第25話
「あん? 何だお前」
俺の姿を見咎めるなり、短髪のツンツン頭がわずかに眉根を寄せて凄んできた。
ちらっと視線を横にずらすと、案の定、隅っこで縮こまっている北野の姿があった。
「おい、シカトこいてんじゃねーぞ?」
今にも胸ぐらをつかんできそうな勢い。
いきなりケンカ腰の上から目線にイラっとして睨み返すと、横合いから聞き覚えのある声が遮ってきた。
「なんだ、早坂じゃねーかよ」
やや長めの左右非対称の髪型に、やや胸元の開いたシャツ。
日に焼けた顔で笑いかけてきたのは、三年の篠原という男だ。
篠原がかすかに香水の匂いを漂わせながら、親しげに俺の肩を叩くと、短髪が驚いた顔でこちらを指さす。
「早坂って……あ、コイツが?」
「そうだよ。あ~あ、早坂が入ってくれてたらよぉ~。今年わかんなかったのに~」
「何? 前から言ってっけど、コイツそんなすげぇの?」
「ああ、城西の河田とタメ張るレベル」
高校に入りたての頃、俺はこの先輩からしつこく勧誘を受けたのを覚えている。
だがもうサッカーはやる気がなかったので、きっぱりと断ったのだが……それ以来顔を合わせれば用もなしに向こうから声をかけてくるようになった。
「だからそれは中学の時の話で……どの道俺がいたって、変わんないっすよ」
「んなこたぁわからねえだろ。ウチはマジでトップ下が薄かったんだからよぉ」
篠原はキャプテンだか副キャプテンだか忘れたが、もう引退したらしい。
悪い人ではないのだが、絡まれると毎度毎度あしらうのが少し面倒だ。
「知ってんだぞ? お前がサッカーを捨てて、可愛い子とイチャついてんの。あ~たるんどる、最近の学生は本当たるんどるわ」
「どの口が言いやがるか。てめえもゴム代もバカにならんわ~、とかしつこく自慢してきやがるくせに」
「あれぇ? おこなの? いやぁこれだから童貞はかわいそうだよね~、モテモテの早坂くん、誰か紹介してやってよコイツに」
「いや、はは……、紹介とかそんなん誰もいないっすよ。つかそんなこと言ってて、大丈夫なんすか? 進路とか」
「これはこれはご心配どうも。まあ安心しろ、こちとら今日もユミたんと一緒にいろいろとお勉強に励む予定ですわ」
「な~にがユミたんだよ、うわきめえわコイツやっぱ」
「はい童貞の嫉妬乙~」
さらに一人、やや太った若干目付きの悪い男子が口を挟みだし、やいのやいのと三人揃って騒ぎ出す。
こうなると俺が発言するような余地はほとんどない。
肝心の北野はというと、しゃがみこんでスマホを握りしめたまま、固まったように微動だにしない。
よく見ると手とか足とかガクガクに震えている気もするが、逃げ出すような気配はない。
やがて短髪が一度ポケットに隠したライターを取り出した。
どうやらこれからここでふかす気らしい。というかその気で来てみたらなぜか北野がいた、という感じか。
篠原が俺の視線に気づいたらしく、北野へ向かってあごをしゃくった。
「オレらさぁ、ちょっと困ってたんだよね~。さっきから、どこから来たのー? 何年何組でちゅか~? て聞いてんだけど、なんもしゃべってくれないから」
「俺はね、新手の刺客じゃねーかと思ってんだけどね。先公の」
「お前さっきマジでビビってたもんな。ウケるわ~」
確かにあんなのが一人で待ち構えていたら不気味ではある。
俺はどうしたものか少し迷ったが、何も気負う必要はない。適当に口を合わせておけばいいだけの話だ。
まあ、なぜ俺がここに来たのか、というのが少々ネックになるが……。
俺はあくまで無関心な風を装って、口を開いた。
「いやあれは、ただのアホですよ」
「あん? お前知ってんの?」
「知ってるっていうか、一応同じクラスなんで……。なんか休みあけに転校してきたんすけど、ちょっと頭がおかしいっていうか、はは」
「あぁ転校生ね〜……、にしてもなかなかパンチ効いてんな」
篠原も他の二人も、特別不審に思う様子はない。
そもそも北野自身にあまり興味がなさそうだ。
「ここでまさかの転校生の殴り込みってわけじゃなしに、でも動く気ないのよ彼女」
「いや、あれ腰が抜けてんじゃないですか? いいっすよ、俺どかします」
俺は北野に近寄り「おい、立てよ」と促すが、北野はマジで腰が抜けてるのか、なかなか立ち上がろうとしない。
間の抜けた顔でじっと俺を見てきたので、仕方なく無理やり腕を取って立たせる。軽い放心状態のようだ。
「いや~紳士だね早坂くん。んでどうする、お前も混ざる?」
「あ、いや飯まだなんで……つか、俺別に吸わないっすよ」
「ん? じゃお前、なにしに来たん?」
「ちょっと人を探してて……、ああ、でもそれはもう大丈夫っす」
「ふぅん? まあいいわ、んじゃその子、そのまま持って返って。このままだと気まずいから、お互いにね」
篠原はにやにや笑いながらそう言うと、北野に向かって手を振ってみせた。
「じゃあね~先生にチクらないでね~、ぶははは!」
続けてどっと上がる男子たちの笑い声を背に、俺と北野はその場を後にした。
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