第16話


「いえーい五連勝~」


 それからおよそ一時間後。

 俺は北野の自宅の一室で、ひたすらボコボコにされていた。

 ……格闘ゲームで。


「や~また勝っちゃったか~たは~」


 メガネもマスクも外した北野は、たとえではなく文字通り、別人のようにいきいきとした顔でコントローラーを握っている。

 メガネは伊達ではないそうだが、元から視力がそこまで悪いわけではないらしい。

 

「……あのさ、相手が全然やったことのないゲームでさ、手加減抜きでガチでボコって楽しいか?」

「すこぶる楽しいです」


 ……ならなにも言うまい。

 しかしコイツ、本当にこれだけのために俺を家に呼んだのか?


 北野の口から、家に来ませんかなんて言われたときは正直耳を疑った。

 ただでさえ、女子が自分から男を家に誘うとか、とてつもなくハードルの高いことだと思うのだが……。

 ちょっと好意を持っているとか、そういう次元じゃないだろう。相当な仲でないと無理だと思う。

 それが数日前に初めて知り合った人間を。ましてやあの北野が。

 男子から襲われるだのなんだの言っていた口で、一体どういう風の吹き回しなんだか。


「あ~十タテしちゃうかなぁこりゃ~」


 だが俺をボコして得意げにふんぞり返っている北野の姿を見て、すぐに思い返した。

 きっとコイツには、そういう深い考えがあってのことではない。バカなのか、ガキなのか。多分両方だろう。

 今日うちでゲームやろうぜ! みたいな、そういう小学生レベルのノリなんじゃないかと。

 単純に、一緒にゲームをする相手が欲しかっただけだと思う。

 要するに友達がいないんだろう。かわいそうに。いや、かわいそうではないな。コイツの場合、自業自得とも言える。

 俺のあきれた視線に気づいたのか、北野はひとりでに弁解を始めた。

 

「だ、だってずっとCPU戦やっててもつまんないし、ネットつなぐと『初心者です><』とかいう成りすましにボコボコにされてムカつくんで」

「で、俺はお前にボコられたムカつきはどうすればいい?」

「弱者はただ下を向くのみですね」


 こいつ……。

 ならこっちも、本腰入れてやってやろうじゃないか。

 これまで流されるままに漠然とプレイしていたが、格ゲーに関してはこちらも一時期ゲーセンで鳴らした勘がある。

 こういうコンボゲーはあまり得意ではないとはいえ、なんだかんだ言って基本は同じ。ある程度応用が利く。

 

 バトルが始まる。

 すぐさま打って出た北野は、出し得技から中段の二択を迫ってくるが、こちらは繰り出された技をしっかりガードする。

 初プレイからすれば完全にわからん殺しだったが、よくよく見れば北野の攻めはワンパターン。

 おそらく強行動の押し付けを繰り返しているだけで、対人戦に慣れてないのか、基本的な立ち回りが雑。


 コンボはそこそこ練習しているようだが、たまにキャンセルで出す大技のコマンドをミスる。

 知識は入っているが操作が追いついていないという感じで、実際初心者に毛が生えたようなものだ。

 こっちも同じキャラを何度か使って、基本的なコンボは覚えた。

 余計なことはせずきっちり守りを固めて、有利を取ったところを手堅く取っていく。

 それを辛抱強く繰り返していくと、なんとか一本取れた。


「よし」

 

 北野は俺のほうを見ようともしない。

 だが二戦目、初の敗北を喫し北野は焦ったのか、さっきよりも精彩を欠いた動き。

 格ゲーはあったまったら負けるんだよなぁ……。その辺は、経験上よくわかる。

 そして今度は、こちらの体力を半分以上残して勝利。

  

「よっしゃ勝った。つうかあそこでぶっぱはないわ~」


 なにか反論してくるかと思いきや、北野は一ミリも画面から顔を動かさず、無言で再びキャラをセレクト。

 なんとなくもう底が見えた感じがあるが、まだ全然やる気らしい。


 すぐに次の試合が始まる。

 案外落ち着いているのかと思いきや、あからさまにプレイに影響が出ている。操作ミスも多く、もはやグダグダ。

 そんなんだから、こっちが余裕で立て続けに二本連取した。

 画面いっぱいに勝利エフェクトが流れた瞬間、画面が切り替わるのも待たず、北野は無言のままいきなりゲーム機の電源を落とした。


「お前、本当に自由だよな。そこまでいくと、逆にすがすがしいわ」

「……こっ、」

「こ?」

「こっ、こ、このゲームをやりこんでいるな貴様っ、や、やったことないとかウソついて、汚い! さすがDQN汚い!」


 北野はいきなり顔真っ赤になって、人の顔を指さしながら罵倒してきた。まさに負け犬の遠吠え。

 どうやらこれまでじっと我慢していたようだが、ポーカフェイスも限界に来たらしい。


「やったのは初めてだっつーの。まあ、格ゲー自体はだいぶ、やってたけどさ……。ていうかさ、こんなもんムキになってやったところでムダだよ。上には上がいるんだから」

「はあ? なに言ってんですか? そんなことわかってますよ。こんなもんヒマ潰しに決まってるじゃないですか。自分より弱者をボコって勝って楽しい、それで終わりです」


 そんな風に言われて、俺はとっさに言葉に詰まった。

 いや、やるからにはなんかもっと、あるんじゃないか……? そんなんだったら時間の無駄だろ? ああ、暇つぶしなのか……。

 確かにたかがゲームだしな……ならなんで俺は、あんなバカみたいにやってたんだ? うまくできたからって、褒めてくれないだろ? 昔みたいには……。

 だいたいわかってるだろ。褒め言葉なんてのは、人を意のままに動かすための、でまかせばかりだって。

 頭の中で考えがゴチャゴチャになり、結局、なにも言い返せないでいると、

 

「えっなんですか? もしかしてプロゲーマーでも目指す気ですか? 意外にアタマ固いんですね~DQNのくせに」

「な、なんだとコラっ」


 ボコられたからってへそを曲げてるんだろうが、なぜかこいつの煽りがやたら刺さる。

 どん、と軽く肩をこづいてやろうとすると、北野が避けようと反応して変に動いたため、俺の手は肩ではなく、胸元に……。


「あっ……」


 思いっきり触れてしまった。

 案外に胸がある……? なんて一瞬思ったが、嫌な予感がさっと頭を塗り替える。

 思わず身構えると、北野は両腕を抱くようにしてさっと身をよじって、背を向けた。

「ひぃぃぃレイプされるぅぅ!」とかなんとか大騒ぎを始めるかと思っただけに、少し意外だった。

  

 しかしこれはこれで……やりにくい。

 北野はちらっとこっちを睨んできたが、特に何か言ってくる様子はない。

 なんだこの感じ……なに急に意識してんだこいつ。いや、普通のリアクションといえば普通だけど……。 

  

「ごめん」


 そんな北野の調子に乗せられて、俺も俺で普通にごめんだとかって謝っていた。

 急にだんまりになってしまって、もうわけがわからん。何だこの空気どうすんだ?

 戸惑っていると、北野は蚊が鳴くような声で、

 

「ちょ、ちょっとトイレ……」


 そうつぶやくなり、逃げるようにして部屋から出て行った。

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