第39話
「わ~汚~い。女の子を入れていい部屋じゃないよこれ」
一目散に俺の部屋に向かった純花は、入り口で一度立ち往生した後、わざとらしく大股にそろりそろりと中に足を踏み入れる。
こいつは来るたびに毎度毎度汚いと言うが、俺にしてみたら多少ゴミが散らかっている程度だ。
「お前らが勝手に来たんだろ。なら入るな、帰れ」
「そういうわけにはいかないんだなぁ~。他の女の痕跡がないかチェックしないと」
本気なのか冗談なのかわからない口ぶりで言いながら、純花はゴミをまとめだして、勝手に掃除を始めた。
その様子を尻目に、ふと背中に気配を感じて振り向くと、春花がおそるおそる、といった感じで部屋の中を覗き込んでいた。
そんな風にされるとさすがに俺も少し傷つく。
「……俺の部屋は猛獣の住処かなにかか?」
「えっ、あ、いや……」
春花はぎくっと身をすくませると、視線をオロオロさせながら縮こまる。
やはり見た目が変わったからと言って、中身もすぐに、というわけにはいかないらしい。
「きっとハルちゃん慣れてないんでしょ。完全なるオスの部屋に」
「変な言い方すんな」
「どこにエッチな本が置いてあるかわからないもんね」
純花が意味深に頬を緩ませながら、ちらっとこちらを見る。
前に一度純花に見つかったことがあるが、その時は見て見ぬふりをされた。
そんなことを思い返すと、やはりあの時の純花と今のコイツは別人なのではないかと思ってしまう。
「やっぱりあるんですか」
「そりゃ、ともくんも男の子だからね~」
「うわぁ~、どういう顔して買ってるんでしょうね」
どんな顔してようが勝手だろ。
向こうから来といて散々な言われようだ。
「そうそう、そんなことよりどう? これ」
純花は何か思い出したようにポンと手をたたくと、おもむろに春花の膝元に手を伸ばして、いきなりぴらっとワンピースの裾をめくり上げた。
太ももとわずかに下着が見えかけたところで、春花がすごい勢いで純花の手を払いのけてその場にしゃがみこむ。
「ぎゃああああっ!! なっ、なにすんですかいきなし!」
「ほら可愛いでしょ? ともくんと違ってリアクションも面白いし」
けらけらと、全く悪びれる様子もなく笑う純花。
かたや春花は顔を真赤にしながら、ちらりと俺の様子を伺うように上目遣いをしてくる。
改めて本当に化けるもんだな、と思いながらなんとなくじっと目を合わせていると、横から純花がさっと視界を塞ぐように顔を近づけてきた。
すぐ手を突っ張って突き放すと純花は舌を出してえへっと笑うが、春花がぼーっとした顔でこちらを見ていて非常に気まずい。
案の定、春花がはっと我に返ったように声を張り上げた。
「あっ、あの私! 帰ります!」
ぱっと立ち上がって回れ右をする春花。
だが逃がすかと言わんばかりに、すかさず純花がその襟首を掴んだ。
「ちょっとどこ行くのハルちゃん、ダメだよ来たばっかりで」
「いやその、じ、邪魔しちゃ悪いって……てか、そもそも私、なんで連れてこられたんですか、何なんすかこの状況!」
「それはぁ、あたしとともくんのラブラブっぷりを見せつけようと思って」
「片方すごい冷めてますけど」
「ともくんはツンデレだから。ああ、でもそうだよね。ごめんね、ハルちゃん仲間はずれにしちゃって」
純花がぽんぽん、と春花の頭を撫でる。まではよかったが……。
さらに純花は流れるような動きで、自分の唇を春花のほっぺに近づけた。
すると一瞬変な間があって、びゃあああ!! と春花の悲鳴がこだまする。
「なな、なっ、なにすんですかぁ!!」
「えー? ハルちゃんがかわいそうだと思って」
「んなわけわけないでしょーが! アタマ大丈夫ですか! 大丈夫ですか!?」
ゆでダコのように顔を真っ赤にしてヒートアップする春花だが、純花はそれを見て笑うだけだ。
バタバタぎゃあぎゃあと窓ガラスが割れんばかりの騒ぎっぷり。
