第陸章  水戸家の忠臣⑧

 梓は、【王子】の死因も【アナフィラキシーショック】だと告げた。


 アナフィラキシーショックは、アレルギー症状から起こるが、毒素が体内に入った時に抵抗する抗体を体内で作られる際にも起こる。ミツバチに刺された時に起こるアナフィラキシーショックの状態と仕組みは同じだ。


 梓は、【王子暗殺事件】は、今更蒸し返す気はなかった。しかし、柳生十鎖が【風魔の里】を襲撃したことで【王子暗殺】の犯人に気づいてしまった。そうなれば、もう首を突っ込んで過去を蒸し返して犯人を断罪するしかない。


 梓の推理は、『何者』かが【柳生】に【王子暗殺】を依頼した。それを受けた【柳生】が【門弟】たちを集めて依頼内容を告げ、【門弟】の内のが実行した。その時の記録が、稲荷葛葉いなりくずはが主催した【うたげ】の最中に外で奪い合い、半分に分かれた片割れを桂が回収した【柳生武藝帖】である。


 朔「【柳生武藝帖】は、随分大袈裟に言われているが………あれは、ただの記録帳だ」


はじめは、【五代目小太郎紅蓮ぐれん(2廻目)】の時に【原初の柳生武藝帖】を見ている。その内容は、【徳川家康】が【関ヶ原の合戦】で落命して【名もなき影武者】が【徳川家康】に成り代わって【征夷大将軍】、【大御所政治】をしたというだ。表に出てはマズい内容だが、それは当時ならという話で、今なら新たな歴史事実発見のにしかならない。


 國光「【家康公】が実は【影武者】でした………なんて知られたらヤバいんだけど………」


 國光の先祖・徳川頼房よりふさ(水戸黄門のお父様)は徳川家康の十一男で、当時は幼子だったので家康が居城にしていた【駿府城】に共に居住していた。ゆえに、家康と【影武者】の入れ替わりを見知っている数少ない人物だった。國光が知っているということは、【水戸家】には事実が伝わっているのだろう。


 洸「二代目将軍・秀忠はのほうの息子だろ。【影武者】のやったことは、家康が生きてるフリしただけじゃねえか」


 史実では徳川家康は享年75才とある。そこだけが嘘だとあきらは言っているのだ。


【影武者】は《老け化粧》をして老齢に見せていたので、実年齢は20才ぐらいは下だった。また、【影武者・家康】には若い側室数名の間に子がいた。しかし、そのことも子のその後も知られていない。


 梓『その記録帳のせいで、被害が拡大しているんだよ!私の推理では、全3巻の【柳生武藝帖】は………』


 まず、【依頼書】が【柳生】に届く。次に【柳生の門弟】たちが。最後に集合した【門弟】たちに氏名を書かせて名簿にする。以上が【柳生武藝帖】だ。


 梓『【依頼書】は、多分………【往復はがき】みたいに【依頼内容】が記載されている部分と【応】か【否】か返答する部分で分けられるようになっている』


 つまり、切れ目かミシン目が入っていて簡単になっていた。


 桂「あのは、ソレだったか!」


戦闘中に分かれた片方を持っていたのはかつらだ。その決定的瞬間の当事者である。と感じた。


 洸「【柳生武藝帖】は4巻あるってことか?」


 遙『【素数】にするはずだから、5巻か7巻だな』


 それ以上は数が多すぎるのでない、と遙は否定する。そして、本物は3巻で残りは『写し《ダミー》』だと言った。


 遙『おそらく、のある【依頼書】の返信側………持ち去られたのはのほうだ』


 遙が写しと断定する根拠はあるのか、と朔は訊く。


 遙『聞いて驚くがいい!【風車の弥七】と【霞のお新】がいた!』


 朔「予想もしねえアホな答えだな!」


 根拠と聞いて、返答が斜め上どころか半回転して埋まっている。


 それに食いついたのは、國光だ。


 國光「【闇狗貍あぐり】と【お新香しんこ】に会ったのか?」


【水戸家】は異なるふたつの【流派】の【忍】を【指名雇用】──────────文字通り指名して雇用する。指名料金が加算される。──────────している。


 國光が名を口にした2名は、【かすみの忍】だ。


 遙は、名前の詳細まで知らなかったようで──────────同行している雑賀一二三さいかひふみに密かに調べさせているだろうが──────────『弥七とお新ちゃんじゃなかった』とちょっとがっかりしているような気がする声の沈み方だ。


