第35話


 すると数十秒と立たずに、いきなり着信のポップアップが表示されたので拒否。

 すぐにメッセージを飛ばす。


『いきなりかけてくんなよ』


 と送ったにも関わらずまた着信したので再び拒否。

 今度はあきらめたのか、ようやく文字で返ってきた。


『なんで出ないの?』

『話そうと思ったわけじゃない』

『じゃどしてブロック解除したの?』

『ちょっと聞きたいことがある』


 そう返すと、なぜか変な気持ち悪いキャラクターがクスクス笑っているスタンプが送られてくる。

 非常に不愉快極まりない。


『押してダメなら引いてみよう! そしたら見事にかかりました~、純花ちゃん大勝利!』

『なに言ってんのお前』

『そっかそっか~。やっぱともくん寂しくなっちゃったんだ~』

『違うわバカ』

『ツンデレかわいい』


 腹立つわコイツ。

 ……いや待てよ。もしかして、あえて避けるような素振りを見せて、急におとなしくなっていたのはそういうことだったのか?

 それでこの状況、向こうにしてみたらしてやったり、なのかもしれないが……こっちはそんな事知ったことじゃない。

 そうこうしているうちにも、向こうのメッセージが次々と増えていく。

 このまま相手のペースに乗せられるとどうにもならないので、全無視してすぐさま本題に入った。


『正直に言え。お前、今日春花に何かしたか?』

『なんで春花って呼んでるの?』


 そこを突っ込んでくるか……。

 俺もすっかり油断していた。

 

『なんて呼ぼうが勝手だろ』

『あーあ、早くも浮気の動かぬ証拠が出たね』

『何が浮気だよ。お前、俺とあいつがどうとかって、本気で思ってるのか?』


 純花がこそこそと春花にちょっかいを出しているのは知っている。

 もうとっくに春花から洗いざらい聞き出して、本当になにもないと気づいているはず。


『それはねー……ま、いいか。何したの? 今日』

『何したって、なんのことかわかってるのか?』

『ともくんが教科書忘れるわけないじゃん。だっていっつも全部置き勉してるし。ひとっつも持って帰ってないでしょ?』


 あの一件、どうやらすっかりお見通しだったらしい。

 それにこの口ぶりからすると、もう一つの可能性も消えた。

 それならそれで話が早い。


『お前連絡先知ってるだろ? 教科書家にあったか、今、春花に聞いてみてくれないか?』

『なにそれ、嫌』


 はぁ、と自然とため息が漏れる。やはりコイツと接触をしたのが根本的な間違いだった。

 ならこれ以上話をすることはないと、再びブロックに突っ込もうとすると、


『電話、出てくれたらいいよ』


 そのメッセージの後に、再び着信する。

 一瞬迷った後、俺は通話マークをタッチした。

 

「……もしもし」

「わぁ、やった、すごい! ともくんだぁ!」


 受話口からいきなり弾んだ大きい声がして、耳から携帯を遠ざける。

 この温度差は正直きつい。俺は携帯を少し離し気味に、


「これでいいだろ?」

「じゃあ次は……」

「いや次とかねえから」

「純花、好きだよ、で!」

「切るぞ」

「あぁん、待って! じゃあ純花、だけでいいから!」


 そう言うと、純花はひたすら聞くことに集中しているのか、それきり受話口の向こうからは何も聞こえてこない。

 切ろうかと思ったがそれだと結局振り出しだ。あいつの言いなりになるのは気が進まないが、ここはこらえて……。

 

「……純花」

「なぁに? ともくん」


 まるで子供を相手にするような、気持ち悪い抑揚のついた声が返ってきた。

 自分で呼ばせておいてなにが「なぁに?」だ。頭が痛くなってくる。


「……楽しいか?」

「超楽しい」

「……早く春花に連絡を取ってくれると助かるんだが」

「え~それだと電話切らないとダメじゃん、切りたくない……」


 向こうから切りたくないらしいので、俺のほうからためらいなくブツっと通話を切った。

 何か怒った顔文字が送られてきたがスルー。

 そのまま携帯を放置してテレビを見ていると、しばらくして着信音が鳴った。

 

「ハルちゃん、やっぱりないって」


 ハルちゃんというのは春花のことらしい。 

 そんな呼び方をするほど、本当に仲がいいのかは知らんが。


「マジか。他に何か言ってなかった?」

「朝はあったはずとかなんとかって言ってるけど、鬱だ死のうしか言わない。どこいっちゃったんだろうね」


 春花は昼になるまで、ほとんど席を離れていなかったと思う。

 昼休みは……俺自身が教室を離れていたからどうかはわからないが。


「なんか、ともくんが自分のを貸してあげたんだってね、カッコイイ~。やっぱりともくんって優しいね」

「どこが。別にそういうんじゃねえよ」

「でもともくんが教科書がどうとかって、ずっと気にしてるのがちょっと不思議」

「別に教科書の一冊や二冊どうでもいいんだよ。ただなくしただけなら買えばいいんだから。……わかるだろ?」

「それは……でもまだそうと決まったわけじゃないし、なんでともくんがそんなに心配して……」


 そう言われて、俺自身はっとした。

 確かに、俺は何をそんなに必死こいてこんなことしてるんだか。

 半分自業自得のあいつを、そこまで気にかけてやることもないだろうに。

 どうして、俺は……。


 

 ――どんな理由があろうと、いじめなんてクズのやることだ。朋樹、お前は……!

 

 小学生の時だった。

 地味で、おとなしい女子。すごく度の強い眼鏡をかけていた。

 周りの圧力に押されて同調する形で、俺もそれに加わった。

 軽くからかう程度で、そんなつもりは毛頭なかった。

 だけども、それが問題になって……。

 


 俺はその時、生まれて初めて人に殴られた。

 あの人があんな風に怒鳴ったのは、それから後にも先にもなかった。

 呼吸を荒げて睨みつけた後の、ひどく悲しい顔が、固く握りしめたまま震える拳が。

 殴られた痛みよりもずっとずっと強く深く、今でも脳裏に焼き付いていて……。

 

「……ねえ、ともくん? 聞いてる? どしたの?」

「いや、なんでも。……わかった、大丈夫ありがとう、もうお前に用はないから」


 俺は「えっ、ちょっと!」と慌てふためく声をぶつ切りにして、そのまま純花を再度ブロックした。

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