第陸章  妖狐の花嫁が破滅した日・起

  前半部分は、現在の話です。後半部分は回想になります。

 

◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆


 はるかは、【精神体】では【戦力】にならないと言って【精神体】を消して唐突に交信を絶った。


 玲鵺れいやは遙が【精神体】を消したことで、絶望的な表情になっている。


 朔「落ち込んでる場合じゃねえぞ!遙と梓の【記憶念写】の中にトンデモねえのがあるじゃねえか!」


 アイツらは肝心なことを黙秘しやがって、とはじめは頭痛を覚えた。


【念写】で開示されているので黙秘にならない気がするが、遙もあずさは不確定要素が多いので口外するのを憚ったようだと【空海】がフォローしている。


和神にぎがみ・最澄】の【神の権能】が『隠し事』まで暴いてしまった結果だ。しかし、【最澄】に【念写】されることを遙も梓も拒絶しなかったので、言わなかっただけで露見しても良いということだ。


 更に【最澄】の優秀さが際立ったのは、情報の一部が【風魔陣営】プラス玲鵺と【水戸家】とは異なる──────────正確には【水戸家】には開示されていない──────────箇所がある。それは【夢見】というハズレない【未来視】が可能な【預言者】との接触手段を遙と梓が持っていることを【最澄】は【水戸家】には隠蔽してくれている。


夢見ゆめみ比類子ひるこ】【夢見姫】など、様々な名称で呼ばれる【夢見・篁丁たかむらひのと】は洸や遙たちの祖母・きのえと甲の双子の弟でありもうひとりの祖父であるみずのえの実妹である。丁は生まれつき目が見えず、耳が聞こえず、言葉を話すことができない。更に白髪に瞳が紅色の【神の寵愛を受けた者】の特徴を持っていた。そして、【夢見】という【夢】で【未来視】して【預言】する【神通力】──────────丁の外見的特徴から丁の【りょく】は全て【神通力】とみなされている──────────を全世界で唯一保有している人物である。世界各国の代表者は丁を【星宝せいほう】──────────【地球】という惑星規模で【国宝】より【格上】──────────の待遇で保護するという名目で【京都】のに【軟禁状態】で常に監視している。


 ゆえに、血の繋がった兄弟姉妹の甲や壬ですら気軽に会うことを許されていない。しかし、丁は甲と壬の【三世代目】に丁と【接触】可能な【異能力】を持つ者が現れることを姉と兄だけに【預言】を託した。


 あろうことか、【古代中国神話】の【聖者】が【回生の術】で【孫】として生まれ変わるとは思いもよらなかったが、【楊戩ヤンジン】の【転生戦士】の遙と【太上老君たいじょうろうくん】の【転生戦士】の梓は【創世紀】の【卜占】で使われた【盤古はんこ】という【神仙】の【宝具】を扱うことができる。


 結論を言うと【盤古】は丁の【夢の中】へ出入りが可能という破格の【能力】を示した。もっともこれはごく一部の【能力】に過ぎないが、厳重な警護と監視のある丁ヘの面会は【上位国民】と呼ばれる【上流階級層】が優先で、順番待ちが必須である。丁の【夢の中】へ出入り可能というのはこれらすべて無視、無効になるのだ。


 しかし破格の【能力】には【制約】がある。まず、【創世神聖遺物・盤古】が必要。次に【盤古】を扱える【術師】が必要となる。更に問題点が【盤古】が使える者なら同じことができることが最大の欠点だ。


 この【盤古】の【能力】で丁の【夢の中】で接触を図った遙と梓は、丁から【妖魔】の【豪族級】が攻め込んで来る【預言】を託されていた。結構重要なことなのだが、黙秘していた理由のひとつは【水戸家】の者の存在だ。【風魔】以外の外部の【人間】にこのことを知られてはならない。


 もうひとつは、遙と梓は丁を全面的に信頼していない。祖母・甲と祖父・壬の妹なので大叔母に当たる親戚だが、丁は内面に得体の知れないものを抱えているような気がして丁の【預言】も『当たるも八卦、当たらぬも八卦』程度にとらえている。


