第陸章  妖狐の花嫁が破滅した日・承

 回想シーンです。


 麻衣那が義妹との悪縁を切る話なので、【柳生武藝帖】絡みの話ではありません。


 一応、脇役の新キャラが登場しています。


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 宴会場は意外にも落ち着いていた。


【宴】の参加者に【警察庁】の【上級官僚】たちや【夜狩省】の【省長】とそのボディガードをする【英雄級ハンター】そして【鬼道衆】の【首席・裏高野】の【大僧正】と【次席・影比叡】の【大僧正】がいたことが大きい。


 影連かげつらは玲鵺を彼の両親に「首輪を付けて大人しくさせておけ」と言って押し付けると、はじめを連れて【夜狩省】の【省長】楠木将成くすのきまさなりに近付いて行く。


 こちらに近付いて来る気配に気づいた伊勢臣いせおみは、相手を確認する。1人は【風魔】の【先代頭領】だった朔だが、連れの男に見覚えがないが【陵家】の者に共通する顔立ちから朔の親戚だろうか、と推測する。


 臣の父親は【初代日本国王】伊勢龍雲いせりゅううんである。龍雲は【風魔】の【主家・北条家】の【傍流】になるので、【風魔】との関わりが深い。臣も【風魔】から類稀な【鬼道】の才能を見出した篁洸たかむらあきらを引き抜いたので【風魔】とはよしみの間柄だ。


 知り合いだが、臣はあえて声をかけなかった。ここには【夜狩省】の【省長】が同席しているので【忍ギルド風魔】としては、まず将成に挨拶をするのが筋だからだ。


 将成に声をかけたのは朔ではなく連れの男のほうだった。年齢は臣より上に見える。30代後半から40才に届くかどうかぐらいだ。オトナの色気というよりオトコの色気がある美丈夫だ。どことなく洸の父親のりょうに顔が似ている。だが臣の知らない人物だ。朔は【先代頭領】なので、彼より立場が同列か上となると【三元帥】か【総帥】【副総帥】だが、【総帥】は朔の祖父で【副総帥】は【総帥】の実弟なのでだ。【三元帥】は2人は朔と同じ年齢の朔の弟と従兄弟で年上は比勇だが、彼は臣と同期のゴリラ巨漢なので容姿が全く違う。現在の【頭領】と【副頭領】は年齢は朔より上だが、立場は【先代】と頭に付く朔のほうが格上になる。【副頭領】のがいは臣と同期だし【頭領】のたまきは2つ下の後輩だ。こうしてみると、【風魔】の【上忍】は、ほとんど臣の友人知人、顔見知りの人物だ。


 臣の疑問をよそに、将成が朔の連れの男の顔を見るなり腰の低い姿勢になった。


 将成「【風魔】の【総帥】殿に【先代】殿!参加しておられたか。そうとは知らず礼儀を欠いてしまった」


 申し訳ない、と謝罪している。【夜狩省】のトップが謝罪する姿はレアなので、けっこう見ものなのだがそれを吹き飛ばす単語が飛び出していた。


 臣「【総帥】殿だと!………あの方はご高齢のはずだぞ!」


 驚きのあまり、挨拶もせずに臣は言いがかりをする。


 影連「若よ、立派になられたのは図体だけかのう」


 臣は、見知らぬ男の口から聞き慣れた口調を聞いて本人なのかとつぶやいた。


 黙って成り行きを見ていた【鬼道衆・次席】の【影比叡】の【大僧正】里見匡さとみたすくは、臣の慌てふためく姿は超プレミアムだなと言ってニヤニヤしている。


 臣「【総帥】殿、そのお姿は【忍術】でしょうか?」


【忍】の【術】に【けい(体内チャクラ)】を活性化させて若返らせるものがあるので、そういう認識でいいのかと考えていた。


 朔「臣、それ後にしてくれ。緊急事態だ。特にお前ら【鬼道衆】は大いに関係する話になる。【ヘッド】、壇上で詳細を話してくれ」


 朔が【念話】で話の内容を将成に送るので、そのまま告げるだけでいい。念の為に臣と幸路にも【念話】を繋げておく旨を言った。


【ヘッド】というのは将成のことだ。【夜狩省】の【省長】は【ギルド】関係者からは【ヘッド】と呼ばれている。将成は『半グレとかマフィアの人っぽくないか』と思いながらも、肩書で呼ばれるよりマシかと通称についての言及は流している。


