じじのろ

@rairahura

第1話

レグルスのFCハウスの一室

カーテンが閉じ切られ一切外の光が入り込まない部屋

照らすものは机上のライトのみ

その場所でジジー・ジップは先日請け負った仕事に打ち込んでいた

作業場は自宅でも良かったのだが依頼品が運び込まれたのがこちらだったのだ

品物の性質上あまり動かしたくはない

それにこちらであっても仕事をするには十分な設備が整っているため問題はなかった


今回彼女が加工を依頼されたのは非常に脆く少しでも手元が狂えば簡単に砕けてしまうような加工難度の高いことで有名な原石の研磨だった

高名な彫金師であろうとその加工には他の石とは一線を画す集中が求められる代物


その分完成品の美しさは国を傾けると謳われるほどで

かのゲゲルジュの宝物庫にもほんの数点あるかないかというほど貴重な石

エオルゼア広しといえどこの石を加工できるものは片手で数えられるほどしかいなかった


そんな石であっても彼女の手にかかれば他の石と変わらないように見えるほど手早く淀みなく削られていく

一切の失敗を受け付けない石はしかし一点の迷いもなく完璧な角度で幾度も研磨用の砥石にかけられる

ただの石ころのようであった原石は彼女の手の中で次第に形を変え中に隠れていた貴石が露出していく

原石はいつしか美しい色を内包した宝石へと変貌していた

指先で石を転がすと完璧に計算し尽くされて作り出された沢山の細かな面が机の明かりを受けて光り輝く

既に素人どころか専門家であっても文句の付け所を見つけることができないほどの逸品であったが彼女の研ぎ澄まされた感覚は石にまだわずかな歪みがあることを見逃さなかった


微細な歪みを正すために輝く石を再度砥石にあてがう

もはや目視では確認できない小さな小さな歪みは指先の感覚と研磨される石が出す音を頼りにあるべき形へと整えられていく

砥石にあてて削り指先で確認しまた削る

作業が始まってからどれだけの時間が経ったのか

ついに研磨を終えられた石は桶に張られた水につけられ細かな削りかすが払われる

机の上の明かりにその石をかざすと先ほどよりも一層美しく華やかに輝いた


問題なさそうだ

一仕事終えたことを感じた彼女は完成したばかりの宝石を乾燥用の棚に置くと満足そうにゆっくりと息を吐き立ち上がる

余計な光が入らないように締め切られていた重いカーテンを開けると外から明るい朝の日差しが差し込み

急に強い光にさらされた彼女は目を細める

作業を開始するためにカーテンを閉じたときはもう少し日が高かったような気がする

つまりほぼ丸一日部屋に閉じこもって作業に集中していたということになる

時間の経過を把握すると急に空腹感を覚える

何かか簡単なものでもあっただろうかと彼女はそのまま部屋を後にする


こんな貴重な石を棚に置きっぱなしにするなど本来であれば幾人もの警護を付けなければならないほどの品に対してあまりにも不用心な扱いにも見えたがそのようなものはここに必要ないことを彼女はよく理解していた


少し経った後彼女の姿は台所にあった

先ほどまで貴重な石を転がしていた彼女の手は包丁を握っている

まないたの上で瑞々しい色のラノシアレタスやトマトやゆで卵がスライスされていく

隣のフライパンの中では厚く切られたベーコンが音を立てて跳ねる皿の上にはふわふわの白いパン大きいものがひとつと小さいものがひとつ鎮座しており具が挟まれるのを待っている


