第21話


 学校が終わり、俺は早々に一人で帰宅した。

 昼休みのゴタゴタ以来、純花との接触は何もなく終わった。

 こういう時たいてい、さっきはごめんね、なんて携帯のほうにメッセージが来るが、それすらなかった。

 今回は私が悪いわけじゃない、というアピールなのか知らないが、考えるだけ時間のムダだ。

 

 そう割り切ったつもりでいたが、自宅に着いてからも気分はどうも晴れなかった。

 今日もバイトなんて行くノリではなかったが、さすがに二日連続代わってもらうのは厳しい。

 軽く間食をとりながら、適当に携帯をいじって時間を潰した後、バイトに向かうべく重い腰を上げる。


 どこも体調は悪くなかったが、俺はマスクを引っ張り出してきて装着してから、外に出てチャリにまたがる。

 昨日体調不良という名目でシフトを代わってもらった手前、多少の演出は必要だと思ったからだ。


 バイト先へはチャリを十五分も飛ばせば到着する。向かう先はいわゆる地方のチェーンスーパー。

 それなりの敷地面積を持った、平屋の一階建てで、店としての規模はそれほど大きくなく、近くに最近できた他社の大型店としのぎを削っている。


 俺が明かりで照らし出されているスーパーの看板の下を通った時には、もうすっかり日は落ち、辺りは夕闇に包まれていた。

 すでに夕方のピークタイムを過ぎ、広めの駐車場に止まる車は三分の一にも満たない。

 駐輪場にチャリを止めて裏口のほうへ回ると、ちょうど外でタバコをふかしている木下という大学生に出くわした。


「おはようございます」

「おおっす」


 木下はふぅっと煙を吐くと、俺のマスクを見てあごをしゃくった。

 

「なにそれ、お前まだ調子悪いの?」

「いや、たぶん大丈夫っすけど、一応」

「なんだよ、また仮病か?」

「いやいや違いますよ、はは」


 木下は意味ありげに笑うと、それ以上は追及せずに、タバコを備え付けの灰皿に押し付けた。

 この男は俺と同じここの従業員で、バイト歴も長く年齢も三つ四つ上だ。

 これから朝や夕勤のパートが少なくなる時間帯で、バイトの中でもリーダー的な扱いを受けている。

 

 だが俺から見ると特に仕事の出来が抜きん出ているというわけではなく、どちらかというと口がうまいタイプ。

 シフトインも多く、店長や社員達にも気に入られている。

 

「ずりぃよなぁ、これだからイケメンはよ」

「なんすかいきなりそうやって……」


 こうやってからかわれるのはいつものことだ。

 正直めんどくせえとは思うが、とりあえず下手に出ておけば色々と便宜を図ってもらえる。


「あ、来た来た。おはよー早坂くん」


 裏口の扉が開いて、現れた女子がこちらに歩み寄ってくる。

 昨日俺がシフトを代わってもらった柏崎だ。某アイドルグループを意識したような黒髪とメイク。

 容姿レベルははっきり言って並だが、ここは若い子が少ないため、おっさん社員なんかからはちやほやされている。

 

「どう調子は、大丈夫?」

「ああはい、おかげさまでなんとか」

「そ、よかった。それはそうと、約束、忘れてないよね~?」

「なによ約束って、オレに内緒で二人で抜け駆け?」


 すかさず木下が横槍を入れてきて、やいのやいのと談笑が始まる。

 俺が苦笑いしているうちにも、オレも一緒に、だの他にもメンツ誘って、などと勝手に話ができていく。

 

 色々こじれてくると面倒だ。

 この二人とはどこか調子が合わないし、相手は年上で気を遣うしで、できればバイト以外ではあまり関わりたくない。

 話の切れ目が生まれたところで、俺は無理やり話題を変える。


「ところで今日のシフト、あと誰っすか?」


 答える代わりに、柏崎が開いた扉の中へ目配せをしてみせる。

 それを追って一度事務所をのぞくと、中にはすでに制服に着替えを済ませた中年の男性が一人。

 高山さんだった。

  

「早いっすね、今日も……」

「まあ、そりゃタカちゃんだからね」

「ふふっ、マジメだよねー。……でもあの人ヤバくない? もう40過ぎてるんでしょ? バイトで、これからどうするんだろね」

「さぁ? もうあきらめてんじゃない色々と。だってほぼ人生詰んでるでしょ。どう早坂? コーコーセーの目線から見て」

「……どうすかね? 俺はちょっと、わかんないっすけど……」


 俺がどうこう言える立場でもないし、今の姿だけを見て、決め付けるのは何か違うだろう。

 まあだからと言って、高山さんをかばったりはしないが。

 

 高山さんは、とりわけ仕事ができないだとか、そういうわけではない。

 それどころか勤務態度はいたって真面目で、木下なんかよりもよっぽど仕事量は多い。

 だが学生なんかが多いこの時間帯では、バイトの中でも明らかに浮いてしまっている。


 期待した返答が俺から得られなかったせいか、木下が声をひそめてさらに話題を広げる。


「前さぁ、社員の人から聞いたんだけど…………」

「……マジで? バツイチなの?」

「うんうん。子供もいたけど相手方に連れてかれたんだとよ」

「わ~悲惨~」


 こうやって木下がどこからか噂を拾ってきては、いじるネタに事欠かない。

 仕事での細かいミスなども、いちいち槍玉に挙げるような人だ。


 そういうのは正直寒いし、加担する気はさらさらない。

 だけど「そういうのはやめたほうがいいんじゃ」なんて言う義理も必要性も感じない。

 いい大人なんだし、影でグチグチ言われるのだって、高山さん本人だって覚悟してるだろう。

 

「あ~あ、オレ今日ラストまでだからなぁ、だりぃな~。タカちゃんに頑張ってもらって、適当に流すか」

「あたし、今日眠いんだよね~。早く帰りた~い」

  

 なによりそういう部分は、俺もこの二人と同意見だ。

 ここで働き始めてから丸々一年が過ぎて、仕事の流れはほぼ把握し、手の抜き方も覚えた。

  

「さて行くか~、出るの遅れるとババアうるせえし」

「出勤だけはうるさいよねあの人、自分は速攻帰るくせにさ~」


 俺は口々に愚痴る二人に適当に合わせながら、事務所に入って行った。

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