第貮章   柳生武藝帖 柳生の光陰①

【柳生本家】の屋敷は、立派な武家屋敷だが、庭園が少々殺風景な感じである。


 外からの侵入経路になりそうな塀より高い木は根ごと取り払い、人が隠れられそうな植え込み等もなく、家人の誰かの趣味であろう盆栽と家庭菜園の花壇と石灯籠だけの庭であった。


 縁側の廊下に立ち、庭を眺めている熟年の男が柳生宗典やぎゅうむねのり──────────────当代の当主である。


【柳生】を束ねる当主だけあって、目力めぢからの強い歴戦の強者つわものといった佇まいだが、なかなかナイスミドルなオジサマである。


「父上、【草】より言伝ことづてを預かりました」


 見晴らしの良い庭のどこにいたのか、現れた女が告げた。


 宗典を父と呼んだので、娘なのだろう。


 しかし、親子にも関わらず態度は他人行儀な距離感がある。


 宗典は無言だが、聞こうという様子である。


「姉上と十耶が出席している【宴】で、【九州陣営】の者たちが【蟲】を仕込まれた模様………」


 女──────────────柳生素子もとこは一旦言葉を止めて父の反応を見る。


 特に表情の動きはないので続けることにした。


「【蟲】を仕込まれた者たちは、その場にいた【医療忍】の手で【蟲】を排除の後、精密検査の為ヘリで病院へ搬送したそうですが………」


「搬送先は、【風魔の里】であろうな」


 初めて宗典は、素子へ言葉を返した。


「して、その場で処置をした【医療忍】は【風魔頭領】と我が道場の元門下生・篁梓か?」


「流石は父上。早耳ですな。いかにも!」


 そして、素子は言いにくそうに続ける。


「それとは別件で、【鍋島柳生】より【柳生武藝帖】が外へ持ち出されました」


「何だと!」


 こればかりは宗典も掴んでいなかったようだ。報告した素子が少し引くぐらい宗典は驚愕の表情をしていた。


「【武藝帖】は今、何処にある!」


「!」


 素子は、父の様子は尋常ではないと感じるので更に言いにくい。


「誠に遺憾ながら………【鍋島】の【草】は討ち果たされ一度は敵の手中に落ちました」


 ここまで聞いて、宗典は両の掌を固く握り締める。そして無言で続きを促す。


「敵と【草】の交戦後に現れた【風魔】によって、【武藝帖】の半分は姉上の手元に…」


 素子の報告内容から、おそらく【風魔】と敵が交戦その最中さなかに【武藝帖】が半分になってしまったと見て間違いない。


「その【風魔】は誰か判っているか?」


 宗典は、【宴】に遙を招待している。取り返した者が遙なら金でも宝具でも交渉の余地があると考える。


「【風魔・六番隊元帥】篁桂です」


 素子は宗典が一番借りを作るべきではない人物の名を口にした。


 宗典は、ため息をついて落胆する。


 それを見た素子は、自分は何かマズいことを言ったのだろうかと、これまでを振り返ってみるが何も落ち度はなかったように思う──────────────────────実は素子は、水戸國光が盗み聞きした件を知らない。素子は【柳生】の【侍】であり【柳生】に【かげ】の【忍】の存在は知っているが、その任務内容までは共有していない。


「素子、お前は下がってよい。十鎖じゅうざをここへ呼んでくれ」


 宗典の声に怒気は感じられないので、素子は自分に落ち度はなかったことに緊張を解く。そして、弟の十鎖を呼ぶということは【陰】の領分だと悟った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る