呪いを解くのは王子様だといつから錯覚していた?

 案内されたのは魔王の弟がいるという寝室だった。


「こちらで眠っているのが弟さんですの?」


「……そうだ」


 ベッドへと視線を移すと、静かに眠る少年の姿があった。

 金髪で肌は色白く、年齢は9歳くらいだろうか。

 頭から生えている小さな角が、この子が魔族であることを証明しているが、角がなければ人間と見分けがつかない。


「兄弟という割に、まったく似ていらっしゃらないのですね」


 思ったことを素直に口にする。

 すると、魔王は顔をしかめた。


「我と弟は母親が違う。我は両親とも魔族だが、弟は母親が……人間なのだ」


「魔族と人間の混血ですか」


「魔族の肌は我のように浅黒いのが特徴だ。だが、弟は我と似ても似つかん色をしている。きっと母親に似たのだろうな」


 そう言いながら、魔王は弟の髪を優しく撫でる。

 心なしか表情も柔らかく見えた。

 

「それで、弟さんを助けて欲しいとのことですが、どう助ければよろしいのでしょう? 見たところ、異常があるようには見えないのですが」


 寝顔は穏やかだし、健康状態も悪いようには見えない。


 しかし、魔王は首を左右に振る。


「……今のこの状態が異常なのだ」


「と仰いますと?」


「貴様にはただ眠っているように見えるかもしれん。だが実際は違う。弟が眠りについてから既に5年が経っているのだ。その間、食事は一切していない」


「食事も摂らず5年……ですか。それは妙ですね」


 眠るのにもカロリーを消費する。

 飲まず食わずでも数日くらいなら問題ないだろうが、5年は異常だ。

 頬はぷにぷにとしているし、髪もハリと艶がある、それにこの姿は……。


 あら?

 先ほどは気付かなかったけれど、この子――何かおかしい。


 もう一度、魔王の弟をよく


 やはりそうだ。


「魔王様。弟さんが眠っていらっしゃる間に髪を切ったりは?」


「一度も切っておらん。この5年、髪はまったく伸びていない」


「髪だけではないのでしょう?」


「……なぜ分かった?」


 私は微笑むと言葉を続けた。

 

「私は、相手のステータスを視ることができるのです」

「ステータス?」

「はい、相手がどのような能力や称号を持っているのか、レベルがいくつあるのか、など一目で分かるのです。それは状態も含まれます。弟さんの状態を一言で表すと『停滞』です。5年前から成長していないのではないですか?」


 魔王の弟は眠っているように見えるが、実際は違う。

 眠っているのであれば必ず起こるであろう、寝息が全くない。

 全てが停止した状態――この子には停滞の魔法が掛けられているのだ。

 

 万物の時間を停止する大魔法。

 

 人が扱えるような魔法ではないはずなのだけれど。


「……貴様の言う通りだ。我にできることは全て試してみたが、どれも失敗に終わった。もはや打つ手がないのだ。どうだ、貴様に弟が救えるか?」


「ええ、お任せください」


「……なんだと」


「ですから、お任せくださいと言いました。恐らくですが、直ぐに目を覚まされると思います」


 時間を止めたからなんだというの?


 どんな強力な魔法だろうと、魔法である限り私の前では意味をなさない。

 私は魔王の弟に近づき、彼の額に優しく触れた。


 ――パキィィン!


 触れた瞬間、何かが砕け散るような音がした。

 止まっていた時が動き出す。


「う……う、うん……」


 魔王の弟が声を漏らした。


「ば、馬鹿な……!? 今まで何をしても反応がなかったのだぞ! それが触れただけで……信じられん」


 私の『マジックキャンセル』は、自分以外に効果を及ぼしている魔法も任意で打ち消すことができる。

 魔法に対して絶対的な力をもつ能力なのだ。


 まぶたがぴくぴく動いたかと思うと、ゆっくりと目を開けた。

 綺麗な碧眼だ。


「あれ? おねーちゃん、だあれ?」


 くりっとした瞳をこちらに向けている。


 あらやだ、可愛い。


 私はそっと膝を折って顔を近づける。


「私はエリカよ。よろしくね。貴方のお名前は?」


「ぼく? ぼくはカイル」


「そう。体の調子はどうかしら? どこか痛いところはない?」


「ううん、どこも痛くないよ」


 魔法の効果がなくなったことによる反動もないみたいで、ホッとした。


「カイル! よかった、本当によかった……」


 魔王がカイルに抱きついて喜んでいる。


「おにいちゃん、痛いよ」


「もう目を覚まさないのかと思ったぞ……」


「なんのこと?」


 魔王の言葉が不思議なようで、カイルはぽかんとした顔をしている。

 その表情がとっても愛くるしい。


「ふふ、何でもない、何でもないのだ」


 魔王はカイルの頭を優しく撫でると、私の方へ振り返った。


「……エリカ、と言ったな。礼を言う。お前のおかげでカイルが目を覚ました」


「お役に立てたのでしたら嬉しいですわ」


 要求されたのが魔法に関係することでよかった。

 

 別のことでも叶える自信はあったけど、場合によっては時間がかかったかもしれない。


「それで、魔王様。お約束の件ですが」


「……レボルだ」


「は?」


「我の名だ。お前には特別に名を呼ぶことを許す」


 そう言うと、私の「お約束の件」に答えないまま、魔王――レボルはカイルを抱きかかえて、入ってきた時とは別の扉を開けた。

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