第貮章 柳生武藝帖 柳生の光陰②
(オレが呼ばれるってことは………【陰】のほうの仕事なんだろうな)
十鎖は、成人前の試練の時期に入った甥の十耶を思い浮かべて今後はローテーションにして自分に羽根を伸ばす期間を作ろうと、サボることを考える。
すると、宗典が待つ縁側の方へ向かう途中、刀の打ち合う音が耳に入った。
打ち合いをしていると思しき場所には宗典がいる。十鎖は、先程までのダラけた様子から一変して好戦的な表情になる。
屋敷の廊下は、【
十鎖は片足を上げて壁に付けると、床に付けた方の足を蹴り上げ壁を全力疾走した。
縁側は障子張りなので、【壁走り】はできない。また、失速すると重力に従って床板に足が付くので、縁側に差し掛かる手前の柱に飛び移り両手で掴まると、鉄棒競技の大車輪の要領で180度の半回転をして、音を立てずに庭の方へ跳び下りる。
柱にピタリと体を寄せて、十鎖は様子を伺う。
やはり打ち合いをしているのは宗典だった。相手は頭部を目の部分だけ空けて長さのある布を巻いているので、顔が判らない。
十鎖は相手の太刀筋を見て【新陰流】に似ていると感じた。
宗典と敵は、前へ踏み込んだり後ろへ退いたり、前後左右に動きながら少しずつ十鎖が隠れている方へ近づいている。
敵の中段から上段へ向けての斬り上げを宗典は、上段で右から左へなぎ払い続けて刀を左回りに半旋回させて斬り上げる。敵はそれを頭上で刀を水平にし、右手は柄に左手は刀身の峰に添えて受けた。その時、敵が十鎖に背を向ける態勢になったので十鎖は柱から顔だけ出す。
それに気づいた宗典は、鍔迫り合いから一歩後退して下段に構えるというよりは刀を下向けて引っさげているといった感じである。
敵は、暫く打ち合っていたので年嵩の宗典に疲労が出たと見て好機と刀を振りかぶった。
それを見て、宗典はこの者は【剣術】に長けた者ではないと知る。実は、宗典の引っさげた下向きの状態は、自然体であらゆる攻撃手段に対抗できる構えなのだ。更に宗典は一歩下がって間を取っているにも関わらず、相手は間を詰めることもせず振りかぶった。
(未熟!)
宗典は刀を中段まで上げ、左足を一歩前へ踏み込むと刀から左手を離し右手だけの片腕突きを放つ。狙いは相手の刀。踏み込みと伸ばした片腕が鞭のように
敵の刀の鍔に宗典の刀の切っ先がピンポイントで命中した。一点集中の突きの威力が敵の手から刀を弾き飛ばす。
相手が丸腰になった瞬間、十鎖が柱の影から飛び出し、まっしぐらに駆けながら抜刀し刃を返すと、敵が刀を拾うのを諦めて逃走を図るより先に背中を袈裟がけに刀の峰で斬り下ろした。
峰打ちとはいえ、抜刀で勢いが乗った袈裟斬りなので衝撃は重い。敵は前のめりに昏倒して動かなくなった。
十鎖は、
「親父、こいつは一体!」
十鎖は気絶させた敵の頭部の布を取る。
打ち合っていた宗典は、【剣術】に長けてる人物ではないと予想していたが、その素顔は刀を持って立ち回りをするよりデスクワークのような仕事のほうが向いている感じの優男であった。
「この者は………側妃付きの執事ではないか!」
宗典は、優男に見覚えがあった。
「側妃………というと【平氏】か!何で【平氏】が!」
十鎖は、【水戸】辺りかなと予想していたが、【平氏】から刺客が送られるとは予想の斜め上である。
「心当たりは十分あるが………【武藝帖】がここにあると思って盗みに来た可能性が高い」
宗典の口から【柳生武藝帖】の単語が出て十鎖は、切羽詰まっている状況だと知る。
「【武藝帖】が外に出たのか!そいつはヤバいな!」
十鎖は、【柳生武藝帖】全三巻すべての所在を知らない。
「【水戸】のガキの始末もまだなのに、【武藝帖】まで絡んできやがって!」
ホントに面倒くさい、と十鎖は頭を掻きむしった。
すると、宗典がありえないことを告げる。
「【水戸】の小倅の件は終了だ。大きな借りが出来た。今後一切手出しはならん!張り付かせていた【伊賀のくノ一】に任務終了を通告しろ」
「ちょっと待てよ!親父、さっきの打ち合いで頭しばかれたか?」
十鎖は勿論、宗典がそんなヘマをすると思っていないが先の言動が信じられない。
宗典は十鎖に【鍋島柳生】から外へ持ち出された【柳生武藝帖】を巡っての
「【風魔】の篁桂と水戸國光
宗典は、師弟は一心同体という考えである。つまり、桂の【柳生】への貢献は國光のものと考えよ、ということだ。
「それに、十鎖………篁桂の持つ【ヴァジュラ】はお前の【柳生魔剣】とは相性が悪い」
【ヴァジュラ】とは【忍】の固有武器である。そして【柳生魔剣】も固有武器ではあるが、【柳生】限定ではない。【魔剣】が使い手である【主人】を選ぶ。その選ばれる者が【柳生一門】の者とは限らないのだ。
十鎖は、水戸國光の処分を断念することが【柳生】にとって危ういことを解っているので意を決して訊く。
「親父、あのガキ………傾奇者の振る舞いしてるが、なかなか知恵の回る生意気なガキだぞ」
「國光君は、聞いた話を忘れはすまい。国王の王子暗殺を暴露されたその時は、斬る!」
宗典が、その後に続けたのは自分が責任をとって腹を斬るまでだ、と─────────────
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