 玲鵺「あの小娘………麻衣那あいなに請われたから【終身禁錮刑】で許してやったが、無駄だった」


 引導を渡してやる、と背筋が凍りそうな玲鵺の声音に國光くにみつ貴輔きすけ伊角いすみは、すっかり萎縮してビビリまくっている。


 空海「引導はやり過ぎだろ………」


 この場合の『引導を渡す』は、『【地獄】へ送ってやる』を意味する。この【地獄】は比喩表現ではない。【六道界りくどうかい】の【地獄界】を指すので、ガチな【地獄送りの刑】だ。因みに【終身禁錮刑】もを仄めかしているが、大目に見てもやり過ぎである。


【古族・鬼神族】【鬼人族】の【種族スキル】に【地獄変じごくへん】というものがある。殺害した【生き物】を【地獄界】へ強制的に堕とす【能力】だ。これが【鬼】は【古族】最強の【種族】と言われる一端である。


 桂「落ち着け。玲鵺、お前………頭にきてるせいで冷静さを欠いているぞ」


【女】で【男】は変わる──────────その逆もしかり──────────と主に新婚夫婦を冷やかしたり揶揄ったりする時に聞いたことがある言葉だが、よく言ったものだと桂は、以前の玲鵺と今の玲鵺を比較して変わりすぎだと思う。


 洸「こいつホンモノの玲鵺じゃなくて、【影武者】なんじゃねえのか?」


 別人レベルの変貌ぶりだ。


 國光は、【成人の式典】を【茨木童子の末裔すえ】の一族に主催してもらった時に、國光のほうからお礼を言っただけの一方通行の会話だった。その時の玲鵺は、その日の【宴】の主人公である國光までその他の有象無象に見えていた。


 忍武「【古族】にとって【花嫁】は、一心同体に等しい。せっかく目こぼししてもらえて生き延びられたのに………【茨木の】、お前さん…なんでで始末つけなかった?」


 会話の内容が何やら殺伐とした雲行きになってきた。


【茨木童子の末裔すえ】の【花嫁】をお披露目する【宴】は、【同種族】の【大嶽丸おおたけまる末裔すえ】の一族である忍武も参加していた。


【茨木童子】は【酒呑童子しゅてんどうじ】の【眷属】なので、当然【酒呑童子の末裔すえ】の一族も参加していた。


【酒呑童子】の【派閥】は【古族】にも【人間】にも影響力が大きいので、【鬼神族】【鬼人族】は勿論、【琉球】からわざわざ【キジムナー族(小鬼族)】まで参加して【古族・鬼】が全集結していた。他の【種族】は、葛葉の【妖狐族】や珍しいことに【東北】から【いたち族】【氷女こおりめ族】も参加する等、かなりの数の【種族】が集まり、【人間】の参加者は高校生ぐらいの令息や令嬢を連れて来ていた。【花嫁】の麻衣那あいなが高校生なので、【花嫁】のほうに取り入って【茨木童子の末裔すえ】とよしみを通じようという目論見が透けて見える。


 こんな錚々たる顔ぶれに、過去最多の参加人数の【宴】で『事件』が起こった。


【茨木童子の末裔すえ】の【花嫁】は、こういった【宴】とは無縁ないわゆる『一般ピープル』の家庭育ちなので、【古族】の各【種族】の【代表者】への挨拶回りを終えた時には気疲れでグッタリしていた。挨拶回りは当然、玲鵺も同伴で仲睦まじい姿を披露するのもこの【宴】の趣向だ。


【宴】では始終、玲鵺が麻衣那を側から離さず麻衣那に近寄ろうとする者は麻衣那の友人以外──────────麻衣那の幼馴染みが他【種族】の【古族】とその【花嫁】である──────────は影すら踏ませない雰囲気で害虫を駆除するように、玲鵺は追い払っていた。麻衣那は、【古族】は【上流階級】の方々とは接点があるから『けんもほろろ』にして大丈夫か気遣っていたが、【茨木童子の末裔すえ】の【当主】は玲鵺の父親なので、自分の元へ挨拶に来ることがオカシイと言い、挙げ句には麻衣那との時間を邪魔して万死に値する等、物騒なことを言い出した。


