第57話

「秀治!?」

「や、奇遇だね」


 みんなの視線が一斉に集まる先で、軽く手を上げてみせたのはなんと秀治だった。 

 工藤も一緒になって驚いてるところを見るに、もちろんこっそり呼んでいたなんてことはなさそうだ。


「驚きすぎでしょ。僕ボウリング好きで、結構よく来るんだよね。あれ、話したことなかったっけ?」


 そういえばそんな話をいつかしたことがあったようななかったような。

 秀治は手には指ぬきグローブのような手袋をはめていて、さらにマイボールらしき物を片手で持っている。

 これはちょっと好きとかいうレベルではなさそうだ。


「ぶははは、ちょっ、一人でなにしてんだよ秀治~! 絶対プロボウラーじゃんそれ!」


 かっちりした長袖のポロシャツにチノパン。 

 物自体はとても良さそうなものを着ているのだが、なんとなく全体的におっさん臭い。

 そんな秀治の姿を見て、工藤は笑いが止まらないようだ。一人爆笑している。

 

「いや一人じゃないよ、一応……ほら」


 そう言って秀治が振り返ってみせると、日本人形のような髪型をした女性が秀治の背後霊のように後ろに立っていた。

 彼女は特に何か言葉を発するでもなく、ふかぶかと俺たちに向かってお辞儀をする。

 つられて会釈をすると、工藤がすかさず耳打ちしてくる。


「おいあれか、噂の御代子は」

「らしいな……」


 御代子という秀治の彼女は、たしか秀治の幼なじみで、家族ぐるみで付き合いがあるとかなんとか。

 何度か遠目に見たことはあるが、直接会って会話したことはない。

 古風というかなんというか、かなり不思議な雰囲気を持っている。


「下手なこと言うと呪われそうだな……」

「それな。美人は美人だけど、なんか怖いっつーか……」


 と俺と工藤が声をひそめるのもどこ吹く風と、秀治は不敵に笑いかけてきた。

 

「それで朋樹。真剣勝負、受けて立つよ。僕がね」

「いや真剣勝負って……」

「うははは、面白そーじゃん、やれやれ」

 

 他人事だと思って工藤が面白半分にけしかけてくる。

 誰かに助け舟を出してもらおうにも、みんな揃って「面白そうやれやれ」の流れ。

 純花は……やはり秀治が苦手なのか、話には加わってこず遠巻きにこちらを眺めているだけだった。

 少し純花のことが気になって見ていると、それを遮るように秀治が俺の前に立ちふさがる。


「何だよ朋樹、逃げるのかい? 気にいらないなら直接かかってこいなんてカッコつけてたくせに」

「いや、それとこれとは話が違うだろ……」

「まったくこれじゃ拍子抜けだよ、じゃ僕の不戦勝ってことでいいかな」

「んだよわかったよ、やってやるよ」


 俺も大概単純で、秀治の安い挑発にまんまと乗ってしまう。

 当然事情を知らない外野も、何か俺がやる気になったのを見て俄然沸き立つ。

 そして結局その流れのまま、俺と秀治のボウリング対決が始まってしまった。



「きゃー朋樹さん頑張ってー!!」

「おら朋樹ー! 純花ちゃんの前で男見せろー!」


 こうなると思ったから嫌だったんだよな……。

 やかましい応援だか野次を背に、先手である俺の第一投。

 球は理想的な軌道を描き、危なげなくピンをすべて倒した。


「へえ、やるねえ朋樹」


 やかましい声援の中、入れ替わりに秀治が余裕の笑みを向けてくる。

 この程度は当然、といった顔だ。

 秀治が堂に入った仕草でボールを手にすると、すかさず秀治の彼女がそこに近寄り、何事かささやき出した。


「できるよ秀ちゃん。きっと勝てる……勝てるよ」

「うん、わかってる」


 何か暗示かけてるみたいで怖いんだが……。

 どういう関係なんだあの二人。


 レーンに入った秀治は、たっぷり時間をかけて構えたのち、大きく振りかぶって球を投げはなった。

 スピンをかけて転がった球は、小気味いい音を立ててピンをすべて弾き飛ばした。

 