 最初は朔が居合わせた【刑事】として話をする予定だったが、【夜狩省】の【省長】や【鬼道衆】の【ツートップ】が参加者にいるので、彼らにしてもらうことにした。


 朔が視線で葛葉くずはを探すと、葛葉は今にも愛美理えみりに爪を立てて引き裂かんばかりの憎悪の目を向けている。【眷属】の狐月こげつは【花嫁】の口車に乗ったことを今更悔いているように見えるが、犯した罪は取り消しができない。両名とも拘束されているが、【人間】にこの様子を見られたらパニックになるので、周囲を付かず離れずの距離感で【獣族】が協力し合って囲んで見えないようにしている他、【氷女族】が周囲に微粒子サイズの【氷】を展開して光を屈折させることで狐月と愛美理の拘束を隠す【幻覚】を見せているので、気づかれることはないだろう。


 将成を壇上へ送る前に、朔は【茨木童子の末裔すえ】の花嫁を【妖狐】の狐月ガキが攻撃して、【茨木の花嫁】は現在重体で側に甲が付いていることを話す。


 将成は、早くも頭痛を覚えた。臣と匡は悪夢だ、と絶望的な口調でつぶやく。


 影連「甲が付いておる………【茨木の花嫁】に万が一はありえん。しかし、全快した時に、【花嫁】でいてくれるかはわからぬ」


 甲が【生命】の危機からは救ってくれるが、麻衣那あいなが【花嫁】を継続する保証はない。むしろ、恐怖から白紙にして欲しいと懇願される可能性もあるのだ。


 影連「【茨木の花嫁】は被害者じゃ………意志は尊重してやれ」


 要らぬ小細工をするなと、影連は釘を刺す。


【古族】で権勢のある【妖狐族】の将来有望株な若い【妖狐】に【花嫁】が現れたのは【吉兆】と、【古族】も【上位国民】も歓喜した。更に数年を経て【茨木童子の末裔すえ】に【花嫁】が現れたことは日本にとって慶事と先の歓喜の比にならないほどの慶びに包まれていたが、それを一転させたのが慶びを与えた者たちとは皮肉な話だ。


 麻衣那と愛美理の関係が歪な家族関係ということを調査で【夜狩省】は掴んでいたので、【妖狐族】に【茨木の花嫁】には『接近禁止令』を出して対策していただけに、この事態は残念でならない。過程を見ると【夜狩省】に落ち度はない。落ち度があるのは己の【花嫁】を御しきれていない狐月にある。


 更に、これが原因で【鬼神】対【妖狐】の抗争が予想されることが【鬼道衆】には悪夢だ。【古族】最大勢力の抗争に対処できる【僧侶】が圧倒的に少ない。【裏高野】と【影比叡】の【上位僧】は【銭】で【僧侶】の【階位】を買った【エセ僧侶】が占めている。【古族】の対策に必要な【鬼道衆】の内情は深刻だった。


 朔「『裏口入山』させるから、いざって時に使える【僧侶】が少ねえんだよ。『雨降って地固まる』じゃねえけど、この機会にそういうの見直したほうがいいぞ」


 使えない人材は、足手まといで邪魔で仕事を増やす只の迷惑な人だ、と朔は辛辣だ。


 朔「【古族】同士の抗争を避ける手段はある」


 朔は、【宴】の参加者全員を証人にして愛美理の麻衣那に対する殺人未遂を断罪した上で、狐月との【婚姻】を破談にすれば全ての罪を愛美理に押し付けて抗争は避けられるという案を提示した。


