第3話
桜下高校二年A組の教室、窓際から二列目の一番後ろの席。
俺、早坂朋樹(はやさかともき)は、席に着くなり集まってきた工藤啓二(くどうけいじ)と仲嶋秀治(なかじましゅうじ)に、さっきの駅での出来事を話していた。
「参ったよ、今日朝っぱらからさぁ」
あのぶつかってきた女のことをおおげさに、面白おかしく話す。
正直言うともうどうでもよくなっていたし、朝からべらべらとしゃべる気分でもなかったが、面倒な話題を振られる前に、自分で主導権を握っておきたかった。
というのは夏休みの間、こいつらからの遊びの誘いを断りまくっただけに、会って早々文句を言われると思ったからだ。
一通り話し終わると、俺の隣、窓際の席の椅子でふんぞり返った工藤が口を開いた。
「それさ~ウチの女子っしょ? そんな気合入ったのいるかな~?」
「いや、マジだって。あのでかいマスクとかさ、何年前のヤンキーだよって」
「え? 昔のヤンキーってそんなでかいマスクしてたん? なんで?」
「そこ掘り下げんのかよ。知らねえよ、お前の母ちゃんにでも聞け」
「いやいやオレの母ちゃんヤンキーじゃねえし!」
工藤がそう声を張り上げると、くすくす、と周りから女子の小さい笑い声が聞こえる。
ウケが取れて工藤も満足そうに笑いながら、ちらちら周囲の反応を気にしている。
工藤はクラスのお調子者、ムードメーカー、なんて言われている。
本人もそれをバリバリ意識していて、ことあるごとに目立とうとしている。
だが俺はそのわざとらしい感じが苦手だ。年がら年中、女子の目ばかり気にしている。
今日だってこいつの頭は夏休みに染めたままだ。
軽く逆立てた短めの髪はすっかり茶色になっていて、うるさい教師に見つかったらまず注意されるレベル。
そんな面倒なリスクを背負ってまでよくやる、と思うが、工藤の場合、教師から目をつけられて目立つ、それすら計算に入れているフシすらある。
「マジすか~、これセーフっしょ~」だとか去年もやっていた。
こいつの言動のほとんども、女子にモテたいがためだと思うと、どうにも閉口する。これさえなければ、根は悪い奴ではないのだが……。
そんな事を考えながら俺が黙っていると、机に軽く寄りかかった秀治が、横から口を挟んできた。
「それはあれだ、今風邪でもないのに女子がマスクするの流行ってるだろ? ネットの生主とかああいうのに影響されてるのかわからないけど」
「あ、わかったそれ生放送中だったんじゃね? いきなり見知らぬ人にタックルして逆ギレ放送、みたいな」
「あっはっは、だったら面白いけど、そんなの需要あるかねえ。なんにしろ朋樹は災難だったね」
工藤がふざけて秀治が笑うと、同様に周りでも笑いが起こる。さっきよりも範囲が広い。
クラス委員でもあり、名実共にともにリーダー的存在である秀治の影響力は大きい。
秀治は高身長でルックスも頭の出来もよく、なにかと世話焼きで気がつけばみんなの中心にいるタイプ。
さらりと横に流した前髪に、たいして目は悪くないのにかけている黒縁のメガネがトレードマークだ。
秀治と俺は中学の時から知り合いで、同じ高校に入ることが決まってから向こうがやたら絡んできて一気に仲良くなった。
今では秀治は俺のことを親友の一人だ、なんて言ってくるが、俺は秀治のことをそんな風には思っていない。
俺とは違い、こいつの交友範囲は異様に広い。上級生下級生問わず、よそのクラスで目立つようなやつとも、たいてい知り合いか友達だ。
そういう類のことは、どいつにも言ってるんだろうな、というのが透けて見える。
けどだから嫌いだとか、非難するってわけでもなく、ただ感心するだけだ。
俺にはそんなマネは到底できそうもない。
本当に頭のいいヤツっていうのは、秀治みたいなヤツのことを言うのだと思う。
隙がなく、抜け目がない。簡単に気を許したらいいように利用されるだけだろう。
とにかくこの工藤と秀治はクラスの中でも目立つ。
今は俺のところに集まっているが、こいつらはそれぞれ自分が中心になる別々のグループを持っている。
