちゃんお嬢さんがたの共同ネームを継いだのだと推測してるんだけど……今現在も、小説等で使ってるペンネーム、本名で書いてるコラムなどで、色々書き散らしている人である。


そんな現役の先生に何言ってるんだ、て感じだけど、私、丸々四年文芸部に所属してるのに、基本的にこの先生の創作論とかって聞いたことないんだもの。

疑っても仕方ないと思わない?

……という、私の内心を知ってか知らずか、先生は原稿から目を離して困ったような顔をして言った。


「あのね、一体澪くんの中でおれはどんな位置になっている訳なの」

「えっと、そうですね。部の空気の一部のような?」

「それはほめ言葉なのか、どうなのか」


ああ言えばこう言う。

なんていうかあうんの呼吸的な感じで、私は先生とのくだらない話に興じるのが好きだった。

……昨年、訳あって苦学生してる私が過労で倒れたときも、みんなが気遣って妙に当たり障りのない話をするなか、彼だけがこんな感じでなんてことないように話しかけてくれたので。


「……あの、お二人とも。仲がいいのは分かりましたから、とにかく僕の話を聞いて下さい」


再度の筆竹君の言葉に流石に申し訳なくなった私は、おとなしく口を噤んだ。

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