 臣「【妖狐族】の【花嫁】の行いは、確かに殺人未遂だが破談を【妖狐族】が受け入れるのか?」


 影連「【妖狐族】の【太夫】のツラを見てみよ。そうでもせねば血が流れるぞ」


 黙って、朔の提案を聞いていたのは影連も同意見だったようだ。


 影連に言われて将成、臣、匡は葛葉を見てアレはヤバいと直感した。あの目は確実にろうとしている。


 朔は、将成に騒ぎの元は愛美理が狐月を焚き付けて麻衣那に危害を加えて麻衣那は現在重体という所まで一気に話してしまえと言う。


 朔「そこまで話せば、後は質疑応答になるだろうから、そこから先は【念話】で指示をする」


 さっさと行け、と朔となぜか影連まで将成を壇上に向かって付き飛ばす。


 強制的に押し出されて壇上に立った将成に、宴会場の一同は注目する。将成は腹を括った。


 将成「お集りの紳士淑女の皆様方、先程の騒動について私のほうで入手した情報を開示します」


 将成は、朔の指示通りに他者が口を挟む隙を与えず、一気に話しきった。


 内容が内容だけに、場が静まり返る。【人間】側は、日本経済の中枢に食い込んでいる【茨木童子の末裔すえ】の一族と敵対したくない。かといって、【妖狐族】の葛葉にはご先祖様の代からお世話になっている者もいるので【妖狐族】とも揉めたくない。あちらを立てればこちらが立たない。落ち着き先のない葛藤が生んだ沈黙の時間だ。


 朔は、この沈黙の間に次の一手を打つべく葛葉に【念話】を送った。


 朔『葛葉、【人間】側が迷ってる今の内に『婚姻破談』を言い渡せ!今なら、ここにいる全員が証人だ』


 葛葉は、心得たと【念話】で応じて壇上の将成の近くまで行き、将成から発言の主導権を譲り受けると、わらわから【妖狐族】の【花嫁】の処遇を言い渡すと宣言した。


 葛葉「ただいま、【夜狩省・省長】が話したことは事実じゃ!【妖狐族】は我が一族の【妖狐】狐月と名雲愛美理との将来の【婚姻】を破談する!」


 葛葉は、愛美理は過去に幾度も【他種族】とトラブルを起こし、それが原因で【古族】の間での評判が悪く、コレが【花嫁】では一族が繁栄するどころか今この瞬間にも一族が滅亡する、とリアルな内容に誰ひとり口を挟まない。


 葛葉「名雲愛美理は【人間】じゃ。ならば【人間】のルールによる裁きに委ねる」


【古族】のルールに則れば、【死罪】は避けられないこと、更に遺体は原型が残らないくらい痛めつけられることになるのでオススメしない、と葛葉は補足する。


 事実上、【妖狐族】は愛美理から手を引くと宣言したも同然だ。


 朔は、ここで【鬼道衆】からお披露目をして大々的に【妖狐族】の【花嫁】と認知させたのを反故にできるか追求するよう臣と匡に【念話】で指示を送る。


 それに応じるように、臣は挙手して「意見していいか」と問うた。


 葛葉「何じゃ?言うてみよ」


 作戦なので、話は続けなければならない。葛葉は勿体ぶったフリをして、臣に意見を言わせる。


 臣「【古族】の【花嫁】の【婚姻】が破談になった………という前例の記録がない。【人間】の記録なので、漏れがある可能性は否めないが」


 お披露目まで済ませて、破談できるものかと臣は問う。


 朔は、作戦の指示をしているだけで内容までは関与していない。ウマくアドリブで会話を成立させているのは臣の手腕だ。


 葛葉「破談の前例は無い。しかし、好みのタイプではないと言うて【花嫁】の座を拒否したおなごはおったのう」


 そういやいたな、と朔は思い出した。覚えていたのは、その女がよりにもよって玲鵺に惚れていたからだ。【花嫁】を拒否して玲鵺に告るという挑戦者チャレンジャーと朔は記憶している。結果はフられる以前に、玲鵺は告白すら耳に入れてなかった。女はとんだ赤っ恥をかかされた。


 その玲鵺が自身の【花嫁】を害されて、影連が取り押さえなければならなかったほどブチ切れた。【女】で【男】は変わるを地で行ってる、と朔は感心していた。


 ふと麻衣那はどうなったか、朔は気になった。祖母が処置をしていたので、治せると根拠なく思っているが。甲以上の【医療忍】はいない。西洋には【ヒーラー】と呼ばれる【医療忍術】と似ている【治癒術】があるが、甲は世界水準で随一だ。甲に治せないなら誰にも治せないだろう。


 朔が思考を巡らせている間にも将成、臣、匡、葛葉は余人に口を挟ませず話を続けていた。


 匡「ここに集まる【獣族】は納得しているんだな」


 匡は【古族】の集団に視線を移す。混乱が起こったせいで、今は【人間】と【古族】が完全に分かれて密集している。


 将成「賛成の者は挙手を!あと、【人間種】の皆様方はこの事態の【証人】になってもらいます」


【古族】に関わる以上は、【種族】間のイザコザに巻き込まれることが今後もあり得る。それを理解した上で今後も交流を続けるべきだと【証人】受諾を誘導しながら、ここで反発して異を唱える者を炙り出そうとしている。


