第18話
「おっす」
あくる日の朝。
時間ギリギリに登校した俺は、隣で腰を丸めてスマホをいじる北野へ声をかけた。
昨日のこともあり、だいぶ距離が縮まった気もしたので、一応あいさつをしてやろうと思ったのだ。
……が、無視。
向こうはどうやら、毎日リセットしてくるつもりらしい。
まあ、イヤホンをしていて聞こえていない、という可能性もあるかもしれないが……一瞬だけちらっとこっちを見やがったからそれはない。
しかもコイツ、俺が昨日買ってやったイヤホンを使っていない。
さんざん汚ねえだのなんだの言ってたくせに、前のヤツを普通に使ってやがる。
俺の自業自得ではあるが……なんだかカモられた気分だ。
昨日俺の言ったことがわかってないのか、北野は相変わらずのメガネマスクだ。
まあむこうがそういうつもりならそれで、こっちもこれ以上余計なおせっかいをする気はない。
あいさつを無視されたがそのまま追撃することもなく、席に着いた。
俺のほうにもまた一つ、厄介な、というか腹の立つ出来事があって、こいつにかまけている余裕なんてなかったからだ。
席に座ると、前方でおしゃべり中の女子グループが視界に入ってくる。
その中で、ケラケラと声高に笑う嫌に目立つ長い茶髪。
橋本由希。
今日の俺のイライラの原因はこいつだった。
昨日の夜のことだ。
その橋本から、駅で俺が北野と一緒にいたところを見た、と携帯のほうにメッセージが入っていた。
駅付近をブラブラしていたら偶然見かけた、というのだ。時間的に、おそらく買い物をした後だろう。
俺自身半ばヤケクソ気味で警戒はしてなかったとはいえ、よりによって橋本に目撃されるなんてついてない。
橋本からは、なんで、どうして、としつこく追求をされた。無視してもよかったが、後々余計面倒になるのは明白だった。
お前には関係ないだろほっとけよ、と返そうかと心底思ったが、自称純花の親友の橋本には関係があること、らしい。
だが俺は、コイツが純花の親友面しているのがどうも気に食わない。俺がなぜ橋本を嫌っているかって、理由はそこにある。
『朋樹がバイトがある日は、一緒に帰れないからって、純花が言ってたけど』
夏休みに入るちょっと前ぐらいから、前兆はあった。
俺はバイトの日は疲れるとか、時間がどうとかって適当に理由をつけて、純花と一緒に帰るのを拒否するようになっていた。
『てゆーか昨日ってバイトじゃなかったの?』
しつこく聞いてくるので、俺が北野にちょっかいを出して、イヤホンを壊して弁償することになったと説明した。
大筋はその通りだが、だいぶはしょった上に、若干ウソも混じっている。
『マジ? ツイてなかったね。ていうかやっぱあの転校生ヤバくない? 弁償させるとかさ~』
説明が不十分だと、こんな風な感想を抱かれる。
にしても橋本の感覚はズレている。人のものを壊したら弁償するのは当たり前だろう。
実際は壊してはいないんだが、事細かに説明する気はないし、北野をフォローする気もない。
どうせなにを言ってもムダだからな。
それで今度は、純花とうまくいっていないの? という話になる。
一瞬、もしや純花があの別れ話のことを橋本に話したのか、と疑ったが、そういうわけではなさそうだった。
橋本がこういう話題を振ってくるのは、今回が初めてじゃない。これまでも何度かあって、その度に俺はうんざりした気分になっていく。
いや、うんざりどころじゃない。橋本に対する嫌悪感が、さらに募っていくのだ。
そういう話が、親友として真摯に純花のためを思ってのことなら、俺だってそう邪険にはしない。
だがこいつのなにがすごいって、純花がかわいそうだからちゃんと話してあげなよ、だとか俺を責めて来るのかと思いきや、いつもなぜか純花を叩く流れになるのだ。
『純花って天然で、結構鈍いところあるからね~。この前だってさ……』
普通だったら、彼女の悪口を言われたら反感を買うだろうと、控えるところだ。
だがコイツは、俺たちの関係がだいぶ前からぎくしゃくしているのを、見抜いている。
『純花もね~……ぶっちゃけここだけの話だけど、朋樹が何を考えてるのか、わからない時がある、とかって言ってたり』
そしてしまいには、こういうことを平然と告げ口してくる。
最初は、女の友情なんてこんなもんだろう、と思って聞き流していた。
表向き仲良くしていても、裏でなにを言ってるのかわかったもんじゃないと。
だが実際は、そんな単純なことでもなかった。
ふと、あることを思い出して、それ以来それがもっとタチの悪いことであるのに気づいた。
というのは、俺が純花と付き合い始めた頃、「橋本って、お前の事狙ってたらしいよ」と工藤から言われたこと。
その時はまさか、と思ったが、思い当たるフシは確かにあった。ありすぎた。
……ああ、思い出しただけで気分が悪い。
こみ上げてきたもやもやにじっと座っていられず、トイレに行こうと席を立ち上がる。
その時橋本がこちらに気づいてかすかに手を振ったが、俺は気づかなかった体で教室を出ていった。
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