「うお、投げ方やべえ、ガチじゃんガチ!」


 と言いつつまたも爆笑し始める工藤。

 たしかにちょっとフォームが大げさで、面白いは面白い。

 

 その後はほぼ互角、徐々に秀治がリードを広げつつ、投げ合いが続く。

 秀治とその彼女が投げるたびに毎回コソコソやってるのが少し目につくが、さすが言うだけあって実力はかなりのものだ。

 ストライクとスペアを交互に繰り返し、ピンが残るようなことがない。

 このまま行けば順当に勝敗が決まってしまいそうだ。


 だが中盤にさしかかったころ、異変は起こった。

 なにげない工藤兄妹の会話だった。

 

「秀治のやつ、めっちゃイキイキしてんじゃん。ああいうガッツポーズとか、普段しねえだろあいつ……」

「えーでもなんか必死っぽくてダサーい。朋樹さんの投げ方のほうがかっこいー」

 

 本人はこっそり言ったつもりなのだろうが、美結の高い声はやたら通る。

 その一言で一瞬場の空気が凍りかけたが、当の秀治は顔色一つ変えずにレーンに立った。

 だがやはり聞こえていたのか、そしてモロに心をえぐっていたのか、秀治は直後まさかの五ピン残し。

 その後なんとか立て直すが、今のミスで動揺したのか運がないのか、秀治は立て続けにピンを残してしまう。

 

 その反面俺は、自分で言うのもなんだが勝負ごと、本番になるとやたらに強い。

 サッカーをやっていた頃も、教師やコーチにここぞと言う時の集中力が抜群にいいとよく褒められた。

 秀治の彼女から外せ外せと言わんばかりの妙な視線を感じるが、そういうのはどっかの誰かさんのおかげで慣れている。

 気づけば点差は逆転し、俺のほうがリードを取る形になっていた。


「どうした秀治、調子悪い?」

「……」


 軽く煽ってやったらガン無視された。

 こいつマジだ、目がマジ。完全に自分の世界入ってる。


 結局俺がリードを保ったまま、最後の回を迎えた。

 一応この結果次第では、かろうじてまだ秀治の逆転もありうる。


「大丈夫だよ、秀ちゃん、まだ全然逆転できるよ」

「うん、そうだよね……わかってる」


 恒例の儀式の後、大きく深呼吸を繰り返す秀治。

 そして、これでもかというほどタメを作った後、気合の一投。

 だが力が入りすぎたのか、ここでもピンは全て倒れず残ってしまう。

 しかも両側残しの最悪なパターン。


「ここでスプリットだって……? なんてこった……」

「大丈夫、できるよ! 勝てる! それ倒せば秀ちゃんの勝ちだよ!」


 秀治の彼女が急に大きな声を出したかと思ったら、意味不明なことを口走っている。

 ……いやそれ倒してももう負けだろ。点数差的に。 


「そうか……これを倒せば……ついに朋樹に勝てる!」

 

 秀治まで完全にそれに乗っかっている。

 何か勘違いしているようなのではっきり言ってやろうかと思っていると、

 

「やってやれ秀治、見してやれ見してやれ!」

「頑張れ長嶋くん! スカシイケメン野郎に目にもの見せてやれ!」


 野郎どもがこぞって裏切りやがった。

 にしてもなんなんだ、この俺の悪者感は。


 そして声援を一身に受けた秀治が、満を持して球を放り込む。

 ボールは小さく弧を描きながら手前のピンに当たり、弾き飛ばされたピンがさらに斜め後方のもう一本を見事倒した。


「おぉっ、やりやがった!」


 工藤の声と同時に、周りから一斉に拍手が上がる。

 喝采を浴びながら、すかさず手を取り合って喜び合う秀治とその彼女。

 

「やった、やったぞ、朋樹に勝った!」

「おめでとう秀ちゃん、やったね!」


 いやいやいや……スコアは二十以上俺のほうが上なわけだが、いつの間にボウリングのルール変わったんだ?

