第40話


「あらっ、純花ちゃんじゃん。なんだよなんだよ今日はデートですか」


 わざとらしく俺を押しのけて純花に話しかける工藤。

 そしてさらにわざとらしく、上から下まで純花の体に視線を走らせる。

 

「今日もかわいいお洋服だこと。いいですねぇ~。朋樹に飽きたらいつでも言ってね」

「うふふ、大丈夫。全然飽きないよ~」

「は、ははは……そう……。吉田、ちょっと壁。お前壁やって」


 後ろにいた吉田を捕まえてぎゃあぎゃあやりだす。

 面倒になる前に今のうちにすり抜けて別れようとしたが、逃がすかとばかりに工藤が肩に手を回して囁いてくる。


「……ところで、彼女は何? 純花ちゃんの友達?」

 

 工藤は純花の隣で落ち着きなくきょろきょろしている春花に向かってあごをしゃくった。

 純花だけでも厄介なのにこうなると余計だ。

 

「まあ友達なんじゃねえの」

「なんだよそれ、もったいぶんなよ。めっちゃ可愛い子じゃねーかよ、ウチの学校? やっぱ彼氏とかいんの?」


 正直に言うか一瞬迷ったが、いずれわかることだ。

 純花がなにやらにやけながら目配せをしてくるが、要するにあいつはこういうのがやりたかったのだろうか。


「そうそうウチの学校……ていうか同じクラスだよー」

「同じクラス? いやいやあんな子いないでしょ、冗談きついな純花ちゃん……」

「いやだから、俺の隣の席の……この前転校してきた」

「となり~? え? ……え!?」


 工藤は変な声を上げると、俺を軽く突き飛ばして春花に近寄っていった。

 そしてうつむく春花の顔を、至近距離で無遠慮に覗き込む。


「ちょっと工藤くんダメダメ!」


 案の定純花に怒られているが、工藤は狐にでもつままれた顔でまだ納得がいっていないようだ。

「あなた、転校生デスカ?」などと妙な片言になりながらも、グイグイ春花に話しかけ始めた。

 工藤の春花に対する評価といえば、転校初日に「なんつーか、あぁ……って感じだな」と言っただけで、ほとんど興味関心すらないようだったので、名前すら覚えていないのだろう。

 工藤がそんな感じではじまってしまったものだから、それを見て調子こいた連中が我も我もと春花を取り囲みだす。


「僕、C組のよよ、吉田です。よろしく」

「なにが僕だよ、しかもよろしくてお前。ワックスつけすぎで自分頭ベッタベタやん。なれないワックスとかやめて」


 もちろんいきなりそんなノリに対応できるわけもなく、春花の顔面は引きつりまくっている。

 一方的に色々と質問攻めにあっているようだが、非常に答えづらそうにしていてうまく話が広がらない。

 どうしたものかと思案していると、壁にでかでかと張ってあるゲームのポスターを見てふとあることを思い出した。

 

「工藤、そういえばお前、あれもやってなかったっけ」


 俺が言ったのは、前に春花の家でやらされた格ゲーのことだ。

 工藤はたいていのゲームには手を出しているので、おそらく詳しいはず。


「え? なになに北野さんできんの!? やろうよやろうよ!」

「あっ、いやっ、ゲ、ゲーセンではやったことないんで……」

「や~マジか~。これでゲーム好きとか最高じゃん。学校では野暮ったい格好してて、実は凄腕の美少女ゲーマーみたいな、マジであれみてーじゃんほら、なんだっけあの漫画……」