 周囲は、【花嫁】とラブラブ雰囲気に玲鵺別人説まで飛び交っていたが、【花嫁】以外への対応はこれまでどおりだったので玲鵺本人だと納得した。


【宴】は基本3日3晩行うことになるので、【古族】たちは会場に宿泊する。会場は【茨木童子の末裔すえ】の【代表】である【鬼咒きしゅう家】の事業である【鬼咒グループ】系列の【首都圏】にある【ホテル】で普段は、ビジネスの商談から政治家の『セカンドハウス』に使われるような格式の高い【一流ホテル】にカテゴライズされる所である。【宴】が開催される期間中は【貸切】状態で【ホテル】営業は休止になるが、【首都圏】の【ホテル】は多いので何の影響もない。


【人間】が【宴】に参加するのは初日だけなので、今日が一番多くの人が会場施設内に集まっている。


 事件が起こったのは、麻衣那がお手洗いに行った時だった。流石に玲鵺も婦人トイレには同伴できない。入った時点で変態扱いされる。仕方なくロビーで待っていた時に、麻衣那が入った婦人トイレから悲鳴と【】の気配がした。


 麻衣那には玲鵺自身の【分体】を攻撃主体と防御主体の2体付けている。外見は【コルポックル】という【北海道】の植物に棲む【精霊】に似せて【小人サイズ】にしているが、その2体は玲鵺の【りょく】が使えるので相当強い。その【分体】の気配が感じられないので【消滅】したと見て間違いない。


【妖力】の気配を察した他の【古族】が緊急事態に集まって来て、【防御】が得意な者は参加している【人間】を宴会場に集めて防衛に専念していた。忍武は、こちらの防衛陣営にいた。忍武と共に来ていた昴は──────────【三代目国王】の王子殿下であるから当然、【宴】には呼ばれる──────────騒ぎのほうを見て来ると言って、見に行った。


 突然の襲撃?(詳細はまだ不明だが)騒ぎではあるが、一番多く【人間】が集まっている宴会場が狙われていないので、阿鼻叫喚の惨事にはなっていない。


 玲鵺の目に、片腕と片足を焼かれて酷いケロイドを負った麻衣那の姿が映った。自力で避難して出て来たのだろうが、力尽きて倒れる。近くにいた【古族】が容態を見ようとしていたのだろうが、その者を押しのけて玲鵺は麻衣那の元へ駆け寄り人目も憚らずに取り乱した姿を晒した。


 玲鵺を落ち着かせようと【古族】の【種族代表者】らしき人物が、話しかけるが悉く「失せろ」「それ以上近づいたら容赦しない」など、第三者から見れば感じの悪いことこの上ない言葉を投げつけているが、そこは【古族】だ。【花嫁】がいかに重要かの理解が得られているので、少し距離を取った位置から玲鵺を見守りながら【茨木童子の末裔すえ】を襲った敵襲に備える。


 麻衣那は、苦痛に満ちた浅い息をしていたが少し落ち着いたようで、小さな声で「………を殺さないで………」とつぶやいて気を失った。意識が失くなった麻衣那を見て、更に取り乱しそうになる玲鵺を押さえ込んだのは【人間】だった。


 そのを知らない【古族】はいない。玲鵺を押さえ込んだ【人間】は【風魔総帥】陵影連みささぎかげつらだった。


 影連は妻の篁甲たかむらきのえを同伴して【宴】に参加していた。ふたりとも、普段の老人の【擬態】ではなく姿をしている。


 甲は「こんな大勢の前で醜態晒して情けないボウヤだね」と言いながら「患者を見せな」と玲鵺から麻衣那を取り上げる。


 成り行きを見守っていた【古族】たちは、「あのお二方に任せれば大丈夫だと」安堵したが、玲鵺の暴走は未然に防げただけに過ぎず依然気の抜けない状態だった。


 しかし、事態はすぐに収まる。


 婦人トイレから葛葉くずはが若い男女ふたりの腕を掴んで出て来ると、ロビーに放り投げた。かなり乱暴な様子だが、葛葉がいつの間に騒動の発現場所の渦中にいたのか、という疑問のほうが勝った。