わざわざ俺に絡まなくても、話し相手なんていくらでもいるわけだ。
HR前の教室は、結構な騒がしさだ。
二人の会話をよそに、教室内をざっと見回すと、休み前よりも妙に垢抜けているクラスメイトがちらほらいる。
他に目立つのは、真ん中の二列の席を挟んで、対角線上にいる女子グループ。
ふとその中の一人と目が合った。
彼女は俺の視線に気づくやいなや、もともと緩んでいた頬をさらに緩ませて、精一杯の笑顔を送ってくる。
純花だった。一応、まだ俺の彼女の佐々木純花(ささきすみか)だ。
ふわっとしたミディアムショートの髪型は、初めて会った時よりずっと明るい色になっている。
それでも女子の頭髪の基準が甘いということもあって、周りの連中に比べて色の抜け具合はかなり控えめだ。
身長体重、共に平均。パッと見、特筆することはない。
若干肌が白いぐらい。
容姿のよしあしに関しては、俺にはすでに客観的な判断は下せない。
工藤のうさんくさいリサーチによると、純花はクラスでも一、二を争い、学年でも確実に五本の指に入るとか何とか。
しかしあれも疲れないのかね。
あいつの場合、あと一週間もすれば俺に愛想を振りまく必要はなくなるわけだが。
純花とは昨日別れて以来、直接的な接触はない。
おやすみ、おはよう、ぐらいの特に意味のないメッセージをいつもどおり携帯によこしてきただけだ。
付き合いだしてから毎日、律儀に朝、夜とあいさつを送ってくる。
付き合いたての頃はこちらも毎回しっかり返信していたが、最近では返したり返さなかったりで、正直面倒だとすら思い始めた。
たとえ返さなくてもなにも文句は言われないのだから、自然とそうなる。
とにかく、純花は昨日の件には一切触れてこないので、今のあいつがなにを考えているのかさっぱりわからない。
俺は純花に気づかなかったフリをして、すぐに顔の向きを窓側のほうに元に戻す。
その時、かすかに秀治からの視線を感じた。見られたかもしれない。
純花と別れることは事後報告にしたいと思っている。今秀治に感づかれると面倒なことになりそうだからだ。
俺はごまかすように、工藤に向かって言った。
「つうかお前くっせえよ、香水つけすぎだろ」
「いや~、夏休み気分のノリで来ちゃったっていうかさ~。まあイケメンのとも君は、香水なんぞなくてもさぞいい匂いがするんでしょうけど」
「その頭といいホントひでえな。あとさ、その席なに? お前ずっと座ってるけど」
「え? 知らね、これもう朝から置いてあったけど」
俺の隣は工藤の席ではない。クラスの席順は男女交互の並びになっている。
見ると夏休み前は俺の隣だった女子の席が、微妙に一つ前にずれていて、その後ろに机と椅子一式が一つ追加されている。
秀治ならなにか知っているかと思ったが、無言で首を横に振った。
秀治も知らないなんて珍しい。
実は俺のこの一番後ろの席も、少々いわくつきの経緯がある。
初めての席替えは、一学期の中ごろにクラス委員の秀治が提案して行ったものだ。
うさんくさいくじ引きの作成から、席替えの実行まで主に秀治がやった。
その時に、純花ちゃんと隣同士にしてあげようか? などと言われたが、俺はなんとなく断った。
あまり秀治に借りを作りたくなかったというのもあるが、ただの直感だ。それは今となっては正しい選択だったと思う。
純花と席は離れたが、それでも結局「朋樹の席、一番後ろにしといたから」なんて、頼んでもいないのにそんなことを言ってくる。
向こうはこれで一つ貸しだと言わんばかりに。だから俺がこの一番後ろの席に座っているのも、半分操作されたものだ。
この席なんだろうな、なんて話していると、教室の引き戸が開いて、担任の教師が入ってきた。
同時に、クラスメイトたちが徐々に自分の席に戻っていく。
工藤と秀治を目の端で見送った後、前方に目をやると、いつもと少し違う様子に気づいた。
というのは担任と一緒に、一人の見慣れない女子生徒が教壇の近くに立っていた。
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