 朔は、ウマいなと思った。自分がやったらこうはいかないと自虐思考に陥ったが、流石は【夜狩省】の【省長】務めるだけあって遣り手だ。


 【人間】側からは【警察庁】の女性【上級官僚】が、【証人】になることに異論はないと答えたが、不参加の地方在住の【古族】の応答はどうするかと問うた。


 朔(そりゃもっともだ。あの【官僚】は………【内閣情報官】だな)


【内閣調査室】のトップに就く女性官僚に見覚えがある。かつては【警務部】で【主任観察官補佐】をしていた【キャリア官僚】のエリートコースを最短で突き進んだ女性官僚で有名だ。朔の記憶では比勇と同期のはずなので、女性が軽視される警察組織で30代の若さで【内調】トップは快挙だが、【古族】との『コネ』で順調に最短ルートで到着したなら納得だ。


 将成「それは問題ない。事後報告になってが【古族】の中に、こちらの様子を【モニター】に移して中継する【能力者】がいてご協力いただいている」


 将成が口先だけの謝罪をすることで、これまでの『隠し撮り』を合法と認めさせることに成功した。


 【人間】側では、『隠し撮り』をされていたことにどよめきがあったが、女性官僚が「会場内を報道番組で撮影するのと何ら変わらないでしょう」と一喝して黙らせた。どうやら『コネ』だけで出世できたワケではないようだ。


 将成は、【人間】側が沈黙したのを了承と取ってここで断罪する【罪人】を前へ引き出すよう告げる。


 狐月は、拘束されて暴れるのは不可能だが、万が一を考慮して臣と匡が【古族】の集団から引き連れて来た。既に拘束していたが【鬼道衆】の【ツートップ】によって、さも今この場で束縛された感を出している。


 愛美理は女性なので、葛葉が壇上から下りて自らの手で引き連れて来た。途中で予想通りに愛美理は「どうして私がこんな扱いをされるの」と癇癪を起こしたので、葛葉が会場内に音が響き渡るほどの平手打ちを往復で愛美理の頬にブチかました。この平手打ちは、ここまで我慢させた葛葉へのサービスだから派手にやれと言い、朔は首がもげない程度の加減はしろと付け加えた。


【妖狐族】の【長】が【妖狐の花嫁】を往復ビンタには、【人間】側に旋律が走った。


 このことで、葛葉は相当この【花嫁】に怒り心頭だと【人間】たちに刷り込まれた。そして、【傷害】の現行犯──────────殺人未遂のことを伏せているので、怪我を負わせたぐらいにしか解釈されていない──────────なら仕方がないのでは、と意見がチラホラ出て来た。


 朔『【ヘッド】、まだ殺人未遂は伏せろ。祖母様からは、まだ応答がない』


 朔の【念話】に将成は、朔に向けて頷く。


【人間】側では、愛美理の【罪状】についての議論を警察関係者がしている。


 しかし、被害者の麻衣那と加害者の愛美理は義理とはいえ姉妹だ。【罪人】とするのは弱い、あと一押し必要だ。【茨木童子の末裔すえ】の一族から意見が欲しいが、玲鵺は「殺せ」のひとことしか言いそうにない。玲鵺の両親は玲鵺をなだめることは協力してくれても、言動までは面倒を見てくれない。


 そこに【鬼神族】から意見が出た。【茨木の花嫁】の容態を見て来たから話すといった内容だ。


 朔は、それを言った人物を見る。


 朔「えっ!猪貍いのり!」


【酒呑童子の末裔すえ】の血筋の猪貍がここにいてもおかしくはないが、絶対に行きたくない、と猪貍はテコでも動かない姿勢だった。実際に【ヴァジュラ・玄武】の【能力】を使って【土】に潜って逃げたので、参加しているはずがないのだが。


 影連「お主は………朱貍しゅりか!」


 影連が名を呼んだことで、彼が猪貍の父親だとわかった。


 猪貍の母親は影連の娘である。そして朔の母親も影連の娘だ。朔の伯母の情夫になるのか取り巻きと呼ぶべきか──────────猪貍の母親の夫は【中華】の【財閥帝国王】だ──────────義理の親戚のおじさんに当たる人物になるのだろうが、初めて顔を合わせた人物だった。


