第一女神発見

 ……さて、これはどういうことだろう。


 私は善人よしとの反応があった場所に転移してきたはずだ。


 今世で転移魔法を使ったのは初めてだったけど、ちゃんと魔力は発動したし、こうして先ほどまでとは違う場所にいるのだから成功しているはずなのだけど……。


 私の目の前には善人ではなく、純白ドレスを着た美しい青髪の女性が立っていた。

 非常に整った顔立ちをしていて、清楚な印象を受ける。

 

 私は周囲に目を向けた。


 辺り一面真っ白な空間で、目の前の女性以外には誰もいない。

 そう、肝心の善人がいないのだ。


 そこでようやく私は気付く。

 女性が私の顔をジッと見つめたまま固まっていることに。


 当然だ。

 いきなり何もない場所から人が現れて、戸惑わない者などいるはずがない。


 あら、この人……だったら。

 初対面の相手には最初の挨拶でほぼ印象が決まる。

 私は柔和な笑みを浮かべつつ、女性に話しかけた。


「初めまして。私は二階堂エリカと申します。地球という星にある日本からやってきました。ここに私の幼馴染の一ノ瀬善人がいたはずなんですけど、どこに行ったか知りませんか、


「え!? な、何故私が女神だと分かったんですか?」


「え? だって貴女の称号欄に『女神』と表示されていますから」


 私が持っている能力の1つに、ステータスを可視化するものがある。

 相手の強さや特技、称号なんかも一発で分かってしまう優れものだ。


「しょ、称号欄? 表示……? いったいどこに……」


 女神様は自分の体や周囲を見ているが、もちろん見えるはずがない。

 

 すると、女神様は一歩後ずさって疑うような視線を向けてきた。

 現在の感情は怖れや困惑の色が強い。


「貴女……」


「エリカ、とお呼びください」


 怖くないですよとアピールするために、もう一度にっこり微笑みかける。

 それが功を奏したのか、彼女はしばしの間を置いた後、ため息を吐いてから口を開いた。

 

「……エリカさん。私はアシュタルテ。貴女の仰る通り、確かに私は女神です」


 女神アシュタルテ。

 これまで転生した記憶の中では聞いたことがない名前だ。


「そして、私が召喚した一ノ瀬善人さんも先ほどまでこちらにいました」


 召喚したと確かに言った。

 やはり、善人はここにいたのだ。


「ですが、私が召喚したのは善人さんだけのはずです。エリカさんとそちらのお2人はどうやってここに来たのですか?」


「どうやって? もちろん、転移魔法を使ってですけど」


「!! ありえません!? 善人さんと同じ地球の方であれば、そのような魔法を使えるはずは……」


「でも、現にここにいますよね?」


「そ、それはそうですけど……エリカさん、貴女はいったい何者なんですか……?」


 何者ですか、と言われても返事に困ってしまう。

 前世の記憶と能力をどれだけ持っていようと、私は私だ。

 それ以外の何者でもない。

 

 確かに他の人たちよりも特殊な力を持っている。

 だけど、初対面の相手に自分のことをすべて話すほどお人好しではない。


 それに、アシュタルテは善人を召喚した張本人だ。


 って、あれ? 

 そう考えたら、女神だからといって別に敬意をもって接する必要なんてないのでは?

 私のお気に入りを勝手に召喚した相手なんだし。

 ええ、それがいいわ。


「私のことなどどうでもよいではないですか。それよりも、善人はどこですか?」


 そんなわけで私はアシュタルテの質問には答えず、質問で返すことにした。

 私のことよりも善人がどこにいるかの方がよほど重要だもの。


「どうでもいいって言われても……」


「私は善人の居場所さえ分かればよいのです。そうしたら直ぐにここを出ていきますから。教えてくださいますよね?」


 教えてくれないのであればずっと居座りますよ、と暗に脅しをかける。

 ほんのちょっぴり威嚇を込めた魔力を乗せて。


 すると、アシュタルテは顔を青ざめる。


 あら? 抑えたつもりだったのだけど。

 加減が難しいわね。


「も、申し訳ありません。彼はベルガストという異世界にいます」


「ベルガスト?」


「そうです。私はベルガストを任された女神の1人。善人さんを召喚したのは、ベルガストに存在する魔王を討伐する勇者になっていただくためなのです」


 勇者という言葉に私は反応する。

 善人なら二つ返事で承諾しただろう。

 彼は「みんなを守れる存在」を目指しているのだから。


 ただ、私には気になることがあった。


「魔王がどれほどの強さかは知りませんが、善人は特別な力など持っていませんよ」


「その点は問題ありません。善人さんには私の加護を与えています」


「アシュタルテ様の加護、ですか?」


「ええ。ベルガストにはレベルというものが存在します。魔物を倒すことで経験値を得ることができます。経験値が一定を超えると、レベルが上がりステータスが上昇するのです」


 レベル、ね。

 まるでゲームのような世界だ。


「私の加護を受けた善人さんは、獲得経験値3倍と属性耐性を持っています。それに私が送った場所はベルガストの中でも弱い魔物ばかりが生息する国ですし、国王にも勇者であることを伝えていますから、様々なサポートをしてくれるはずです」


 属性耐性なら私も持っているけれど……でも、レベルが上がりやすいのはいいわね。

 弱い魔物で戦い方に慣れていくうちにレベルも上がるでしょうし。

 それに私自身、ちょっと面白そうだと思ってしまっている。


 善人を連れて帰るのは簡単だけど、それではつまらない。

 どうせなら彼が立派な勇者になるまで見守るほうが、刺激的で面白いはずだ。


「お話はよく分かりました。アシュタルテ様に一つお願いがあるのですけど」


「な、なんでしょう」


 アシュタルテは顔を引きつらせながら一歩後ずさる。

 そんなに警戒しなくてもいいと思うんだけど。


「私たちもベルガストへ送っていただけないでしょうか?」


「エリカさんたちも、ですか? ですが、貴女は転移魔法を使えるのでは?」


「善人がいる場所でしたら私の転移魔法でも可能です。でも、私が行きたい場所は別の場所なんです」


 転移魔法を使って、善人を追うことは可能だ。

 でも、それだと私が追いかけてきたことがバレてしまう。


 最初は連れ戻すだけのつもりだったからバレても構わなかった。

 しかし、今は違う。


 善人に気づかれず、彼の成長を眺めていたいのだ。

 そして、私は絶対に気づかれない場所に目星が付いている。


 私はスッとアシュタルテに近づくと、彼女の耳元で小さく囁いた。

 すると、アシュタルテは素っ頓狂な声を上げた。


「……は? しょ、正気ですか!?」


「ええ、お願いできませんか」


 胸の前で指を組んでお祈りポーズをする。

 私はどうしてもそこに行きたいのだ。


 ジーっとアシュタルテの瞳を見続けること十数秒。

 彼女は深くため息を吐いた。

 

「分かりました……送るのは構いません。ですが、危ないと思ったら直ぐに逃げてくださいね」


「ええ、分かっています」


 危なくなるようなことがあれば、ね。


 アシュタルテが呪文を唱えると、私たちの体が光に包まれる。

 善人の時と同じ光だ。


 ふふ、待っててね善人。


 こうして私たちは善人がいるという異世界、ベルガストに送られた。

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