忍─SHINOBI─柳生武藝帖篇

第陸章 水戸家の忠臣⑦〜異能力オメガバース〜

　梓（あずさ）は國光（くにみつ）に【苦無】を投げた能無しの顔は見たかと聞く。

　随分と酷い言い方に悪意を感じるが、【武器】に【毒物】を塗るのは実力がない『能無し』というのが梓の常識だ。

　國光「………遠目だったけど、女顔したあれは………柳生友雅（やぎゅうともや）！」　　

　間があったのは、酷い言い方をされた相手に少し同情の憐れみを感じたのだろうか。

　伊角「若！顔を見てたのか！」

　國光は顔を見たことを誰にも話していなかったようだ。

　貴輔「黙っていたのは賢明だ。………名を聞いていたら、姉上が殴り込みに行ったに違いない」

　自力で【裏柳生の庄】に辿り着く女傑だ。玉砕覚悟で仇討ちに向かう様子が目に浮かぶ。

　柳生友雅は、柳生宗典（むねのり）の【非嫡出子】だ。柳生宗典には配偶者は１人だけだが、内縁が複数名いる。正妻に男児が生まれなかったので、万が一のために男児を産ませるだけの内縁をあてがわれた。十鎖（じゅうざ）の母親は内縁と認められることはなかったが、他の【非嫡出子】の母親たちは柳生石周斎（せきしゅうさい）が厳選しただけあって、立場と役目を理解していた。

　梓『【ハニトラ】（ハニートラップ）しか取り柄がない【能無し】か』

　先程より酷評だ。梓は、柳生石周斎の元で【剣術】指南を受けていた頃の同期が宗典の【非嫡出子】の友雅と壬冬（みふゆ）異母兄弟である。年齢は梓のほうが１才上だ。

　遙『ああ………確かに。友雅（あれ）は寝技専門だったな』

　遙（はるか）が柳生石周斎の元で【柳生無刀剣】の指南を受けていた頃、遙は【内弟子】として住み込みだった。

　遙『深夜に寝所に夜這いされたことがあったな………そんな暇があったら、素振り稽古してろって話だ』

　柳生友雅が【衆道（しゅどう）】の性癖持ちというのは有名だ。しかし、遙が【柳生】の【内弟子】だったのは十代前半の頃だ。遙と友雅の年齢差は５才、逆算して一同は何とも言えない顔をするが唯一、玲鵺（れいや）だけがリアクションをした。

　玲鵺「遙様に夜這い………！万死に値する愚行だ！」

　お胤（たね）を頂戴しようとしたか厚かましい、と怒りを顕にしている。

　國光、貴輔（きすけ）、伊角（いすみ）は、なぜここで【胤】の話になっているのかわからない。

　桂「お前たちは、柳生友雅が本当は【異能力タイプΩ（オメガ）】だとは知らなかったようだな」　

　比勇「何だと！【柳生家】の子息令嬢は【異能力タイプα（アルファ）】で申告されているぞ！」

【柳生家】は虚偽申告していることになるが、比勇は【名門】から【Ω】を輩出することを恥と考えたか、と少し同情的意見である。

【異能力】には【α（アルファ）】【β（ベータ）】【Ω（オメガ）】と３タイプある。これは、【属性】や【ランク】ではなく【性能】になる。【α】と【Ω】は全人口の割合では稀少だが、【上忍】【侍】は【α】比率が多い。【α】は【超越の者】になれる【進化因子】を持っている。【Ω】は稀少中の稀少で【夜狩省（よがりしょう）】が【稀少種保護対象】に設定し、【国】の法律（全世界共通）に『【Ω】保護法』が加えられている。【β】は多数派で【異能力者】の他にも【一般人】も測定機で【β】の判定になる。【β】には更に【ナンバーズ】という【Ⅰ（アイン）（数字の１）】から【Ⅵ（ゼクス）（数字の６）】までの【番号】が付いている。【βⅤ（フンフ）】と【βⅥ（ゼクス）】は【異能力者】確定でこの【ナンバーズ】は【突然変異】で後天的に【α】か【Ω】に変じることが確認されている。

【異能力】の【タイプ】を偽ることは違法行為にならない。むしろ、【Ω】は『超激レア』になるので隠したい者は多いが【Ω】には【ヒート】という【生理現象】が起こるので、隠すことはなかなか難しい。【ヒート】は【発情】という字が当てられる。文字どおり発情するケースが多いが、やたらと体温が上がって高熱を出すケースもあって、症状は個人差があるが【ヒート】で統一されている。そして特筆すべき点は男性が懐妊する。

