第48話
その次の日の夜。
バイトが終わって家に帰リ、部屋で純花とメッセージのやりとりをする。
バイトの日はいつも「おつかれさま」と送られてくるのはいいのだが、うっかり返信を忘れていると、
『おつかれさま?』
『おつかれ!』
『おつかれさま!!』
『お・つ・か・れさま!!!』
というのを延々謎のスタンプを混ぜながらやられてしまい少々辟易する。
最初はさっきやっていたテレビがどうとか他愛もないものだったが、急に純花が「相談がある」と言い出して通話するよう要求してきた。
虫の知らせではないが、あまりよくない予感をさせながらも、俺はそれに応じて携帯を耳に当てる。
「あのね、ハルちゃんから相談されたんだけど……」
春花が、秀治に遊びに誘われたという。
秀治の知り合いつながりの集まりらしいが、もちろん俺や純花はいない場だ。
どうするべきかを春花が純花に相談したらしいが、さらに俺にお鉢が回ってきたらしい。
「春花はなんて言ってんの?」
「えっとなんか、もしかして私もリア充の階段登っちゃうんですかね!? とかなんとか」
「なんだよそれは……」
「どのみち断る理由がないっていうか……向こうも『いつなら大丈夫?』とか結構強引なんだって」
「ふ~ん」
今の俺の意見を言うならば、やめとけ、としか言いようがない。
でもそれは俺の主観であって、必ずしも誰にとっても悪いことばかりだとは言い切れない。
春花の言うように、場合によっては得られるものだってあるわけだ。
「それって?」
「同類ならうまくやれるかもってこと」
「なんか、トゲのある言い方だね? ……ともくんさ、秀治くんとケンカでもしたの?」
突然言われて少しはっとするが、やはり純花もなんとなく察していたようだ。
とはいえそのことで純花に余計な心配をかけるつもりはない。
「大丈夫なの? いろいろ……」
「ああ別に? ケンカっつーか……まあ悪いのは、はっきりしなかった俺だ。それにもともと相性のいいタイプじゃなかったってこと」
今の秀治が純花のことをどう思っているか。
純花はおそらく知らないだろうが、もちろん俺の口からも話す気はない。無用な心配をかけるだけだ。
「まあ秀治のことは、気にしなけりゃいい……っていうのも難しいかもしれないが」
「気にしてないよ。あたしも声かけられなくなったし、嫌われたかなって思ってるけど」
「……そうなのか?」
「うん、意外にわかりやすいよねあの人。でもあたしはともくんにさえ嫌われなければ、他の人はどーでもいいんだぁ~」
「どうもいいってさすがにそれは……」
「あたし、ともくんが他の女子としゃべってるの見るだけで、イラッイラしてるから気をつけてね」
「何をどう気をつけるんだよ……」
たまに遠くからやたら鋭い眼光を感じるのは気のせいじゃなかったか……。
話がどんどん横道にそれていったが、春花の件については、転校前から遠距離で付き合っている彼氏がいるだの、すでに好きな人がいるだの適当に言って断れば? ということで、その話は一応の決着がついた。
それからさらに数日たったある日のこと。
模試も目前だから、ということで、純花はまたも放課後居残り勉強。
こんな直前まで根を詰めた所で結果なんてたいして変わらないだろう、とも思うが、俺が余計な口を出すことではないと思い黙って下校することにした。
例の噂かなにかがまだまだ流行っているのか、以前にも増して俺に絡んでくる奴が減った気がする。
だがそれも元々あまり仲がいいわけではなく、俺が秀治にも一目置かれていたからというような理由で話しかけてきていた者ばかりだ。
去年のクラスでよくつるんでいた連中なんかには全く影響がない。
「私あれ買ったんすよ」
下校途中の校内で、隣を歩く春花がこの前新しいゲーム買ったんですよね、と謎のアピールをしてくる。
今日はバイトも入っていないしこれからヒマなので、久しぶりにゲーセン行って吉田でもからかって遊ぶか、と思っていたら、春花も行きたいというので連れて行くことにした。
あたしのいない所で二人でいるのは禁止ね、と純花に謎の一方的なルールを作られてしまって、こうして春花と話す機会が以前より減ったような気さえする。
なので実際は今の状態を見られたらアウトなわけだが……まあ少しぐらいなら大丈夫だろう。
「にしても、結局元に戻った感じがあるな」
というのは、春花が秀治に誘われたことについてだ。
実はあの後、春花は結局断りきれずに誘われるがままに集まりに参加したという。
しかし休日の朝からそれなりに準備して出ていったのはいいが、初対面なのにやたらグイグイ来る男連中にキョドりまくり、すぐさま腹が痛みだして三十分もしないうちに逃げるようにして帰った、というオチだった。
「いや本当にチャラいんですって、あのままいたら食われてましたよ絶対に」
工藤なんてまだまだかわいいものだ、というから驚きだ。
だがそれはもしかしたら、事前に秀治から「あの子なら強気に押せば行ける」とでも言い含められていたのでは、と邪推してしまう。
そうでなくても、その話を聞いた純花が激怒してしまって、今にも秀治に迫りそうな勢いになるのを、春花が必死に押しとどめていたぐらいだ。
「『あたしのハルちゃんを……許せない……!』とかって今にも超化しそうで怖いんですもん。いやまあ、怒ってくれるのは嬉しいんですけど……私、誰のとかじゃないんですよね……」
さすがの春花も秀治の影響力を嫌でも悟ったのだと思う。真っ向から争うのは危険だと。
結果的に秀治の誘いを無下にしたとなると、このクラスでのポジションは固定されたようなものだ。
「陰キャラ上等ですよもう、だってリア充怖い、あー怖いわ~」
その割には煽るような口調だが、本人はどうでもよさそうだ。
だが再び秀治がちょっかいを出してくるようなことがあれば、こちらも打つ手を考えないといけないかもしれない。
春花とともに昇降口までやってきて、履物を替えるべくスチール製の下駄箱を開くと、異変に気づいた。
入っているはずの革靴がない。その代わりに汚い字で「放課後、校舎の裏で待ってます」と書かれたラブレターが一通入っていた。
……ついに来たか。
「ゴメン、俺急用できて一緒に行けなくなったわ」
「え?」
「じゃあな。吉田にバカって言っといて」
靴を履き替えながら唖然とする春花を置いて、俺は上履きのまま外へ出た。
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