「別に凄腕なんてもんじゃねえよ、普通に下手だし」

「お前はなんでそうやってすぐ夢壊すようなこと言うかな」


 そうだそうだ、とブーブー野次が飛んでくる。

 しまいには春花までもが挑戦的な目つきで俺を見上げてきた。


「は? 下手じゃないですけど? 前のアレは接待ですから」


 なんで乗っかってくるんだか知らんが、何か譲れないものがあるらしい。

 そんなことを口走ったせいで、春花はあれよこれよと工藤達によってビデオゲームのコーナーへ連行されていった。


「大丈夫か? あいつ……」

「大丈夫大丈夫。ともくん、なんかハルちゃんのことばっかり心配してるよね」

「別に……それが?」

「超嫉妬してるって言ってるの」


 俺は若干機嫌を損ねた純花に腕を引かれて、UFOキャッチャーだのメダルゲームのあるフロアを巡回した。

 キーホルダーや小さい人形なんかを取ってやって、純花のいくぶん機嫌が良くなったところでビデオゲームの筐体があるほうへ向かうと、一際甲高い声が聞こえてきた。


「違います、これ昇竜が出ないんです! コントローラーなら勝てるんですけど! ていうか勝ってますけど!」


 何かムキになってレバーをガチャガチャやっている猿がいると思ったら春花だった。

 おそらくガンガンに接待されてあの言い訳は非常に見苦しい。あいつの負けず嫌いっぷりもなかなかのものがある。

 

「春花ちゃんほら、レバーの握り方がこうでさ……っていてっ、なにすんだよ!」

「おい工藤、今手触ろうとしたろ!」

「お前みたいに股間のレバー握らそうとしてるよりましだろ、その昇竜効かないレバーを」

「効くよ! 一回転コマンドも余裕でな!」


 などとその横で工藤と吉田がしょうもないやり取りを始める始末。

 正直知り合いだと思われたくない。


「……はぁ。本当にバカしかいないな」

「すごいねハルちゃん。変な取り巻きができちゃって。ああいうゲームできるとモテるの?」

「いや知らんけど……一部の人間にだけだろ?」

「ふぅん……ああいうのがオタサーの姫、みたいのになるのかな」

「……なにそれ? 俺が余計なこと言わなけりゃよかったかな」

「でもいいんじゃない、なんか楽しそうだし」


 だが非常に目立つせいで、一体何事かと全く関係のない人まで集まって春花のプレイを背後で眺め出した。

 ひたすらゲーム画面にのめり込んでいる春花は気づいていないようだが……あのヘボな腕前を大勢に晒すのは見ているこっちが恥ずかしい。

 俺は他人のふりをしつつ、しばらく遠巻きに様子を見守った。



 


「はぁ、何かどっと疲れました……」


 それから小一時間ほどして、やっと解放された春花と合流する。

 厳密にはそのままどこか連れて行かれそうになっていたのを強引に回収した。

 春花が疲労困憊の様子でもう帰って休みたいと言うと、純花が「じゃあハルちゃんの家に行こう!」という提案を無理やり通して春花の家に向かうことになった。


 一駅分電車に乗って降りる。

 だがそこで俺が迂闊にも一歩先を行ったとたん、「なんでそっちって知ってるの? 家どこか知ってるの?」と純花が始まってしまい非常に面倒なことになった。

 たまたまだろ、と押し切ったがまだまだ純花の疑いの目はなかなか晴れない。

 いつぞやの高級マンションの一室までやって来て、春花がインターホンを押すなり入り口で母親が出迎えた。


「あら? お友達?」

 

