第15話
放課後、北野とは駅前で落ち合うことにした。
授業が終わった後、「西口の階段下な」と隣に一言言い残してさっさと教室を出る。
もし一緒に出て行ったら色々と面倒になるのは目に見えていたし、向こうも当然嫌がるだろう、という配慮の下だ。
こっちにも純花をはじめ、絡まれると厄介な輩がうじゃうじゃいる。
今日は純花を露骨に避けたので、たびたび視線を感じることはあっても、会話をすることはなかった。割といけるものらしい。
その分携帯のほうにメッセージが来ていたが、特に意味もないものばかりなのでこれも無視。
今日は実際バイトが入っている日なので、昨日のように放課後にどうこうという話はない。
ろくに返事も聞かずに一方的に押し切ったので、バックれられるかと思ったが、北野は十数分ぐらい遅れてやってきた。
相変わらず顔隠しスタイルでいつにもまして挙動不審なため、これはもう紛れもない不審者だ。
あまりにもアレなので一瞬やっぱやめようかと思ったが、気を取り直して声をかける。
「来たか、さっさと行こうぜ」
やってきた北野が何かブツブツ言っていたが、気にせず先に立って歩く。
正直言うと、北野と一緒にいるところを見られようが、もはやどうでもよくなってきていた。
半ばヤケになっていると言ってもいい。だからこの後、誰かに目撃された時のことは考えていない。
何の気なしに駅構内に入ると、ふとあることに気づく。立ち止まって後ろを振り向いた。
「あれ? ところでどこ行くんだっけ」
「ど、どこって、勝手に歩き出すから……」
「なに? 聞こえねえんだけど」
周りがざわついている場所だと、本当に聞こえない。
ただでさえ声が小さい上に、マスクでこもって余計だ。
北野は声を張り上げる代わりに、眼鏡の下の大きな目玉で軽く睨みつけてきた。
「なんだよ……。つかさ、いい加減そのマスク外せよ」
「だ、だから前も言ったでしょうこれはっ……」
「そんなさ、誰もおまえのことなんて見てねえよ」
「そ、そう言うでしょ? でも実際見てるんですって、それはもうねっとりと絡みつくような男どもの視線が……」
また聞こえなくなってきたので、マスクをつまんでぐいっと手前に引っ張ってやった。
「あーっ!」
いきなり奇声を上げる北野。
そのままマスクをバチン、とやられると思ったのか、目をつぶりながらわちゃわちゃと俺の手を払いのけようとする。
そうこうしているうちに、はずみでムダにでかいマスクが一度外れた。だが、北野はすぐに俺の手からひったくって、装着しなおす。
見えたのは一瞬だけだが、マスクの下は意外にも整っていた。
すっとした小ぶりの鼻に、やや薄めだが違和感のない唇、小じんまりとまとまった卵形の輪郭。
鼻とか口がヤバイので隠したい、というわけではなかったらしい。
総合的に見ると、なんか色々惜しいなって感じで、人から見られたりすることがあるのかもしれない。
けどまあ、コイツの言い分なんて全く当てになったもんじゃないが。
これが北野じゃなければ、なんだよかわいいじゃん、なんて持ち上げてやるところだが、なぜかこいつにはそんなことを言う気にはなれなかった。
どうも負けた気がするというかなんというか。
肝心の本人は、じっと恨めしげな視線を向けてきた後、顔をうつむかせてこっちを見ようとしない。
やっぱりムカつく。この自意識過剰女め。
やがて北野はもうお前には任せられんねえ、とばかりに早足で歩き出したので、おとなしくついていく。
一度戻って駅のロータリーを回り、隣接している家電量販店にやってきた。
北野の後をついて店内に入る。
自分で来たくせにあまり慣れていないのか、北野はキョロキョロと周りを見回しながら、売り場を探しはじめた。
場所がわからないならさっさとそこらの店員に聞けばいいのにと思ったが、あえて口は挟まず見守った。
結局少し遠回りをしながら、目的のイヤホン売り場に到着する。
俺が見てもしょうがないので、北野が商品を眺めているのをただかたわらでじっと待つ。
ずっとここまでお互い謎の沈黙を守っていたが、ここにきてやっと北野が口を開いた。
「あ、あのー……」
「ん?」
「え、えっと……い、いいんですか? 本当に……」
「なんだよ、ここまで来てなんだそりゃ」
そもそも弁償だなんだって言い出したのは自分のくせに。