窓の外から差し込むのは春の柔らかい日差し

今日は快晴だ


こんなに天気が良い日は庭のテラスで食事を摂るのも良いかもしれない

楽しそうに鼻歌を歌いながらジジーはてきばきとサンドイッチを作っていった


焼けるベーコンの臭いにつられたのからてまるが台所に顔を出した

食堂と台所を繋ぐ窓かららてまるの頭がひよっこりと生えている

時に何を言うわけでもないけれどその目は目分とフライパンの中のベーコンを行き来している


言葉にしなくてもここまでわかりやすいものなのかとつい笑いをこぼすとジジーはらてまるに言う

「ふふ ほらロ開けて?」

ジジーはフライパンの中のベーコンを少し切ると素直に従ったらてまるの口の中に放り込む


焼きたてのベーコンをゆっくりと味わったらてまるは普段よりも少し弾んだ声で「ありがとう!」

と言った


言ってからハッとした顔でこちらを見上げてきた

「なにかお手伝いとか…」

なるほどベーコンのお礼がしたいということだった


しかし自分用ともう一人のためのサンドイッチはほぼ完成しており洗い物も途中で終わらせてしまった

仕事の方も特に手伝ってもらうことはない

さて何か手伝ってもらうことがあっただろうか

暫く考えると

そういえば今日は天気が良かったことを思い出す

「あ それじゃあひとつお願いしていい?」

らてまるはこくりと領いた


自分用のサンドイッチともうひとつ少し大きめのサンドイッチをバスケットに入れるとジジーは庭に出た

朝の日差しが優しく降り注いでいる


リオンがいろいろと用立ててくれた庭には最近テラスが設えられた

上を植物が覆って東屋になっているテラスには小さな椅子と机が置かれていて時折そこで時間を過ごす者を見かける

今日は自分の特等席になってもらおう


椅子に腰かけるとバスケットからサンドイッチを取り出し短い祈りの言葉を唱えてから朝食を始めた


柔らかいパンとシャキシャキとした歯ごたえの野菜

卵そしてベーコン


自分の作ったものながらこれは美味しいとひとくちひとくち味わいながらゆっくりとした静かな時間を過ごす


実をいうとこの日外で食事をしようと考えたのはただ天気が良かったからというだけではない

もちろんそれも理由の一つではあったが


期待していた気配を感じたジジーがFCハウスの入口の方を見ると

暫く蛮神の討伐に向かって留守にしていた彼女の姿がそこにあった


なんとなく今日のような気がしていたのだ

前から時折予感めいたものを感じることがあった

そしてそれは特にモアノに関しては非常に正確に反応した


モアノも同じなのか自分の気配をよく察する

例えば今日なんて自分が自宅ではなくこちらにいることを伝えてはいなかった

それでも彼女はこちらに来たのだった

自宅に誰かが訪れれば自分に連絡が届くようになっているがそういったことはなかったのでおそらく真っ直ぐに


ジジーの丸い目とモアノの切れ長の目が合う

どちらも言葉を発さない

多くの言葉を伝えることはないしその必要はないことをお互いに理解していた

モアノはジジーを見つけると殺気立った雰囲気を和らげゆっくりと歩いてきた


ジジーはバスケットに入れていたもうひとつの大きい方のサンドイッチを取り出すとモアノに差し出す


モアノは手甲を外して庭の噴水で手の汚れを落とすとサンドイッチを受け取った

そしてその場で座って食べだそうとする

これに関してはまだ伝えないといけないことの一つだった


「椅子に座って食べてね」

ジジーがそう言うとモアノは素直に従い椅子に座るとサンドイッチにかぶりつく


自分が心を込めて作ったものが勢いよく食べられる様をジジーはにこにこしながら鉄めていた

いちいち感想を述べることはないがその様子を見ればどう思ってくれているかなど一目瞭然だった

あっという間にサンドイッチを平らげたモアノは手甲を嵌め武器を取る

そしておもむろに庭に建てられている木人を殴り出した


戦場を離れてなお戦いをやめようとしないのはいつものこと

技を放つ相手が生き物か木人かただそれだけの違いのようだ

彼女自身がそう言ったわけではないけれど

何にせよ常に技を磨き極めようとするのは良いことだと思う


モアノのいつもの姿を眺めながらジジーはそう考え食事を続けた


ジジーがゆっくり朝食を楽しんでいるとらてまるがFCハウスから出てきた

その腕には洗い立ての洗濯物が山ほど入った寵が抱えられている


