第36話
純花とのやり取りを終えて、今度は別の人物宛のメッセージを作成する。
「ゆっきー」と表示されたアカウントの相手は橋本由紀。向こうからコンタクトが来ることはあれど、俺から送ることは基本ない。
簡素なあいさつを一言送ると、数分とたたずに返信が来た。
『マジビビった。こっちも今送ろうとしてたとこなんだけど笑』
だとかなんとか、しばらく意味のないやり取りを続ける。
案の定、朋樹から連絡なんて珍しい、と橋本はしきりにそれを指摘してきた。
『それで、なんか用だった?』
『いや、そっちが先でいいけど』
『あ~、あたしのほうは、別に用ってわけじゃないから』
ここ数日はもっぱら純花に対しての文句なり愚痴を聞かされていたが、俺の反応がいまいちだと悟ったか。
それとももう十分だということなのかはわからない。
『今日ちょっと、英語の時にやらかしたからさ』
俺がそう送ると、それまで間髪入れず送られてきた向こうの返信が、ここで初めて遅れた。
努めて冷静に、画面を注視して待ち構える。
『てか、秀治も朋樹が何か変だって言ってたけど、本当に最近どしちゃったの?』
少し話が飛躍しているようだ。
その意図する所がわからないわけではなかったが、わざととぼけてみせる。
『いや別に、教科書忘れるぐらい普通にあるし』
『いやいや、あたしわかってるからさ、正直に言ってよ』
『なにが?』
すぐ取って返すと、またも間があって、
『だから、朋樹があそこまでする必要ないと思うんだけど。だってキモくない? あれじゃいじめられても文句言えないよね』
『なに? どういうこと? 俺、マジで忘れたんだけど?』
橋本が何を言おうが今は軽く流すつもりだったが、どうしても苛立ちが文面に出てしまう。
気づけば俺は、さっきよりずっと強めに携帯を握りしめていた。
『……そ、まあいいや。朋樹のそういう所、あたしはイイと思うし……』
こちらが沈黙していると、それきり徐々に流れがゆるくなり、間隔をおいて細切れにメッセージが送られてくる。
『たぶん、バレバレだと思うんだけど……』
『去年から、クラス一緒だったじゃん? その時さ……』
自分がクズであることは自覚している。それでも意識せず異性から好意を持たれる。
だが俺は嫌いな人間からの好意を、感情を尊重してやれるほど出来上がった人間ではない。
そもそもが、向こうが勝手に思い込んで勝手に言っていることだ。
『ていうか、朋樹のこと、初めて見た時からね……』
結局、隣に並べば見栄えがいいんだろう。
中身が伴っている必要性なんてない。いや中身が俺である必要性すらない。
これ以上送られてくるメッセージを見るに耐えなくなった俺は、遮るように短く言葉を打ち込んだ。
『それが?』
『実を言うと、秀治から聞いちゃったんだよね。純花と別れるって話……』
橋本からの連絡が不自然に増え出したここ数日。言われるまでもなく、そんな予感は大いにあった。
しかしいくらあの橋本といえど、こうも陳腐な行動に出るものなのだろうかと、疑問に思っていた。それも買いかぶりだったらしい。
俺がじっと沈黙を守っていると、その空気を読んだのか、
『あ、ごめん。こうやってする話じゃないよね。明日、学校で直接話すね?』
そう返ってきて、立て続けに「おやすみ」のイラスト付きの文字が送られてきた。
その翌日の学校。
登校して教室にやってくると、橋本は遠くで俺に何度かアイコンタクトを送ってきたが、直接声はかけてこずに、代わりに携帯のほうにメッセージが届いた。
朝に一度「昼休みでいい?」と来てその後、「やっぱり放課後で」と指定が入る。
どこか楽しげなその調子とは裏腹に、俺はどうにも言い表しようのない気分だった。
さらに隣で暗黒オーラを放つ春花のせいで余計だ。
それを気にしてか、純花がちょくちょく春花の席にやってきて話しかけていたが、俺と目が合うと「いーっ」とだけやって無視。
どうやら純花は昨日のやり取りで「押してダメなら引いてみる」が意味のない事と悟ったようで、またしても態度を変えてきた。