 葛葉に話しかける若者がいた。褐色肌にプラチナブロンドの見目の整った【人間】の青年だ。絶世の美女の葛葉にナンパ青年が近づいたように見えたが、次の瞬間【古族】の【獣人】は全員その場に平伏した。


【古族】の割合は【獣族】が7割を占める。騒ぎがあった場所にいる【古族】はほとんどが【獣人】だった。はじめはいきなり平伏した【古族】にドン引きする。


 葛葉に話しかけた褐色肌の青年は朔だった。朔は平伏した【古族】たちは葛葉にビビったと思っていたので、葛葉に恐怖政治は良くないぞ、と注意するが葛葉から、この者たちは【王】である貴方様にこうべを垂れていると言い返された。


【獣族】は、今は【人間】の気配しかしないのだが朔が【闇嶽之王くらみたけのみこと】の【転生戦士】だと理解している。


 朔は、これ俺に向かっての土下座、と驚いていたがそれより先に白黒付けることがあるので、平伏している【古族】たちにおもてを上げて立って良しと言うと、皆それに従った。


 一同の関心が朔から葛葉が放り投げた男女に移る。


 朔が男のほう──────────まだ若い十代くらいだ──────────を葛葉の下僕だろ教育不行き届きかと辛辣な言葉を葛葉に言うが、【王】と認めている者の言に誰も文句を言わない。更に朔は、事態は最悪だと告げる。


 状況を見れば、麻衣那の負ったヤケドから【妖狐族】の【狐火きつねび】で攻撃されたのは明白だった。その上、麻衣那と【妖狐族】の【花嫁】である愛美理えみりは義理の姉妹関係だが、先に【妖狐族】の【花嫁】に認定されていた愛美理が引き取られてからの麻衣那の家庭内での扱いは、酷いものだった。ゆえに、麻衣那と愛美理の姉妹仲は最悪と誰の目にも明らかだ。


 朔は、この場にいる【獣族】の代表に前へ出るよう命じて、葛葉にそれらの人数が【獣族】全ての【種族】の何割かを訊く。


【獣族】ではなかったので離れた位置にいたが、【氷女こおりめ族】の代表が不参加の【獣族】──────────北国や南国の遠い地域の【古族】はほとんどが不参加だ──────────に【氷女族】の【固有妖術】でこの場の光景をニュース番組の中継のように見せることができる【術】があるので協力すると申し出があって、朔はそれを了承した。


【茨木童子の末裔すえ】の【花嫁】出現は【古族】の間では号外で知れ渡っているくらいの認識度の高さで、その生い立ちから現状まで知らない者はなかった。麻衣那に同情して味方する【古族】は大多数いたのだ。それに比例して愛美理へのヘイト数も大多数だった。


 だが【妖狐族】が一族に繁栄をもたらす【花嫁】を手放すことを嫌った。葛葉は面倒事ばかり起こし、他の【古族】たちの評判も悪く、ありえないぐらいの浪費家の愛美理を【妖狐族】に迎えたくないというのが本音だ。


 朔は、この手の話には【証人】が必要なので宴会場へ全員戻るよう告げる。甲が重症患者は医務室へ連れて行く麻衣那は席を外させると断言した。武力行使しても絶対に麻衣那は連れて行くことを許さない、そんな雰囲気を纏わせていたのが怖い。甲なら【古族】全員を全滅させるぐらい訳ないことだ。影連は宴会場へ戻る意思表示をしていた。玲鵺が麻衣那から離れたくないと言うのを引きずって連れて行くのが影連の役割だからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る