 春花母は一応顔見知りの俺に微笑を浮かべてみせると、


「あら、この前の……」

「どうも初めましてクラスメイトの早坂と言います」


 ボロが出る前に勢いで遮った。

 面食らう相手の顔にさらに間髪入れず純花が、


「クラスメイトの佐々木です。早坂くんの彼女です」

「どういう自己紹介だよバカか」


 純花の頭を軽く小突くと、春花母はクスクスと笑いながら春花に声をかけた。


「あらぁ~、彼女さんなのね。残念だったわねー春花ちゃん。せっかく可愛くなったのに」

「えっ? それどういう意味ですか? ハルちゃんどういうこと?」

「ち、違います、このヒトが勝手に言ってるだけです! ほら散って散って、しっしっ」

「まあひどい。せっかくなんで、お二人とも上がっていってください」


 純花ともども春花の部屋に通された。

 部屋に入るなり純花があれ何? これかわいい、だの始まるのを尻目に、俺は座布団に腰掛けて携帯をいじる。

 案の定工藤から春花のことがどうたらとメッセージが来ていたが、流し見るだけに留める。

 そうしているうちに、春花の母親がお茶とお高そうなお菓子を持ってきて、またも豪勢なもてなしを受けた。

 お菓子を口に運んで目をキラキラさせる純花とは対照的に、春花はどこか不満げにフォークを手元で遊ばせる。


「まったく、いちいちおせっかいなんですよね」

「なんで~? いいじゃん優しいお母さんで」

「昨日だってタイヘンだったんですよ、私の姿を見るなり騒ぎ出して。まさにあの、嗚咽を漏らすっていうヤツで……」


 あまりの娘の変貌ぶりにグレたかと思われたらしい。

 俺と純花は思わず揃って吹き出してしまうが、笑い事じゃないですよと春花が声を荒げる。

 

「つってもあのメガネマスクの時点で相当グレてるだろ」

「ふふ……。でも、いいなあ……」

「ん? なんて?」

「ううん、なんでも」


 純花が言葉を濁して、ティーカップに口付ける。

 俺の問いかけを拒否するような態度が珍しかったので少し気にかかったが、折り悪く部屋の扉が開いて、中年の男性が顔を覗かせた。

 男性は一歩入るなり慇懃に頭を下げて、


「すいませんね、どうも。これからも仲良くしてやってください」


 と人懐っこそうな笑顔を向けてきた。わざわざ挨拶しに来たらしい。

 春花の父親はこっちが恐縮してしまうほどに腰が低かったが、扉が閉まった後、当の春花は迷惑そうに鼻を鳴らした。


「まったく二人していちいち……」


 こんな親からなんでこんなひねくれた奴が育つんだか。

 ……いや、ひねくれていると思っているのは俺の勝手な思い違いなのかもしれない。

 なんだかんだで俺なんかよりずっと、自分の芯が通っているように思えた。



 もともと長居する気もなかったので、出されたものを一通り平らげると、俺達は春花に別れを告げ両親にお礼を言って家を後にした。

 エレベーターを降りてエントランスから出た時には、辺りはもう薄暗かった。

 二人きりなった途端に会話は途絶えていたが、外を歩き出すと同時に純花が口火を切った。


「今日はもう、帰ろっか」

 

 その声は心なしか沈んでいた。

 駅へ向かって歩く道の途中も、元気がないようだった。

 来るときとはうって変わって静かで、会話がない。結局お互い無言のまま、駅までやってきてしまった。

 

 改札を抜けて、人もまばらな構内。俺と純花の乗る電車は逆方向だ。

 これ以上一緒には行けない、という所まで来て、純花がぽつりと口を開いた。

 

「やっぱり、あたしとは違うな」


 やっと声を発したかと思えば、いきなり脈絡のないことを言う。

 その意図を測りかねたので、俺はこれまで通りの調子で軽口を返す。


「そりゃ違うだろうな。見た目から何まで」

「最初は似てるなって思ったんだけど、あたしよりずっとちゃんとしてる。余計なお世話だったかなって」

「なんだよそれは、どういう意味だよ」


 問い返すと、純花はふっと軽く微笑むだけで言葉はなかった。

 それきりまた黙ってしまったのが少し気になって、声をかける。


「……なんだよ?」

「ううん別に。あたしも……ちょっと疲れちゃったかも」


 純花はそう言ってまた笑ってみせる。

 だがその瞳に力はなく、かすかに揺れているようだった。

 俺の視線と目が合うやいなや、まるでそれを悟られまいとするかのように、純花は顔を伏せてしまった。

 かける言葉が見当たらず、俺は面を上げたまま、じっと文字が流れる電子時刻表を見ていた。

 

「……どうだった? この前までのあたしと、どっちがいい?」

 

 駅の喧騒に流されそうな、小さい声でそう聞こえた。

 とっさに返事ができないでいると、


「じゃあね」


 とん、と小さく俺の肩を叩いて、純花は振り返ることなくプラットホームへの階段を降りていった。

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