 洸が『お新香』って、漬物が好物とか趣味とかか、と言っているのを伊角が、名前が『新灑香あらたれいか』で頭と末尾で『』だと説明している。


 ふたりとも、高校在学中は【水戸家】が雇用契約していると貴輔は言った。


 しかし、なぜ闇狗貍と灑香が【九州】にいるのか疑問が浮かんだ。ひまをもらって里帰りしているような状況でないだけに気になることだ。


 遙『それは、ミッツの為に【五月女桃さおとめもも】の足取りを追って【長崎】までやって来たのだろう?』


 國光は、桃ピーは【長崎】にいるのかとクワッと目を見開いた。


 落ち着け若、と貴輔と伊角が制している。


 遙『【長崎こっち】は【龍造寺貴延たかのぶ】のが現れて、そっちの対処をしなければならない』


 合流が予定より遅れる、と言った。


 朔「そんなに手こずりそうなのか?その


 【龍造寺】当主の話題だったので、手強い相手ならこちらから洸を出向させようかと考えていたが、全く別の理由だった。


 遙『いや………は【こぶし】で解決できそうだ。そんなことより、の準備が色々と………』


 拳で解決はいかにも遙らしいが、その後の『駆け落ち』の意味が朔にはわからない。


 桂「お前は一体、何をしに行ってるんだ?」


 梓『えー!遙、協力してくれるの!』


 桂の質問に梓が割り込んで来た。どうやら、梓は『駆け落ち』ついて何か知っているようだ。


 遙は、妻のみやこに頼まれたから否応なく協力しなければならなくなった、とだけ言った。


 遙の夫婦関係を知っている國光は、この人は奥さんが相手だとチョロいな、と思うだけで口が裂けても声に出せない。


相手は【精神体】だが、初対面の貴輔と伊角は、妻に頼まれたのひとことから愛妻家だと思っている。


 比勇ひゆうが、お前は『駆け落ち』得意だから大船に乗った気分で余裕だなガハハハ、と豪気である。


 忍武しのぶが、よく知らない人もいるからその言い方は、と比勇の言葉に問題があるのを指摘する。


 國光が、貴輔と伊角にゴニョゴニョと遙が過去に第一夫人と第二夫人の3人で駆け落ちした話をする。


 遙の第一夫人と第二夫人は、【初代国王・伊勢龍雲いせりゅううん】の孫で【王族】になるので、名前と異母姉妹であるという情報だけでだいたいのことはわかる。


Ωオメガ】は【つがい】の【αアルファ】と引き離されると、【発狂】【自傷行為】など精神を病んでしまうことが立証されていることから、伊勢みやこ、伊勢佳紫乃よしの異母姉妹は【つがい】で娶るという条件がつけられている。


【王族】のを【つがい】で嫁にできると聞いて嫌がる者はいないだろう。当時、高校生だった姉妹は【王位】に就いたばかりの【現国王】に『輿入れ』が決まった。【初代国王】の後ろ盾を得て盤石にしようとした【政略結婚】だった。それを『輿入れ』直前に異母姉妹を攫って国外逃亡したのが遙だった。


 この話は【国会】で知れ渡ったほど有名で【現国王】は、姉妹妃に逃げられた【王】としてとんだ赤っ恥を晒した。2人の【宰相】(総理大臣と副総理大臣)が有能だったので【国会】内部で留めて外には漏れなかった。


 異母姉妹を攫った人物の特徴は異母姉妹の護衛だった【忍】ということ以外は不明だった。【伊勢一族】は【北条一族】の【傍系】なので【風魔忍】に違いないが、『影すら掴ませないのは、流石は【風魔】』と【日本一】の【忍ギルド】は【風魔】だと株がうなぎ登りした。


