陰に潜むならやっぱりここしかないでしょう
「あら? 思っていたより綺麗ね」
そびえ立つ白亜の巨城を目にした私は思わず呟いていた。
「お嬢様、ここがベルガストなのですか?」
私の後ろに控えているセバスが口を開く。
「アシュタルテという女神が私を騙していなければ、ね」
目の前の建造物は地球には存在しない鉱物でできているようだし、中からは大きな魔力を感じるからここが異世界なのは間違いない。
私がアシュタルテに送ってほしいとお願いした場所、それは魔王城だ。
私は
善人の前で転生者としての力を使ったことは一度もないのだから。
善人に気づかれずに、彼の成長を見守るのに最適な場所はどこか。
魔王城しかない。
勇者として善人が目指す最終目的地。
ここなら安心して善人を見守ることができるはずだ。
問題は、中にいる人物が素直に間借りさせてくれるかどうかだけど。
「人間よ、ここが魔王城と知っているのか?」
唐突に話しかけてきたのは牛のような顔にコウモリのような羽を生やした、紫色の魔物だ。
体長は5メートルくらい。
巨大なツノと鉤のついた長い尻尾が威圧感を与えている。
ええっと、ステータスは……なるほど、種族はアークデーモンって言うのね。
三つ叉の槍を持って立つ巨体の後ろには、魔王城の城門が見える。
どうやら門番のようだ。
「もちろんですわ」
私は微笑みながら頷く。
「そうか。ならば――死ね」
アークデーモンは槍を持ち上げ、頭上から振り下ろす。
いきなり問答無用で攻撃してくるのって、どうかと思うの。
「魔王様にお目通りしたいのですけど、通していただけませんか?」
ひらりと槍をかわしつつ、お願いする。
「人間の分際で俺の槍を避けるとは。ならばこれでどうだ!」
アークデーモンが呪文を唱えた。
アークデーモンの正面に魔法陣が浮かび上がり、そこに魔力が集中する。
極限まで溜められた魔力が一気に爆発するように、燃え盛る炎の塊が私目掛けて飛んできた。
そこそこ威力がありそうだ。
しかし、炎の塊は私に触れた瞬間に消え去った。
「なっ!? なん……だと……!?」
アークデーモンの感情は、魔法が消されたことで困惑の色が濃くなっている。
残念だけど、私に害を及ぼす魔法は効かない。
なぜなら私は『マジックキャンセル』の能力を持っている。
魔法が発動する前に相手に触れる、もしくは魔法が発動しても私に触れた瞬間に打ち消されてしまうのだ。
「あなた方と敵対するつもりはないのです」
私自身は、という但し書きがつくけれど。
「ふ、ふざけるなあああッ!!」
アークデーモンは先ほどと同じ魔法を連発してくるが、私には効かない。
うーん、まともに取り合ってくれる状態じゃないわね。
どうしようかしら。
そんなことを考えていたら、セバスが私の横を通り過ぎ、アークデーモン目掛けて駆け出していた。
一瞬で間合いを詰める。
この距離で魔法を使えばアークデーモンもただでは済まない。
「うがあああああァッ!!」
アークデーモンは槍を振り回すが、セバスには当たらない。
涼しい顔で淡々と避けている。
風圧が私の方まで届くくらいだから、力も早さも十分あるんだとは思う。
でも、どんなに威力がある攻撃も当たらなければ意味はないのだ。
セバスはアークデーモンの攻撃が途切れたところで間合いを外した。
「何故だ! 何故俺の攻撃が当たらん!」
「あなたの動きは単調過ぎます。そんなに力んでいては避けてくださいと言っているようなものですよ」
「ジジイがあああああぁぁ!!」
アークデーモンの、渾身の薙ぎ払うような一撃がセバスに襲い掛かる。
セバスはトンっと地面を蹴ると、軽くジャンプで飛び越えて槍の先端部分に優雅に着地した。
そのまま柄の部分を走ってアークデーモンに近づくと、胸目掛けて掌底打ちをお見舞いした。
「ガッ!?」
アークデーモンは仰向けに倒れこんだ。
セバスの掌底打ちは内部に浸透するからね。
しかも狙った場所は心臓部分だから、効果的だ。
セバスは倒れこんだアークデーモンの耳元で
「手荒なことをして申し訳ございません。こうでもしないと話を聞いていただけないと思ったもので。どうでしょう、このまま我々を通していただけませんか?」
さすがセバス、手際がいい。
アークデーモンの中で渦巻いていた怒りの感情が薄れていく。
上体を起こすと、槍を地面に突き刺した。
「クッ……さっさと行け」
アークデーモンはそれだけ告げると、顔を背けてしまった。
人間に負けて悔しいのかもしれないけど、私たちは普通の人間じゃないから落ち込まないでいいのよ?
って、慰めたらプライドを傷つけてしまうんだろうか?
うん、通っていいって言ってくれたんだし、さっさと中に入ってしまおう。
「セバス、ありがとう」
「いえ、お嬢様のためならばこれしきのこと、なんでもありません」
ああ、アークデーモンが項垂れちゃった。
私たちは打ちひしがれるアークデーモンの横をすり抜けると、振り返ることなく、城門を開けて中へ入っていった。
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