さすがに寝起きにこのテンションでやられてはかなわない。
「おいお前らうるさすぎ! やめろ、近所迷惑だからマジで」
「きゃはは、はぁーあ、ハルちゃんおっかし~。ともくんおこだから、どっか行こっか。ここにいても汚いだけでなんもないし」
「いえ私は帰ります。絶対に」
「えーっ、帰る~? それはダメ、今日の主役はハルちゃんなんだから! ほらともくんも行くよ? 早く着替えて!」
「はあ? なんで俺が……」
俺が座ったまま腰を上げずにいると、まるで助けを求めるような春花の視線と目があった。
一人だけ逃げるのは許さんと言わんばかりの剣幕。
こんなのに目をつけられたのが運のツキと思って諦めろ、と言いたい所だが、そうなったのももとを辿れば俺のせいでもあるのか。
だるいけど一応見届けてやるか……と考えているうちに、純花は勝手に衣装ケースを開けて服を吟味し始めていた。
「ともくん、このジャケットは?」
「いいから、着替えるから出てけ」
渋る純花を部屋から追い出すと、俺は早々に出かける準備に取り掛かった。
それから約一時間後、俺達はいつもの学校最寄り駅にやってきていた。
都内まで出ていく気がなければここが断然栄えているし、定期も使えるしで他に選択肢がない。
電車を降りてプラットホームを上がっていく俺の後を、遅れがちになる春花を気にしながら純花がついてくる。
天気がいいこともあってか、駅はいつに増して人が多かった。
構内を二人女連れで歩くと、どうにもいつもと勝手が違う感覚がする。
妙に周りの視線を感じる気がするというか……まあ気のせいだと思うが。
ちょうど昼時ということもあって、どこかで昼食を取ろうという話になった。
純花と春花があれもいいね、でもあれも……と延々やっていて全く決まる気配がなく、最終的に俺に決断を委ねてきた。
今まで話していたのは一体なんだったんだと呆れていると、
「ほらほら、こういう時どうやって女子をエスコートできるかで男が問われるよ」
「知らねえよ、どうでもいいわ。お前らなんざそのへんのファーストフードで十分だろ」
「あ、あたしあれ食べたい! CMでやってるやつ」
結局、駅に入っているファーストフードのチェーン店に入る。
春花がよく理解していなかったのか声が小さすぎたのか注文で何やらトチっていたが、なんとかこなして席に着く。
だが実際席に座って飯を食っている間も、春花は終始落ち着かないようだった。
「なんかやっぱりいつもより視線感じるかも。そりゃ美少女が二人揃ってたら、みんな見るよね」
「えっ、えぇとそれは私はちょっと……」
などと純花に同意を促されていて余計だ。
飯を終えて再び往来に出た後も、春花は視線を落とし気味に縮こまっていた。
そんな春花の心中を知ってか知らいでか、純花はあくまで自分の調子を崩さない。
「さてどうしよっか。ほらともくん、こういう時に女子を楽しませられるかで……」
「俺がお前らを楽しませなきゃならん義理はない」
「あっ、そうだ記念にプリクラ撮ろうプリクラ!」
半ば強引に腕をひかれる形で駅を出て、隣接するゲーセンまでやってくる。
結局ここか……と思いながら、入り口をくぐってすぐのところで、ばったりよく見た顔に出くわした。
「あっ、朋樹……」
スマホ片手にぽかんと口を開いたのは、またしても工藤だった。
よくよく見れば、すぐ近くにはいつものメンツが雁首を揃えている。
「なんだよ朋樹、来るんだったら言えよ」
「いや、今日は来る予定はなかったんだけどさ……。てかお前らゲーセン以外行くところねーのかよ」
「はい来たよ~。ともくんのブーメラン発言きた~」
工藤はそうやって茶化し始めたが、すぐに俺の背後にいる存在に気づくなり、さっと顔色を変えた。
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