第26話
「はぁ……絶対レ○プされると思いました」
そう言ってがっくりと肩を落とした北野が、食いかけだった弁当箱を机の上に置いた。
ここは特別教室のある別棟、教室を通り過ぎた廊下の、奥まったところにある謎のスペース。
予備の机と椅子がいくつも無造作に積んであり、めったに人が来ない。
若干ほこりっぽいが、北野が使っているのはその中でキレイにされている机一式だ。
「そんな言うほどじゃねーよ、あの人らは。部活終わって暇なんだろ」
「そ、そんな言うほどって……タ、タバコ吸ってたらどう考えてもDQNでしょうが!」
「タバコぐらいその気になりゃ誰だって吸えるだろ。とりあえずあそこはそういう場所みたいだから、今後近づかないほうがいいぜ。俺も前にどっかで話だけは聞いてたんだけど、あそこだったか」
「そんなの言われるまでもないです! ああ……それにしても……早くもこの学校の闇を見てしまった……社会の暗部を……」
「いやだから、あれぐらいでおおげさだろ」
そうなだめようとするが、北野は色々と考え込んでいるのか、すっかり黙ってしまった。俺もそれきり何も言わずに、隣の椅子に腰をかける。
すると北野がすぐさまガタっと自分の椅子の位置をずらして距離を離したので少しイラッとしたが、そういうリアクションにももう慣れた。
北野は無言でカチャカチャと箸を動かし、弁当をつつきだしたので、仕方なく俺も購買で買ったパンの封を切って口に運ぶ。
それきり変な間というか、沈黙が続く。
怒ってるんだかなんだか知らないが、完全なる逆ギレだろ。
こんな目にあったのも、もとを辿れば俺のせいとでも言わんばかりの態度、のように見える。
黙っているのもバカらしくなってきたので、その辺を問いただそうとすると、北野がもそもそ言う声が聞こえてきた。
「……一応、お礼は言っておきます。ありがとうございました……」
「……あ? ああ、別に……」
別に俺に対して怒っていたというわけではないらしい。
だがそんなテンションガン下がりでお礼を言われてもな……。
どうやら単純に、結構なショックだったらしい。ああいうのは免疫がない奴にとってはやっぱきついもんか。
「……まあちょくちょくアホだの頭がおかしいだのディスられてましたけど、あの状況じゃ仕方ないですよね……」
「いや、あれはマジでそう思ってたから」
「なっ!」
北野がキっと睨んできたが、すぐに力なく首をうなだれた。
「はぁ、鬱だ死のう……」
「その程度でいちいち死ぬとか言ってたらやってけねえよ」
「もういいっす、私のことは、放っておいて……っていうかなんなんですか、そうやって私につきまとって。実は友達いないんですか」
「お前と一緒にすんな。まあ、そんな多くはねーけど……別に友達とか、そんなにいらなくね? どの程度の奴を友達って言ってんのか知らんけど……お前みたいにガチのぼっちにならない程度にいれば十分だろ」
秀治みたいにはどうやったってなれそうもない。なりたいとも思わないが。
だが北野のふざけた質問に、真面目に答えてしまっている自分を少しヘンに思った。
今のは割と俺の本心だが、そんなことは純花にも、というか誰にも言ったことはない気がする。
北野は「なにを偉そうに、中二病乙」とでも言いたげな顔でふん、と鼻を鳴らすなり、取り出した携帯に集中し始めた。
なので俺も無視して、自分の携帯に視線を落とす。
こういう時純花なら、俺に気を遣ってか携帯をいじるようなことはしないのだが、北野からはそんな気遣いは一切感じられない。
それどころか率先して携帯を触っていく。まあこっちのほうが俺も気が楽だが。
またもお互い無言の時間が続く。やけに静かだ。
純花と付き合いたての頃は、よくここで二人で飯を食ったりしていたのを思い出した。
秀治に教えてもらった場所だが、ぼっち飯をするにしても、北野が見つけたところよりはずっと安全なところだと思う。
遠くでかすかに男子生徒のはしゃいだ声が響くと、北野はスマホから視線を外すことなくぽつりと口を開いた。
「……なんでDQNって昼休みに中庭でキャッチボールやりだすんですかね」
「知るかよ、直接聞いて来いよ」
「今直接聞いてるんですけど?」
「俺はキャッチボールなんぞやってないんだが? お前どうあっても俺をDQNにしたいらしいな」
「じゃあ、オタクなんですか?」
「なんでいきなりそうなる。お前の頭の中には、DQNかオタクの二択しかないのか?」
「意外にDQNのオタクっているらしいんですよね」
「だからなんだよ」
顔を見ることもなく淡々と会話をするが、北野がふと思い出したようにこちらに目を向けた。
「あの、そのお前お前ってやめてくれませんか。なんか鼻につくというか、気になるというか……」
「ああ、そういえば名前、なんていうんだっけ」
「……北野ですが?」
「バカ、さすがにそれは知ってるわ。下の名前だよ」
「し、下の?」
北野はそこでなぜか口ごもった。
口にするのも憚られるようなすごいDQNネーム、というわけではなかったとは思うが。
「……は、春花ですけど」
「春花? ぜんっぜん春花って感じじゃねえな」
「それはうちの両親にたいする宣戦布告ですかね」
「違う違う、今のは両親の期待に応えられてないお前への暴言だ」
「なにそれひどっ!!」
高い声を上げて、北野は嫌そうな顔をする。
流れで軽くからかうつもりで出てしまった発言だったが、すぐ訂正しなければならないと思った。
親の期待に応えなければならない、なんてバカげた理屈は、どこにもないだろう。
そんな必要のないことは自分でよくわかってるし、第一それで俺が北野を非難できた立場じゃない。
「ごめん、今のは冗談でも言い過ぎたわ。それで春花が悪いわけじゃないもんな」
素直に謝罪をすると、北野はぶふっと食い物を吹き出しかけた口元を手で押さえた。
「あれ、なんか気に入らなかった?」
「でっ、出た~、DQN特有のたいして親しくもないのにいきなり下の名前呼び~!」
「だから特有のってなんだよ、お前それ言いたいだけだろ。大体そっちも俺のことDQNとかなんとかって、名前で呼んでなくね?」
「はっ? い、いや、それは……」
「時々いるよな、いつになっても人の名前呼べない奴」
「だっ、誰のことですかそれ? そもそもべ、別に呼ぶ必要ないですし……」
「誰が誰を?」
「そ、それは私が、あ、あなたを」
「あなた? あなたってなによ? 同級生をあなたって呼ぶやついるか?」
「いや~この冷め切ったから揚げもまた格別ですな~」
「おい話そらすな」
その時突然、手元の携帯が震えだした。
着信だ。ディスプレイに表示された名前は、佐々木純花。
その文字を見た途端、はっと自分の息が詰まるのを感じた。
俺は画面を見つめたまま、固まっていた。
「……出ないんですか?」
助かった、と胸をなでおろしていた北野が、不思議そうな顔でこちらを見ていることに気づく。
それに押されるような形で、俺は通話マークの上に指を持っていく。
だが指が画面に触れかけた寸前で、携帯の振動は止まった。
「……切れた」
俺はなんとかそれだけ口にすると、さっさと画面を消して、隠すようにポケットにしまった。
かけ直してくるか、と嘘をついて、椅子から立ち上がる。
胸元に風を入れようと、無意識にシャツの首元を握った手のひらには、嫌な汗が滲んでいた。
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