第19話
昼休み、珍しく秀治に昼食を誘われた。
他の連中と混じって一緒に教室で食うことはあるが、秀治と二人きりというのはなかなかないことだ。
連れられてやってきたのは別棟の空き教室。何の部屋だかわからないが、静かなのでゆっくりするにはいい場所ではある。
秀治は生徒会の役員もやっているせいか、そういうのも詳しい。
俺と秀治は長机に並んだパイプイスに座って、向かい合うようにして昼食をとる。
いつも俺の昼食はコンビニや購買で買ったおにぎりやパンなのに対し、秀治は家からちゃんとした弁当を持ってくる。
ウチの母親とは違い、親がしっかりしてるんだろう。それは秀治の飯の食い方にも現れている。
口を動かしながら、午後の授業のことや、クラスメイトの話など当たり障りのない会話をする。
傍から見れば、仲のよさそうな男子生徒二人組に見えるだろう。
だがその実、秀治と話をするときは、どんな話題だろうと少しも気が抜けない。
発言には、いちいち注意を払うようにしている。
それに俺はこの時間が、こうやって取りとめもなくだべって終わるとは思っていなかった。
特に目的もなく、秀治が俺と二人で飯を食うなんてことは、ないと思ったからだ。
そして案の定、その予感は当たった。
秀治はアルミの仕切りの中に詰められた煮付けのようなものを、一切手をつけずにティッシュにくるんでゴミ箱に捨てた。
そうして空になった弁当箱を片付けると、それまで話していたのと全く同じ調子で、ぽろっと口を開いた。
「純花ちゃんと、うまくいってないんだって?」
その言葉にぎくりとする。
橋本の時とはワケが違う。秀治がそんなことを言うのは、初めてだからだ。
そして相手があの秀治となると、なおさら。今度こそ、いよいよ疑ってしまう。
別れを告げられたことを純花が秀治に相談したか。もしくは橋本が昨日のことを秀治に告げ口でもしたか。
なんにせよあの秀治のことだから、すでに裏を取ってあるのだろう。他の奴の時のように、適当に煙に巻くようなことはできない。
下手なウソは、逆効果。そう思った俺は観念して、肯定の言葉を口にする。
「……まあ、うまくはいってないよ」
「え? マジで? 図星? ……はは、我ながらビックリだよ」
……やられた。カマかけられた。
秀治相手に油断したらダメだって、わかっていたはずなのに。
いくらなんでも、過大評価をしすぎたか。というか、読み違えたか。
よくよく考えれば俺とのことなんて、秀治にとっては数ある人間関係の、ほんの一部にすぎない。
俺と純花がどんな状態かなんて、いちいち把握しているわけがない。
……いや、違う。やっぱり違う。
やはりカマをかけたんじゃない。秀治は偶然を装っているが、絶対に裏を取っている。
そうでないとこうやって呼び出した理由がわからないし、そもそもそんなことでカマをかけたりする意味がない。
「それでなに? 別れるの?」
秀治の思考は、一つも二つも先を行く。
俺が認めたとなれば、いちいちなぜ、どうして、なんて無駄な質問をはさまない。
「……ああ」
「マジ? なんだよそれ~……。そりゃ色々あるんだろうけどさ、決める前に僕に一言も相談もないっていうのはどうなの?」
そう言って、秀治は黒縁の眼鏡のシャフトを触る。
口調こそおとなしいが、これは怒っている、のサインだ。
いつも絶えず微笑を浮かべている秀治が、表情を消すというのはよほどのことだ。
俺が純花と付き合う前に、秀治が間に入ってあれこれと力を尽くしたのは事実だ。
それが何の相談もせずに別れることを決めたとあっては、怒るのも無理もないといえば無理もない。
だけどそれも、コイツの手だ。
普段は物分りのいい大人ぶった振舞いをしながら、ここぞと言う時に豹変し、相手を威圧する。
だからこうして強い口調になったのも、おそらく演技。秀治が本当に心から感情的になることが、あるのだろうかとすら思う。