 その人物が、今【精神体】でここにいる遙だ。


 伊角「ビジュアルは【国王】完敗だな」


 遙の容姿を改めて見て、伊角はつぶやいた。


 貴輔「はっきり言って、【初代国王】の威光目的の【お飾り側妃】より『超絶美形のハイスペック男の妻』のほうがいいと思う」


 実は【現国王】は、今の【第一側妃】とはいわゆる『忍ぶ恋』で有名だったので、【初代国王】の後ろ盾だけの【白い結婚】になることは政治の中枢にいる【水戸家】にはわかっていた。


 梓『遙は『スパダリ』!』


 玲鵺「当然だ。遙様を『スーパーダーリン』と言わずして、誰を言う」


 お前よくわかっているな、と玲鵺れいやが梓を褒めたが梓は、ううんそうじゃないよと否定した。


 梓『遙の『スパダリ』は、『ダーリン』だよ』


 否定されたことに固まる玲鵺に、当事者の遙がそれは『DV夫』と言われた気がする、勘違いされるからヤメろと言う。


 その直後に朔が爆笑する。


 朔「アハハハ………腹痛ぇ!『スパルタダーリン』だってよ!」


 新しいな、と朔は腹を抱えて笑う。


 桂「なぜ『スパルタ』だ?」


 遙は妻子には、行き過ぎな過保護だ。どこから『スパルタ』出て来た、と桂は言及する。


 梓『敵に対して『スパルタ』だから『スパルタダーリン』!』


 洸「わかりにくいな………」


 使い方間違ってないか、と洸は首をかしげる。


 朔「それで、【柳生武藝帖】の話に戻るけどな」


 まだ腹痛ぇわ、と言いながら朔は【柳生】との共同戦線は必要か、と問う。


 朔「柳生宗典むねのりを欺くのに、共同戦線は悪くないと思ったが、それは十鎖の件が起こる前の話だ」


 十鎖の件に関しては、祖父の影連が柳生石周斎せきしゅうさいに見つけ次第【風魔】が断罪するというどこから見ても脅しにしか見えない【ふみ】を送っている。この【文】は梓が預かっていて、【裏柳生の庄】で石周斎に手渡しした。それを知っている朔は梓に、石周斎は十鎖を見限らなかっただろう、と確信を持って聞く。