廊下などですれ違いざま、じとっとした目つきで露骨に睨みつけてきたり、軽く肩をひっぱたいてきたりしたがこれも全無視した。
本当にあきらめが悪い。
いつものように適当に授業を聞き流して一日が終了。
放課後になると工藤が「今日どうするよ?」と声をかけてきたが、バイトなのでパスと追い払う。
頃合いを見計らって教室を抜け出し、やってきたのは渡り廊下を過ぎた別棟の空き教室。
前に秀治と一緒に昼食を取った場所だったことを思い出しながら、引き戸を開けて中に入ると、机に腰掛けた橋本が手持ち無沙汰に携帯をいじりながら待っていた。
「よっす、来たか」
「で、なんだって?」
軽く手を上げて微笑んで見せる橋本に対し、俺はにこりともせず話を急かす。
橋本は一瞬真顔に戻ったが、すぐに笑顔に戻って携帯の画面を落としポケットにねじ込む。
「いやほら、昨日の話の続き」
「続きも何も、話が見えなくてよくわからんかったんだわ」
「ヤダなも~、そうやってしらばっくれて。……来たってことは、もうわかってるでしょ?」
橋本は机から腰を上げて、はにかみながらこちらに近づいてくる。
まっすぐ正面から見合うと、向こうが先に少しだけ目線をそらした。いつにも増して化粧が濃いことに気づく。
「あのさ、別れた後……すぐ付き合い出すってのも、ちょっとアレじゃん? だからさ……」
「誰と誰が付き合うって?」
「ふふ、だからそれは~……」
「俺は陰湿なことをするやつとは、正直口もききたくないと思ってる」
突き刺すようなその一言で、橋本の緩んだ表情が一気に凍りついた。
ややあって、先ほどとはうって変わって平坦な相槌が返ってくる。
「……それ何? どういう意味?」
「ん? 今のでわからなかった? 俺の言いたいこと」
そう言い放つと、橋本はきっと唇を噛みしめるようにして黙り込んだ。
かすかに震え出した口元が、頬が急に赤みを帯び、醜く歪み始めた。
そして怒気を含んだ目で俺を睨みつけて、鋭く息を吐き出す。
「つか、マジなにそれ? 何なの? それ言うためにわざわざ来たってこと? わざとしらばっくれるような真似して? うっわ、最悪なんだけど」
「知るかよ。そっちが勝手に勘違いしたんだろ?」
「はぁあ? 何言ってんの? 何なんふっざけんなよマジ! あのさ、あんまりふざけたこと言ってると、中嶋に言うよ?」
「なんだよそれは? 秀治も絡んでんのか?」
「絡んでるって何が? だとしたらどうなんでしょうかね~? ていうかなに? ビビってんの? もし秀治が噛んでたらヤバイヤバイ~って」
橋本はキンキンした早口に、わざとらしく身振りを交えて高笑いする。
元から短気なのに加えて、この落ち着かない挙動を見ると、相当頭にきているようだ。
黙っている俺に、更に追い打ちをかけるようにまくしたてる。
「なんかさぁ、あんたって中嶋と一緒になって偉そうにしてるけど……あいつと違ってアタマ悪いよね? 実際、運動ぐらいしか取り柄なくない? それもなんか中途半端だしさ~……。友達って言ってもバカみたいなのとゲーセンでつるんでるだけだし……せいぜい今のうちはちやほやされていいけど、将来ヤバイことになってそう」
「そりゃご忠告どうも」
「イケメンとかなんとか言われてチョーシこいてんじゃないの? マジ見かけ倒しだわ」
「まあなんでもいいけどさ、北野の英語の教科書知らない? もし持ってたら返して欲しいんだけど」
「はぁ? 何が教科書だよキモいんだよ! なんであんなのにつきまとってんの? 頭大丈夫?」
橋本は悪びれる素振りも見せずに、吐き捨てるように言う。
ここまで豹変されると、もはや驚きを通り越して笑けてくる。昨日送ってきたメッセージを今ここで見せてやろうか。
でも本当、コイツの言うことももっともだ。俺はなんでこんなめんどくさいことに首を突っ込んでいるのか。
その一言がさらに怒りに火を注いだらしく、橋本は今にも俺の胸ぐらをつかみかねない剣幕。
だがその時背後で突然、勢いよくガラガラと引き戸が開く音がした。
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