レグルスのFCハウスで過ごす者は多いそのため洗濯物の量も必然的に多くなる

基本的には誰かが率先してやっているが今日はまだ誰も洗濯していなかったようだったのでらてまるに頼んだのだった

一般的な家庭ではまだ手洗いが主流だがここにはウォータークリスタルとウィンドクリスタルが組み合わさって作られた洗濯機が置かれている

金属のパーツが付いているものなどは洗えないが布でできた普段着やシーツを洗うにはもってこい


らてまるは見た目に見合わず力があるので大量の洗濯物を抱えても一切ふらつかずに干し場へと向かっていく


自分の食事は終わったしとジジーも干し場へ向かっていった

「ありがとね千すのは私がやるよ」

そうらてまるに声をかけると色素の薄い目がこちらを見る


少しの間考え込んでかららてまるは申し訳なさそうにジジーの申し出を受けた

真っ白なシーッを広げて干場の竿にかける

ララフェル用のものはともかくエレゼンやルガディンのものとなるといちいち脚立に登る必要がある大仕事だ

使う人が気持ちよく眠れるようにと丁寧に皺を伸ばして干す


干された洗濯物は風に煽られてふわりと翻る

確かに手間ではあるがこの作業は嫌いではなかった

なんだか庭の方が騒がしいふとそちらを見るといつの間にかモアノは木人ではなく人を殴っていた


如何にも怪しい盗人といった風体の男

おそらく自分が受けた仕事のことを嘆ぎ付けて盗もうとしたのだろう

こんな昼日中に忍び込もうなんて大胆なんだか考えがないのか


まあいつであろうとこのレグルスのFCハウスに忍び込むなんて到底無理な話

今回はモアノだったが他にもレグルスには数々の戦いを潜り抜けてきた猛者が多く在籍している

だからそれなりに人が集まっている今日は室内に適当に物を置こうが盗まれる心配はなかったのだった


とはいえもう少し仕事を受けるときは知られないように気を付けた方がいいかもなぁ


そうジジーが考えている間にも盗人は哀れなほどぼこぼこにされている

神をも屠るモアノの腕があってなおその男は死んではいなさそうなので流石に手加減はしているようだけどいくらなんでも過剰防衛が心配になってくる

「ほどほどにねー!」

思考をいったん打ち切ってそうモアノに声をかけると洗濯物を干す作業に戻った



慌てて出てきたリオンがぼろぼろの盗人を回収してしかるべきところへ連絡するところを見届ける

モアノはまた木人を殴り始めた

まだ満足するには至っていないようだ

ジジーは最後の洗濯物を干し終わると空になった籠を抱えまた東屋に戻った


雲も少ない素晴らしく晴れた日

風が優しく髪を揺らす

こんなにいい天気なんだから洗濯物はすぐに乾くだろう

取り入れる時はモアノにも手伝ってもらおうかな

テラスの床に座り込んで暫くまたモアノを眺めているとどうやら気が済んだようでこっちに歩いてきた


武器を置き鎧やごつごつしたアクセサリーを外して軽装になったモアノは座り込んでジジーに寄りかかるとそのまま全身の力を抜く

自分のそばで完全に安心しきってくれている様子を見て

ジジーは笑みをこぼすと戦場の土埃で傷んだ彼女の髪を撫でる

服にこびりついて乾いた血ではない鮮血の匂いがすることに気づいて覗き込むと

肩口にまだ深い傷が残っているのを見つけた

ろくに治療も受けずに戦いが終わったらすぐに帰ってきたのだろう

鎧で隠されていた服の布は赤く染まっていた


ジジーはモアノを起こさないように小さな声で癒しの言葉をロにし傷口に手をかざす

暖かく優しい光が傷を覆うと先ほどまであった傷は少しの跡も残さずに消えていた

同じ調子で見える範囲の傷を癒していく

モアノの顔を覗き込むと落ち着いたのかいつの間にやら寝入っている


汚れてしまってるしお風呂に入らせないといけないんだけど

この様子ではまだまだ起きることはないだろう寄りかかられた状態のジジーは考える

彼女が起きるまでは動けないなぁ

仕事も終わってるし

洗濯物は干し終わったし

なら私も寝ちゃおうかな


こんなに天気も良いんだし


そう決めるとジジーもモアノに頭を預けて目を閉じる

目を閉じると急に仕事の疲れが襲ってきて体が重くなる

これはすぐに寝入ってしまいそうだ

「おやすみなさい」

熟睡しているモアノには聞こえないことを承知でジジーは小さな声で呟く


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