 梓『そうだね。石周斎師匠せんせいは、宗典師匠は十鎖を切り捨てるだろうけど石周斎師匠が許可しないって言ってたね』


 洸「十鎖を【柳生】の者として処理するつもりか?あいつは汚点だぞ、ご立派な【家名】に傷が残るな」


 自滅願望でもあるのか、と洸は話の流れでそう言っただけだったが、それは核心をついていた。


 遙『石周斎師匠は、【江戸柳生】を【閉門】することに決めたようだな』


【本家柳生】と呼んでいる【柳生道場】の看板を下ろすという意味だ。


 梓『石周斎師匠は、着々と準備を進めてたみたいだよ』


 梓は、【裏柳生の庄】で【柳生】の【高弟】の1人である荒木又市あらきまたいちに会った。それで、石周斎は【江戸柳生】を完全に終わらせるつもりだとわかった。


 梓『【江戸柳生】は、【江戸時代】には【将軍家剣術指南役】を務めた【名家】だから、にするには結構ビッグネームな【生贄】が必要なんだよ』


 梓の言う【生贄】が誰を指すのかわかった【水戸家】の面々、【風魔陣営】は比勇ひゆう忍武しのぶ以外、玲鵺は背筋が凍る気分になった。


 玲鵺「【人間】にしては、【合理主義】だ。柳生石周斎だったな………その名、覚えておくとしよう」


 柳生石周斎は【超越の者】だ。長い人生が続く者なので、いずれどこかでまみえることがあるだろうからな、と玲鵺の記憶の片隅に柳生石周斎は存在することになった。


 空海「『ボタンの掛け違い』の代償としては、高くつくな」


【神】だけあって、【空海】は秘匿されている【柳生】の事情を知っている口ぶりだ。


 洸「十鎖を【柳生】に入れたことか?」


 あんなのせいで【江戸時代】から続く【名門剣術道場】を取り潰すハメになるのは、ほんの少しばかり同情する『道場』だけに、と洸は寒いダジャレを言った。


 遙『【柳生】の破綻は、もっと前だ。石周斎師匠が【】を【養子縁組】で次男として迎えた時だ』


 衝撃的な事実を遙は暴露した。


 遙は、【龍造寺家】の【牢】に繋がれていた鍋島元暉もときを、先に送り込んでいた【風魔七番隊・副隊長】王城たますぐカンナと協力して救出した後、【鍋島道場】の道場主で元暉の父である鍋島勝繁かつしげに無事に救出した子息の姿を見せ、交渉に入った。その交渉の会談の中で宗典は実弟だと勝繁から聞いた。


 遙『詳細は、石周斎師匠から聞いたほうが正確だろ』


 梓に丸投げ宣言だ。


 そこへ、ちょっと待ったをかけたのは【空海】だった。


 空海「それに関しては、俺がすべて知っている。ただ、【天上界】と【地上界】の規約で【亜神】が手助けできる範囲があるから、今からハルくんとあずちゃんの頭の中を覗かせてほしい」


 遙と梓が知る範囲なら【空海】が話しても問題ないということらしい。【亜神】の【空海】なら断りなく勝手に頭の中を覗けるが、こうやってひとこと断りを入れる所が【亜神】なのに【人間】じみていてたいていの人々から好感を持たれている。


 遙が聞いたことを【文書】にして【念写】すると言うと、【空海】は了解した。そして、梓にも同じことをしてもらえるかと言った。


【精神体】がこちらに現れている遙と、【念話】を送っている梓では条件が違う。


 梓『私を誰だと思っているんだい?』 


 その口調は、梓のものではなく【道教の始祖】と称される【大上老君《たいじょうろうくん】のものだった。『チート生命体』の【異名】のある【大上老君】には、居眠りしていてもできるとのことだ。


 じゃあ問題ない、と取りかかろうとした【空海】に洸が待ったをかける。


 洸「お前、そういう繊細なことは苦手だろう。そういうのは【最澄】の得意分野だ」


【最澄】を呼ぶから、と洸は人さし指と中指を立てて残りの指先を握り込んで、立てた指先から【水芸】のように【水】を出すと高額に違いない絨毯に【陣】を描く。


 玲鵺が、他人ひとの屋敷だとわかっているのか、と小言を言っているが止めないのでただ言いたいだけだったのだろう。


 國光は、指先から【水】を出す洸を見て「すっげー!【忍者】っぽい!」と興奮している。


 貴輔と伊角は【体術】で手も足も出なかったので、【格闘専門】の【僧侶】かと思っていたが【陣】を描く【術師】っぽいこともできるんだ、と感心していた。


【陣】を描き終えた洸が【空海】に引っ張り上げろ、と言った。


【空海】は、やれやれ荒っぽいな、と呆れながらも言われた通りに従う。


【陣】の中央に【空海】が右手を乗せると、ズブズブと右手が沈み込んで肘まで【陣】の中に埋まった。そこから【空海】が腕を動かして撹拌するような動きをしている。


空海「よしっ!【最澄】捕まえた!」


 そう言って、左手も肘まで突っ込むと絨毯に両膝を着いて引っ張り上げる動作をする。


 洸「忍武、【空海】ごと持ち上げろ」


【空海】ひとりで【最澄】を引き上げるのが困難と見て、洸は忍武を補助に選んだ。


【亜神】に触れる行為を【人間】は不敬と考える。ならば【亜神】とほぼ【同格】の【鬼神族の古族】なら、遠慮なく【亜神】をことだろう。


 忍武は、【空海】の襟首を猫を掴むように摘んで力任せに後ろへ引く。流石は【鬼神族】というべきか、まるで猫を持ち上げる程度の腕の力で【空海】の腕を【陣】から引き抜いた。


 その【空海】が両手で掴んでいた先に、しなやかな成人男性の手がある。そして、その先にはキョトン顔の【最澄】が【陣】の上に端座していた。 

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