さては本当は冗談のつもりだったが、俺が強引に話を進めたため引くに引けなくなったか。
いや、待てよ……。
「……もしかして、うん万円するすっげー高いヤツっていうオチ?」
「い、いえ、そんな、ふつーのです、千円ぐらいの……。でも、見たところ同じのがないみたいで……」
結構前に買ったやつらしい。すでに商品が入れ替わっているのだろう。
そうなると同じものを弁償しろって、かなり無茶振りになってくる。
「だっ、だからいいんですけどね、しょうがないですけど今回はトクベツに……」
「白いヤツだったよな、あー……じゃあこれでいいだろ」
その程度の価格帯なら、どれも同じようなもんだろう。
俺はぶつぶつ言う北野を尻目に、適当に目に止まったものを手に取って、レジへ向かった。
1480円、まあこんなもんか。さっさと会計を済ませて、北野のところに戻る。
「ほら」と袋ごと渡すが、北野は戸惑っている風でなかなか受け取ろうとしないので、無理やり押し付けるようにして持たせる。
「あ、ありがとう……」
意外にも素直に礼を言ってきた。
元をただすと礼を言われる筋合いはないのかもわからないが、細かいことを気にしても仕方ないので適当にうなずいておく。
なんにせよとりあえずこれで用事は終わり。
今度は俺が先陣をきって店から出る。北野は黙って後ろをついてきた。
外に出たところで、北野のことだから「ではこれで」とか言ってさっさと帰るだろうと思っていると、少し言い出しにくそうに声をかけてきた。
「あ、あの……」
「ん?」
「この後って……」
「この後?」
そう言われてはっと我に返る。そうだった、今日バイトなんだった。すっかり忘れかけてた……。
と言っても時間的にはまだ問題ない。今からすぐ電車に乗って家に帰って、急ぎで家からチャリでバイト先に向かうだけだ。
しかしその過程を考えるだけで、正直めんどくさくなってきた。連絡すれば遅刻だってできるが、どうにも今日は気分が乗らない。
俺は少し迷った挙句、携帯を取り出した。
「ちょっと待ってて」
「え? は、はい……」
北野から少し距離をとりつつ、歩きながら携帯を操作して、メッセージを作成する。
相手は柏崎という女子で、バイト先の先輩だ。適当な文言でとりあえずメッセージを送ってみると、すぐに返信が来た。
通話に切り替える。
「あ、お疲れです、すいませんいきなり」
『なに? 今日代わってほしいって?』
「はい、ちょっと今日、体調悪くて……」
『うん、全然いいけど……大丈夫?』
よし、OKか。
向こうは短大生だか専門学生だか忘れたが、常日頃ヒマだなんだと言ってくるので、多分大丈夫だとは思っていた。
それに、少なからず好意をもたれているというのもある。
だから向こうによっぽどの用がない限り、まず断られることはない。
「あ、ちょっと熱っぽいぐらいなんで、たぶん大丈夫っす。ほんとすいません、後でジュースかなんかおごりますんで」
『え~それだけ~?』
「あ、はは……なにがいいっすかね」
『うそうそ冗談冗談。それより割り勘でいいから、なんか甘いもの食べたいなぁ』
頼みごとがすんなり通るぐらいならいいが、そういう感じを出されると面倒なことこの上ない。
適当に笑いながらごまかしつつ、電話を切る。なんにせよこれで晴れて、今日はバイトに行かなくてもよくなった。
……いやしかし、我ながらクズだな。
こんなのでも女子から邪険にされた記憶は、覚えている限りでは皆無にひとしい。むしろたいてい好意をもたれる。
好感をもたれるって言うのはなんだろうな、まあ結局、見た目か。自分の容姿が優れているというのは、それなりに自覚はしている。
だからなんだと言われたらそれまでだが、そのことで俺は自分で思っている以上に救われているのかもしれない。
もしそうでなかったら、俺みたいな奴はきっと……。
携帯をしまい、北野のところに戻る。
北野は律儀にも、店の入り口の横でじっと待っていたようだ。
「悪い。……で、なんだっけ?」
そういえば何か言いかけていたな、と思ってその先を促す。
すると北野は、きょろきょろと一度視線を泳がせた後、おずおずと口を開いた。
「え、えぇっと……この後、ヒマだったら……これから、ウチ来ます?」
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