第24話
その日、朝のホームルームが始まっても、純花は登校して来なかった。
風邪で、休みだと言う。
詳しく聞いたのは橋本からで、純花からは特に連絡は何もきていない。
本当にただの風邪か、それとも昨日突き放したのがこたえたか。
それ以外に考えられるのは……秀治に何か言われたか。
不本意だったとはいえ、昨日、俺は初めて第三者に、純花と別れることを口外したことになる。
それがあの秀治となると、すでになんらかのアクションを取っていても不思議ではない。
だが秀治に口止めをしたわけでもないし、する意味もない。
遅かれ早かれ、こうなるかもしれないという予感はあった。それが少し早まっただけ。
純花にメールか何かしか送るべきか一瞬迷ったが、結局俺は何もせずに携帯をしまった。
昼休みになった。
今日は朝からしんどかったので、飯を何も用意してきていない。
適当に購買で何か見繕ってくるかと立ち上がろうとすると、隣でそそくさと席を立つ北野の姿が視界に入った。
そういえば一昨日ぐらいからか。
北野は昼休みになるやいなや、どこかに姿をくらますようになった。
今日もわざわざカバンを隠しながら抱えて、逃げるように教室を出ていこうとしている。
野郎は一人で飯を食っている奴はちらほらいるが、女子は……ざっと見た感じではいない。
さらに窓際にはいつもすぐ近くで女子のグループが集まるので、このまま自分の席にはいたたまれないのだろう。
まあ、それに関してはほぼ自業自得だが。
俺は気配を殺してこっそり立ち去ろうとする北野を呼び止めた。
「おい」
北野は案の定びくっと体をこわばらせる。
そして絶対に自分が呼ばれたとわかっているくせに無視して行こうとするので、さらに追い打ちをかける。
「お前、そんなカバンもってどこ行くの?」
「……え? あっ、これはすぐそこのアレで……」
もにょもにょと言葉尻がはっきりしない。
面白いほど挙動不審だ。さらに揺さぶってやる。
「お前さ、もしかして便所飯してんの?」
「ちちち、ちげーし! してねーし!」
この動揺っぷり。
しかし今のはただの冗談で言ったんだが……マジかこいつ。
便所飯って都市伝説の類じゃないのか?
「じゃどこ行くわけ?」
「と、と、とっ友達と一緒にゴハン食べるんで……」
何を言うかと思ったら。
友達とか絶対嘘だろコイツ。便所飯と言われたほうがまだ信憑性がある。
「へ~、じゃ俺も入れてよ。一緒に食べようぜ」
「えっ? い、いやっ、そ、それはムリでしょう、常識的に考えて……」
「なんだよ便所飯の上に嘘つきかよ」
「だ、だから便所飯じゃねーし!」
便所飯というワードに過敏に反応を示すところがまた怪しい。
北野は大声を出しかけるが、周りの目を気にしてトーンを落とした。
「そ、そうまで言うなら、いいですよ、わかりました。ついてくればいいじゃないですか」
なぜか若干キレ気味にそう言って、早足に教室を出て行く。
ついてくれば、と言う割にはスタスタと素早い。
俺は席を離れて、見失わないようにすぐその後を追った。
俺達は昇降口から一度外に出ると、校舎をぐるりと回り込むようにして、建物の裏側を歩いていた。
ゴチャゴチャと配管などが足元に入りくんだ所、すでに来たこともない場所まで入り込んでいる。
目的地に到達する前から、俺は失敗したと思った。
何が悲しくてこのクソ暑い中を、北野にくっついて外に出ているのか。
だが来てしまったからには、途中で引き返すのはもっとムダな気がして引くに引けなくなっていた。
「おい、どこまで行くつもりだよ。もういいよ、謝れば許してやるからさ」
などと声をかけるが、先を行く北野は聞く耳もたんとばかりにずんずん歩いて行く。
そしてやっと、北野が足を止めたのは、やや奥まった校舎裏の行き止まり。
ちょうど建物に謎の凹凸ができていて、完全に日陰になっているため結構涼しい。
北野はそこで立ち止まると、初めてくるりとこちらを振り返り、ドヤ顔をして言った。
「残念でした、便所飯じゃないです~、便所の裏飯ですぅ~」
なるほどここは便所の裏……なのか?
気分的にアレだが、特に便所臭いというわけでもなく、気にしなければ問題はない。
だが肝心なのはそこじゃない。
「で、友達はどこ?」
「やだなぁ~。いるじゃないですかさっきからそこに~。お待たせ~カナちゃん」
北野が何もない空間に向かって手を振ってみせる。
断っておくがこの場には俺と北野以外誰もいない。ネコとか犬がいた、とかいうオチでもない。
疑問符を浮かべる俺を見て、北野は何が面白いのか一人でにやにやしている。
「これは本格的にお薬が必要だな……」
「くっくっく、やだな~。だからほら、これ、あれですよ。エア友達ってやつですよ、ぷくく」
「はあ?」
「あるじゃないですか、そういうネタで。知らないんですか? エアギターの友達バージョンのやつで……てか私がなんでここまで説明しなきゃならんのですか」
「知らねーよ。ていうか何が面白いんだよ、全然笑えないんだが?」
そういうネタがあったとして、実際その状況になって笑ってられる神経が理解できん。
むなしくならないのかマジで。
「あーこれだからDQNは……。笑いのセンスが欠如していますね完全に。まあウェイウェイ言ってれば通じるんでしょうし、わからなくて結構です」
なんで俺がノリ悪いみたいな顔されなきゃならないんだか。
うまくごまかされた気がするが、友達と飯を食う、というのは真っ赤な嘘だったわけで、つまりコイツは平然と俺に嘘つきやがったということだ。
だがもはやそのことでなんやかんや追及する気も失せた。
友達もいなくて教室にいづらいので、こうしてコソコソと隠れて一人さみしく飯を食っている。それが真実。
もはや死体にムチ打つようなマネはすまい。
「悲しいな、本当に……」
「ええ、このネタがわからないのって、ほんとうに悲しいですね」
しかし本人にはあまり悲壮感がない。
北野はカバンから小さめのタオルを取り出すと、コンクリートの上に敷いてその上に座った。
続けて弁当箱を取り出し膝に乗せると、片手で携帯をいじりながら、ぱくつき出した。
……なんというか、すでに手慣れている。
適応力が低いようで、実は高いのか。
もはや余計な口出しはするまい。俺も俺で、一体何やってんだか。
「じゃあな、便所飯女」
「だから便所飯じゃねーっつってんですよ!」
俺は立ったままそこまで見届けると、その場で踵を返した。
そのままの足で、購買で適当にパンと飲み物を買う。
道すがら去年のクラスでよくつるんでいた奴と偶然会って少し話し込んだが、結局そのまま別れた。
そして俺は、元の校舎の裏へと戻ってきていた。少しだけ、思うところがあったからだ。
校舎の裏手に差し掛かった辺りで、すぐに異変に気づいた。
遠目に男子生徒の制服がちらりと見えた。ちょうど北野のいるはずの奥まった場所だ。
二人、いや三人。
あーあ、やっぱそうだよな。
近くにタバコの吸い殻が一本落ちてたから、そうじゃないかと思っていた。
「いやさっきのお前の顔マジウケたわー、うははは!」
「あんだよ、おめーこそビビってただろーがよ!」
男子たちはなにやら騒いでいる。
俺が近づいていくと、そのうちの一人がこちらに気づいた。
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