きっと今も怒るフリをしながら、狡猾に、冷静に頭を回転させている。
全ては俺に罪悪感を持たせるため。
そしてきっと、その代わりの要求をしてくる。
俺が黙ってまっすぐ見つめ返すと、秀治はふっと鼻を鳴らしていつもの微笑に戻った。
「まあいいや。正直言うと、最初っからそんな気はしてたよ。朋樹には、ああいう子は合わないかなってね」
まるで初めから全てお見通しと言わんばかりの口調。
それで終わりか? そんなわけないよな。
俺の思考を読んだのか、秀治は普段の調子でかつぜつよくしゃべりだした。
「ところでさ、この前カラオケ行ったでしょ? 始業式の日」
「お前は直前でバックレただろ」
「はは、バックれたって言われるとあれだけど、それは悪かったよ。それで、あのときにいた女の子なんだけど……そう、水上さん」
やはりあの女はコイツの差し金か。
橋本が連れてきたという割には、二人ともそれほど親しげではなかった。
それどころか、水上がちやほやされていたのを、橋本が気に入らなそうな顔で見ていたのは俺の気のせいではなかったようだ。
もちろん純花の知り合いというわけでもなかったし、工藤とか小林とかあのへんにあんな女子を呼べるわけもない。
「あの子、朋樹のこと気になってるって」
「だからなんだよ」
「別に? 教えてあげただけだよ」
わざとらしくとぼけたその言い方に、怒りがこみ上げてくる。
そんな俺の様子を察したのか、秀治は急に相好を崩すと、声を上げて笑いだした。
「あははっ、ごめんごめん。そんな顔しないでくれよ、正直に言うからさ。彼女さ、中学の時からちょっとお世話になってる先輩の妹なんだよね~。今度一回、遊んであげてもらっていい? 僕はいいと思うけどなぁ。結構可愛いし、歌もうまいし。朋樹とも、割と合うと思うよ。うらやましいなぁ~、朋樹はモテるから」
要するにコイツは、俺が誰と付き合おうが別れようがどうでもいいわけだ。自分にとって都合がよければ別れを勧める、そうでなかったら引き止める。
何か相談したところで、それが俺にとってなんら意味のないことはわかっていた。
だが俺は、これで逆に安堵した部分もある。結局秀治は、この話がしたかったのだとわかったからだ。
「ま、そのへんのことは後で追い追い、連絡するから。もちろん純花ちゃんと別れてからでいいからさ」
俺が純花と別れることは、すでに秀治の中で規定事項になったようだ。
細かく突っ込んでこないあたり、特に理由などには興味がないのだろう。
まあ、変に引き止められるよりはこっちも都合がいい。
「じゃごめん、僕これからちょっと野暮用があるから」
秀治はこれで話は終わりとばかりに、弁当箱をしまった小さなバッグを持ち上げて立ち上がる。
昼休みの時間はまだ少しあるが、もう俺に用はないらしい。
「ああそれとさ――」
去り際、秀治は不意に立ち止まってこちらを振り返った。
もう話も終わりと気を抜きかけた俺は、軽く息を呑むような形になってしまう。
「あの転校生に、やけに絡んでるみたいだけど。彼女、なんかあるの?」
その一言に、俺は一瞬動揺しかけるが、すぐに妙な反抗心が芽生えた。
秀治のなんかあるの? とは、仲良くする価値があるのか? という意味だ。
容姿、頭脳、運動、社交性、地位。要するに北野が、なにか優れたものを持っているのかってこと。
だが当然そんなものは、俺の知ったことじゃない。
「お前の基準で言えば、なにもねえよ」
「つっかかる言い方するねえ。言っとくけど、クラスでも結構ウワサになってるからね? わかってると思うけど、これ、忠告だから」
俺が誰と何をしようが、俺の勝手だろ。
その言葉が出る前に、秀治はさっそうと身を翻して教室を出て行った。
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