　空海「【Ω】は【女神・エレオノーラ】の【愛し子】だ。隠さず堂々としていればいいものを」

【Ω】であることを隠すと【Ω保護法】の恩恵を受けられない。【空海】が堂々としろと言うのは隠すのは損ということだ。

　洸「【Ω】と申告すれば【Ω保護法】の庇護は受けられるが、公になって拉致、監禁、人身売買の危険が爆上がりだ。そのための【Ω保護法】だが、法をかいくぐって悪さをする者は、どの世界にもいつの時代も一定数いる」

　捕まえて檻（おり）の中に入れても、また別の所から湧いて出て来る。なぜ減らないのか不思議だ。

【Ω】は【女神・エレオノーラ】の【愛し子】という都市伝説が事実であることが【空海】の先の発言で判明した。この【女神】は【亜神・女神】で【女性神】を指す【女神】のことではない。【女神・エレオノーラ】は【愛】という概念を司る【亜神】だ。

　空海「【Ω】は少子化で【人間】の数が激減しているのを防ぐ為の救済措置だ」

　現在では出産で一定期間の休暇を取ることになる高キャリア女性の為に、『卵で子どもを産んで孵化させる』という【聖遺物（アーティファクト）】──────────創作者は、遙と桂と満の合作だ──────────があるが、１回使い切りだ。コスパが良いとは言い難い。それでも妊娠、出産で体型を崩すことを嫌がる女性たちには人気がある【聖遺物】だ。

　空海「因みに、【女神】というのは『女の神』という意味ではない。【亜神】の名称だ」

【神】に対する性別は、【男性神】【女性神】という言い方をする。例えば【天照大神（アマテラスオオミカミ）】は【女神】ではなく【女性神】で【須佐之男命（スサノオノミコト）】は【男神】ではなく【男性神】と呼ばれる。　

　空海「そもそも、【α】【β】【Ω】の目印を【人間界】へ持ちこんだのは【エレン】と【ヴィー】だ」

【エレン】というのは【女神・エレオノーラ】の愛称である。【亜神】の間だけに許されている呼び方だ。【ヴィー】というのは【女神・エレオノーラ】の夫で【二柱一対】の相棒でもある【獣神（じゅうしん）・ヴィットリオ】のことだ。この二柱の【亜神】は夫婦だが、【誓約結婚】と呼ばれるものだ。

【神】目線だと【α】【β】【Ω】の格差は目印になるんだな、と洸は【人間】ちっせえなと言っている。

　悲しいことに、【ヒート】という【生理現象】は【Ω】の【ハンディキャップ】という見られ方をしているので、格差という表現になってしまう。

　しかし、【Ω】を【格下】扱いするのは【β】である。【α】はむしろ【Ω】を【格上】あるいは【護衛対象】と見ている。それは【α】と【Ω】に【つがい共鳴】があり、夫婦関係が成り立つ仕組みが出来上がっているからだ。

　また【α】は、『一夫一妻制』の【法律】から外れる。【進化因子】を持つ【α】の【遺伝子】を多く残す為に、【α】は『一夫多妻』または『一妻多夫』を許されている。【α男性】と【Ω女性】、【α女性】と【Ω男性】、【α男性】と【Ω男性】、【α女性】と【Ω女性】の必ず【Ω】が配偶者になっている４パターンを【国】（全世界）は推奨しているが、例えば遙は正妻【α女性】、第二夫人【Ω女性】（正妻と第二夫人が【つがい共鳴】）、第三夫人【α女性】（政略結婚）と【つがい】ごと娶っている。

　空海「【異能力タイプ】でバラせるのは、ここまでだ。できれば【α】【β】【Ω】が目印ということは、ここだけの話にしておいてほしい」

　まいったな喋り過ぎた、と【空海】は言っているが何の為の目印かを話していないので、ギリ大丈夫な範囲なのだろう。

　比勇「大丈夫だ【空海】くん、俺は一晩寝たら明日には忘れる自信がある！」

　得意げに胸を張って言うことではない。

　桂「一晩は記憶してるのか………てっきり、５分後ぐらいには忘れると思っていたよ」

　かなり失礼なことを言っているが、朔も洸もうんうんと頷いて同感の意を示している。

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　昔、女優の秋吉久美子さんが「卵で出産したい」とテレビで言われていたのが、卵を孵化させる【聖遺物（アーティファクト）】のネタ元です。当時は思わず吹いてしまいましたが、架空の世界ならアリと思いました。

　本作で【重婚】が可能になっている理由をようやく書けました。