ホームステイのお願い

「……人間よ。どこから入ってきた?」


「初めまして、魔王様。もちろん入り口からですわ」


 手入れの行き届いた謁見室の最奥で、豪奢な玉座に座る魔王に、私は折り目正しくお辞儀してから笑みを浮かべる。

 

 魔王というから、もっと醜悪な姿を想像していたのだけど……。


 肩まで伸びた淡い紫色の髪に、浅黒い肌、そして煮詰めたような濃い金色の瞳。

 立派な2本の角が魔族であることを象徴しているが、一言でいうと美形だった。


「フッ、嘘をつくならもう少しマシな嘘をつくのだな。門番のアークデーモンのレベルは80だぞ。あやつ1人で人間の街を軽々と蹂躙じゅうりんできる力を持っているのだ。小娘2人と老いぼれ1人で敵うはずがなかろう」


 ああ、そういえばステータスに表示されていたなと思い出す。

 私にはまったく効かなかったけど、あの魔法を連発されたら普通の人間なら脅威に思うかもしれない。


「それに、だ。貴様らが仮に門を通って入ってきたとしよう。この謁見の間までは我が配下たちがいたはず。奴らのレベルはアークデーモンよりも高い。我が城を守る最高レベルの魔族たちだ。誰にも気づかれずここまで辿り着けるはずがない」


「ええ。当然お会いしています。事情を説明して丁寧にお願いしたら、皆さん快く通してくださいましたわ」


 嘘はついていない。

 門番をしていたアークデーモンといい、他の魔族といい、実際に手合わせしないと実力差が分からないのかしら。


「戯言を……まあよい。魔王の前に立つということがどういうことか、その身を持って味わうがいい」


 魔王は玉座から立ち上がり、歪んだ笑みを浮かべた次の瞬間、姿が消えた。

 実際は常人では捉えきれないほどの速さで動いているだけなのだけど。


 私は魔王の剣を悠々と素手で受け止める。

 私は常人という枠からは外れた存在なので、魔王の動きもバッチリ見えているのだ。


「なっ!?」


 魔王が目を見開く。


「へえ、なかなか良い剣を持っていらっしゃるのね」


 漆黒の長剣。

 大量の魔力が込められているみたい。


「素手で我が剣を受け止めるだと……もしかして、真の勇者か!!」


「ふふ、私が勇者? 冗談にしては面白いことをおっしゃいますのね」


 私は地面を蹴ると軽やかに後ろへ飛んで、距離を取る。


「冗談だと……何を言っている? 勇者ではないのなら何だと言うのだ!」


「ただの美少女ですわ」


「ええい、笑いながら嘘をつくな!」


 嘘をつくなと言われても、勇者ではないのだから仕方ないではないか。

 私は、善人よしとを追って異世界にやってきただけなのだ。


「本当でございます。私たちはただ、魔王様にお願いがあってやってきたのです」


「お願い……だと?」


 魔王は漆黒の剣をこちらに向けたまま眉をひそめる。


「はい。魔王城を間借りさせていただけないでしょうか?」


「……は?」


「ですから、魔王城を間借りさせていただけないか、と言ったのです。もちろん、代金はお支払いいたします。お金でもアイテムでもなんでもお望みのものをご用意いたしますわ。あ、ただし、勇者を殺せというお願いだけはお受けできませんけど」


 善人を安全に見守る場所を提供してもらう以上、タダでというわけにはいかない。

 対価を支払うのは当然のことだ。

 

「……我が城に住まわせろ、だと?」


「ええ。私たちがいれば便利ですよ。魔王様が抱えていらっしゃる悩みも解決できるかもしれませんし」


「……何故それを貴様が知っている?」


 私は何も答えず、ただ笑みだけ浮かべる。


 魔王の中には私たちへの敵意とは別の――何か悩んでいるような感情があった。

 もしやと思って提案してみたのだ。


「少し……考えさせろ」


「少しといわず、じっくりお考えください。悪いようにはいたしません」


 ふふふ、迷ってる迷ってる。

 もしかしたら攻撃を再開してくるかもと思ったんだけど、配下の魔族よりは柔軟な頭をもっているみたい。

 さすが魔王ということかしら。


 数分ほど時間が経ったところで、魔王が口を開いた。


「……貴様たちの滞在を許してやってもいい」


「まあ! 本当ですか?」


「ああ。貴様は我が剣を素手で易々と受け止めるような化け物だ。そんな相手と最後までやり合えば、我も無事ではすまぬだろう。それに……貴様はまだ力を隠しているようだしな」


「あら、化け物とは心外ですわ」


 私は別に魔王を倒す気などない。

 それは勇者である善人の役目だ。

 ここで魔王を倒してしまったらつまらないでしょう?


 どうしてもダメだと拒否されたら、魔王を含めた魔王城にいる全ての魔族から私たちに会った記憶を消して、別の場所を探すつもりだった。


「ふん、貴様に比べれば今までやってきた勇者など、全て名ばかりの偽者よ」


「……今までにも勇者がこちらに?」


「ああ。とは言っても中まで入ってきた者はいないがな。忌々しい女神どもが、異世界から召喚した人間を勇者と称して何度も送り込んでくるのだ。我の前までやってきたのは貴様が初めてだが」


「へえ……」


 善人の前にもいたのね。

 そして、今のところ誰もが魔王討伐に失敗している。

 レベル上げが十分でないのか、それとも他に原因があるのか。

 

 きっちり調べる必要があるわね。

 

 それと、聞き捨てならない言葉があったような気がしたのだけれど。

 確か――女神、だったかしら。


 この言葉が意味するところ。


 つまり、アシュタルテ以外にもベルガストを管理する女神がいると考えるべきだ。

 となると、善人以外にもこの世界に勇者として召喚された人間がいる可能性も考慮しなくてはいけない。


 勇者が善人1人しかいないのであれば、話は簡単だ。

 善人をサポートすることだけに注力すればいいのだから。

 だけど、他にも勇者がいるのなら話は変わってくる。


 善人は根が優しくて真面目な子だから、手を取り合って協力しようとするかもしれないけれど、他の勇者がそうとは限らない。


 善人のような人間は非常に珍しいのだ。


「……それで、貴様らが我が城に住むための条件だが」


「ええ。何なりとおっしゃってください」


「我が弟を助けてもらいたい。それが条件だ」

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