第24話 ヤクさんと奈緒美の話
そう言えば、暇だった夏休みに、思い切ってヤクさんに電話をしてみた。結婚式の招待状を貰いながら、欠席の連絡をしてそのままになっていたし、奈緒美のこともあったからだ。
驚いたことに彼は、「やあ、ひ、久しぶり」と言ったあと、「おめでとう」と言った。
「はあ? 何がですか?」
「な、な、奈緒美さんに聞いたんだけど、二人に子供がで、できたんだって? ぼ、ぼ、僕はだから、ふ、二人がけ、結婚すると思ってたんだけど」
その言葉を聞いて、一瞬自分の視界が真っ白になった。そのあと、それはあなたの子供ですよと言いそうになって、それを言うのを踏みとどまる。
「ヤ、ヤクさんも結婚するんですよね」
僕も少し、どもり気味になる。
「ちょうどそのとき、海外出張が入っていて、出席できないんですよ。本当にすみません」
するとヤクさんは、淡々と語った。
「そ、そ、そんなことは気にしなくていいよ。ど、どうせ親が強引に進めた、せ、せ、政略結婚みたいなものなんだから」
結婚は彼の両親が無理やり進めたもので、ヤクさんは全く気乗りしないそうだ。しかし両親は諦めず、その強引な押しに負けて仕方なく了承したものだと彼は言った。
「な、な、奈緒美さんもてっちゃんと結婚するだろうし、僕はもう、ど、ど、どうでもよくなってさ。あっ、ご、ごめん。少しは驚いたけど、ふ、ふ、二人のことは心から祝福するよ」
またそっちの話題に戻り、僕の首筋を冷たいものが走る。僕は仕方なく、電話を切ることにした。
「あっ、ヤ、ヤクさん、すみません。キャッチコールが入ったみたいなんで、一旦電話を切ります。またそのうち連絡します」と僕は嘘を言った。
そのすぐあと、今度は奈緒美に電話をした。彼女は冗談で、ハローと英語で応答した。
「ばか、ハローじゃないよ。今ヤクさんと話したけど、彼に、お腹の子が僕の子供だって言ったんだって」
彼女はふふふと笑った。
「ごめんなさい。咄嗟にそう言ってしまったのよ。えっ? まさか彼に、本当のことを言ったんじゃないわよね」
「僕から言えるわけないじゃないか。だけど、彼におめでとうと言われて、僕はどう返事をすればいいかすごく困ったよ。一体どういうこと?」
彼女はますます笑った。意外に元気そうだ。
「だってわたしの気持ちがはっきりしないのに、踏み込んだ話しをするのは彼に失礼でしょう? それに本当のことを言えば、話しがややこしくなるし」
「それにしても、子供の父親を僕にしなくてもいいじゃないか」
「それは本当に謝るわ。なんとなくそう言うのが自然な感じだったのよ」
「自然って、まあ、言ってしまったものは仕方ない。それで体調はどうなの?」
「それはとても順調よ。今からこの子が愛おしくて仕方ないの」
「それで、あなたの両親には説明したの?」
「もちろん妊娠のことは告げたわよ。でも詳しい話しはしてないわ。ただ、結婚しない、子供は産む、シングルマザーになるってことだけ言った」
「それで? 何て言われた?」
「気難しい顔で、相手の男は誰かって聞かれた」
「それはそうだよねえ」そこまで言って、僕ははっとした。「まさか、そこでも僕の名前を出したんじゃないよね」
「言ってないわよ。結婚しないんだから、相手のことを教えても意味ないでしょうって誤魔化した」
「それで?」
「最後は、わたしが決めたことならそれでいいって」
「随分物分りのいい両親だね」
「そんなんじゃないわよ。ねえ、よく考えてみて。娘が孫を産むことは、結婚しようがしまいが同じなのよ。そこに父親となる男がいるかいないかだけの違いでしょう? わたしがどこかに消えるわけではないし、可愛い孫を見ることができるの。世間体さえ考えなければ面倒な婿だっていないし、ハッピーなことじゃない」
確かに言われてみれば、そういった側面もある。
「なんかフィリピン人と話しをしているみたいだなあ」
そのことに彼女は再び笑う。
「リンちゃんとはどうなの? 上手くやってる?」
「まあまあ、それなりに」
彼女はそれについて、ふーんと言った切りだった。
出産予定日は、十二月とのことだった。
僕は「手伝うこともないと思うけど、何かあれば言って欲しい」と告げて、その通話を終了した。
僕はこの意外な展開に戸惑いながらも、大人の彼女が決めたことだと、黙って事の成り行きを見守ることにした。
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