 かといってここで水を差すようなことを言うと、俺が悪者になりそうな雰囲気だ。

 

「秀治、もう一投あるぞ」

「ん? ああ、いいや誰か適当に投げといて。じゃ、僕らは次予定つまってるんでこれで。楽しかったよ」


 やりたい放題やって、秀治たちは満足そうな顔で早々に去っていった。

 よっぽど追いかけてって後ろ頭ひっぱたいてやろうかと思ったが、それこそ極悪人扱いされそうなのでこらえる。

 秀治の彼女に呪いかけられても嫌だし。


「あんな変な人でしたっけ……?」

「うーん……彼女と一緒で浮かれてんのかもな」

 

 一部始終を冷静に眺めていた春花の意見ももっともだ。

 なんだか正直、秀治のことがまたよくわからなくなってきた。



 

 その後は結局もう一ゲーム付き合わされ、一度喫茶店で休憩を入れてから、適当にゲーセンのほうで時間を過ごす。

 なんだかんだであっという間に時間は過ぎ、時刻は夕方六時を回る頃。

 一度建物の外に出た所で、少し言い出しにくそうに切り出したのは春花だった。


「あの、あんまり遅いと親がうるさいんで……私はそろそろこの辺で」

 

 ここ数時間ずっとそわそわしっぱなしだった工藤は、それを聞いてまだ早いじゃん、とはならない。

 むしろ待ってましたばかりに、


「あっ、じゃあオレ途中まで送ってくよ、送ってく! じゃみんな、あとは好きにやってくれ! じゃあな!」

 

 スマートにやるとか言ってたくせに、最後はメチャクチャ不自然だった。

 残された俺たちは苦笑いで顔を見合わせる。誰もがなんとなく察してるというこの妙な状況。


「それじゃわたしも、こっそり尾行しますのでここで! 朋樹さん、今日はありがとうございました。楽しかったです!」

 

 美結はそう言ってぺこりと頭を下げた後、今度は何か純花にごしょごしょと耳打ちをする。

 そしてすっかりお約束になった吉田スルーをしてみせると、大きく手を振りながら春花たちを追ってバス停の方へ去っていった。


「美結のやつ、一人で大丈夫か……?」

「心配なら送ってってあげればぁ? 朋樹さん」

「お前、さっき何言われたの?」

「別に~。ともくんには関係なーい」

 

 美結が絡むと相変わらずあまり機嫌がよろしくない。

 おそらく「後はお二人でごゆっくりどうぞ」だとか大人な対応をされて、それがまた小憎たらしいとかそんなとこだろう。


「さて、どっかで飯でも食って帰るか……。なあ吉田」


 周りについていけず完全に取り残された吉田に声をかける。


「今度こそさりげなく無視してくれてよかったんだけど……俺、これすごい気まずくない?」

「何言ってんだよ、俺が吉田を無視するわけないだろ。よし一緒に行くか、三人で」

「それ延々イチャイチャ見せつけられるやつじゃん! 地獄じゃん! しょうがねえ、こうなったら俺も後つけてって、ちょっと待ったぁしてくる!」

 

 じゃあな! と吉田はダッシュでいなくなった。

 どこまで本気かわからないが、後で一生恨まれそうなことをしようとする根性は買おう。

 遠ざかっていく吉田の後姿を見送りながら、純花が軽く首を傾ける。


「……うーんでもどうなるかな? ハルちゃん、オッケーするのかな」

「いやぁ……無理めだろ」

「だよね……」


 純花は最初からなんとなくわかっていたのだろう。

 俺も正直、春花が誰か男と付き合っている姿を想像できない。


「まあそれはそうとして、明後日ともくんのクリスマスプレゼント楽しみだなぁ」

「あ……」

 

 やべえ忘れてた。

 と口にするまでもなく純花は察したようで、ぎろりと鋭い眼光を向けてくる。

 

「明日、一緒に買いに行くからね?」

「……はい」

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