第7話


 数時間後、俺は駅前のカラオケの一室にいた。

 薄暗い部屋にいるメンツは、俺、工藤とその取り巻きの一人、純花とその友人と、その友人。

 こう言うとかなりわかりづらいが、ざっくり言うと男三人と女三人だ。


 結局この場に、秀治の姿はない。駅まで一緒だったが、急用ができたと言って抜けた。

 秀治は他の学校の女子と付き会っているらしいが、おそらくそっちと会うのだろう。それかもしくは別のグループに誘われたか。

 最初から俺たちとカラオケに行くつもりなんてなかったのかもしれない。

 あいつの中での優先順位がどうなっているかなんて、俺には知る由もない。


「きゃーとも君かっこい~!」

「よっ、さすがうちのクラス代表イケメン!」


 俺が歌い終わってマイクを置くと、工藤と橋本由希がからかい半分にそうはやし立てる。

 橋本は俺のクラスメイトであり純花の友達でもあり、今回の言いだしっぺだ。

 クラスの女子の中でも目立つほう、というか、一番目立っているといっても過言ではない。

 女版工藤とでも言えば説明が早い。茶髪にメイクとやりたい放題だ。

 この女は本当に……いや、やめとこう。考えるだけでイライラしてくるから。


「いよっ、とも君!」


 ワンテンポ遅れて乗っかるように声を上げたのが、工藤によくひっついている、小林という同じクラスの男子。

 そういうノリが面白いと思っているのか、やたら工藤の真似をしたがる。

 劣化工藤みたいな、本当に工藤の苦手な部分を凝縮したようなヤツだ。

 向こうはなにかとフレンドリーな感じを出してくるが、俺は極力話すのを避けている。

 だからこいつにとも君、なんて馴れ馴れしく呼ばれる筋合いはない。

 

 最後の一人は、テーブルをはさんで反対側の席で控えめに拍手をする女子。

 水上という名前で、一学年下の子らしいが、これまでに面識はない。

 橋本のような派手派手な頭とは違い、少し長めの普通の黒髪。そういうカラコンかなにかを入れているのか、黒目が妙に大きい。

 

 一見おとなしそうだが、周りに合わせて笑いうまく相槌を打ち、こういう場は割と慣れているようだった。

 それ以外に別段取り立てることはないが、橋本が連れてきたというからには、まずウラがありそうな予感しかしない。

 

「やっぱり上手だねとも君」


 隣に座る純花がぱちぱちと拍手をしながら、にこりと笑いかけてくる。

 周りの音がでかくて聞き取りづらいので、純花は必要以上に顔を寄せて、耳打ちしてきた。

 工藤や橋本に冷やかされるとめんどくさいので、さっさとマイクを純花に手渡す。


「はい、次」

「あっ、次あたしか」


 マイクを受け取った純花は、やや緊張した面持ちで立ち上がる。

 立たないとうまく歌えないとか何とか。


 イントロが流れ、やや遅れた入りで純花が歌いだす。

 またこの曲か、と歌手本人が歌うよりも何度も聞いたであろう純花が歌うその曲を、適当に聞き流す。

 純花の歌は、特にうまくもなく、下手でもなく。正直コメントしづらい。

 だがこうして微妙な気分になるのもおそらく最後だと思うと、多少は感慨が沸かないでもない。

 

 そういえば純花と初めて遊んだのもカラオケだったと思う。

 あれは一年の時、同じクラスになる前だ。

 お互いほぼ初対面で、友達が連れてきた一人にまぎれていた、という状況。

 

 最初純花は、下手だから、と言ってなかなか歌いたがらなかった。

 それでその時、俺はなんて言ったんだっけかな。

 なんとか乗せて歌わせて、上手だね、とか声かわいいね、だとか適当なことを言った気がする。

  

 実際心の中では、カラオケなんて上手にできたからなんだって思っていた。

 本当に、せいぜいカラオケに来たときうまいねって言われるぐらいしか、俺にはメリットが思いつかない。

 そんなことを言い出したら、たいていのことは無意味だってことになるのはわかってはいるが……。


 ……ああ、また嫌なことを思い出した。

 その時も俺は秀治に、「余計なことは言わないで、笑顔で話を聞いて、ひたすら褒めてあげれば朋樹だったら絶対落とせる」なんて言われて、その通りにしたんだった。

 そんな簡単にいくわけない、と俺は心の中でそう反発していたが、あえてそれに乗った。

 なんでもかんでもあいつの言うとおりになるわけじゃないと、証明したかったからだ。

 その結果どうなったかは、語るまでもない。



 曲が終わると純花はすぐに腰を下ろし、照れ隠しをするように隣の小林にマイクを押し付けた。

「おっとこれにはともくんも思わず笑顔!」「純花はあたしのだ、早坂にはやらん!」だとかいうほぼ歌に関係のない野次を工藤と橋本が飛ばす。

 純花がちらっと俺のほうを見た気がしたが、俺はそれを無視するように、コップに手を伸ばしてストローに口をつけた。

 いまさら俺が何か純花に言うこともない。


 その後もローテーションでそれぞれ曲を入れていく。

 だが俺は早くも飽きていた。もともと気分でなかったのもあるが、そもそもこいつらとはノリが合わない。

 三週目ぐらいで俺がパスしようとすると、勝手に女子に曲を入れられて歌わされた。


 他には、後輩の水上という女子が、やたら持ち上げられていた。彼女が歌う番になると、毎回毎回男二人がうるさい。

 確かにずば抜けて歌がうまいし、かわいいかわいい言われているだけあって容姿も整っている。

 本人は毎度謙遜する姿勢を見せるが、やはりその態度も含めて場馴れしている感じがあった。普段から男にちやほやされてるんだろう。

 まあそれがいいとか悪いとかって話でもないし、どうでもいいけど。


 バラードを歌い上げる水上を横目に、俺は浅く腰掛けてソファーにもたれながら、モニターを流れる知らない曲の歌詞をぼうっと眺めていた。

 やがて歌が終わって工藤らがやかましくなると同時に、俺は席を立ち上がった。


「ちょっとトイレ」

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