 朱貍の姿に更にどよめきが起こった。


【酒呑童子の末裔】の一族は【茨木童子の末裔】の一族の【族長】だ。つまり、【茨木童子の末裔】より格上だ。また、寿命の長さで同格の【妖狐族】の葛葉ですら格下になる。そんな人物の登場であった。


【酒呑童子の末裔】は断絶したと噂されるほど、朱貍の行方は知られていなかった。今回【酒呑童子の末裔】の一族は、かろうじてそう名乗れる下っ端だけが参加していたので、【御大将】の姿を見て身内が一番驚いている。


 朱貍「ちょっと行方をくらませていて済まなかった。いやあ………【角】折られちゃって………【角】のない姿を曝すのが恥ずかしくて隠れていたんだよ」


 トンデモない発言を連発した。


 まず、朱貍が行方不明になって25年以上経過している。【人間】の法律なら【失踪宣告】をして既に【死亡扱い】になっている歳月だ。【古族】は【長命】なので歳月の感覚がオカシイ。次に【角】を折られたという爆弾発言だ。【角】は【鬼神】の【りょくの源】だ。そう簡単に折られるものではない。


 今は朱貍の頭に【角】の存在はあるが、【御大将】の肩書の割に若干【角】が短い気がする。


 影連「うむ………りょうなつめたまきがい………儂のマヌケな子らのヤラカシで27年も不憫をかけたのう」


 凱は娘婿だが、元々甥なので子にカウントしている。影連は『マヌケ』と言ったが、この4人は現状、影連たちの子の世代(第二世代)では最強の【伝説級】に該当する【忍】である。もっとも、影連がヤラカシと言っているあたりから何かをオーバーキルしたとかだろうと朔は予想した。


 臣「朱貍の【角】を折ったのが、今名が挙がった4人だ」


 臣がコッソリ朔に教えてくれる。朔の存在が影も形もなかった時の話なので、初耳だ。


 朔「マジか………【鬼神の角】折るとか非常識過ぎるだろ!」


 オーバーキルを上回る非常識に呆れた。朱貍の【角】は2本だ。1本折るだけで命がけで全滅すると言われる【鬼神の角】を2本折って、4人とも身体に不具合などなく元気が有り余っているくらいだ。


 匡「紫蘭しらん夫人に騙されて【酒呑童子の末裔】と【鈴鹿御前の末裔】の【長】ふたりは【角】を失ったんだよ」


 匡が告げた紫蘭は朔のトラウマに触れる忌まわしい名だったが、それ以上にもう1人の【鬼神の角】まで折っていたことほうが衝撃的だった。


 朔「………何にも言えねえ………」


 某有名アスリートがメダルを獲得した際の名言が口をついて出た。そして、やはりあの【世紀の大悪女】陵紫蘭みささぎしらんだと再認識した。


 そこへ、やや間延びした声で「みんな久しいね」と声がした。


 声の主は、男女性別不明の【絶世の美貌】の人物だった。頭に【角】があるので【鬼神族】だろう。


 その人物を見て、動いたのは忍武しのぶだった。


 忍武「お目にかかれて光栄です!律鹿りっか様」


 忍武は片膝を付いている。主に服従を誓う従者のようだ。


 それを眺めている昴は、オモシロそうと思っているのだろうニマニマした笑みを浮かべている。


 律鹿「お前は………武尊ぶそん!久しいな!………アレッちょっと若くなってないか?」


 武尊は忍武の父親の名だ。律鹿の記憶にある武尊は27年前のものなので多少の誤差はあるよね、とけっこう適当だ。


 今度は誰だよ、と朔は律鹿を見る。知り合いに顔が似ている。


 朔(あ………これ、鹿鳴かなめの親だ。ってことは【男】か………中性的だな華奢だし)


 ではこの人物が【鈴鹿御前の末裔すえ】だなと確信した。鹿鳴にそっくりな顔に極めつけは忍武が膝を付いて頭を垂れた。【大嶽丸】は【鈴鹿御前】の【眷属】だ──────────正確には討伐されて【眷属】に下っただが──────────忍武の態度から一目瞭然であった。

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