第貮章   水戸の傾奇男① 

 色々と消化不良の状態で刹那と久遠は、充てがわれた部屋へ向かう。


 葛葉が、ゆるりと泊まってゆけば良い、と部屋を充てがってくれた。


 部屋割りは、ここのあるじの葛葉は一人部屋だが、彼女以外の女性陣は全員広間で刹那と久遠は客間、残りの男性陣は全員大広間となっている。


 十耶は朝まで起きそうにないが、大広間で目覚めた時にビビりそうだな、と刹那と久遠は同情する。


「『狐狗狸こっくりの間』………ここか!」


 久遠は障子に手をかけて───────開かずにピタッとその手を止める。


「!」


 刹那は、久遠と対称の位置取りで片膝付いて身構える。障子を開くと同時に低い姿勢で転がり入り、組み合いに持ち込むつもりだ。


 本当は【苦無くない】を投げたい所だが、葛葉の屋敷に刃物傷をつけると後が恐ろしいので【古柔術】の【関節技】で無力化するのを選択した。


 刹那と久遠は、目配せし合うと頷いた。一卵性双生児なので意思の疎通が容易である。


 久遠が勢いよく障子を横スライドして開くと同時に、低姿勢で構えていた刹那が一回転して中へ入るまでは作戦どおりだ。


 この後は、刹那が相手と組み合い隙きをついて久遠が相手を気絶させる予定だったが、相手を見て刹那が動きを止めた。


「なっ!」


 中にいる人物は、既に帰った筈の【宴】参加者の1人である。この場合、客人なのか不法侵入者になるのか判断に困る。


「すげぇな今の!マジ【忍者】みてえ!」


 その人物は、興奮気味に言った。


【忍者】ではなく【忍】なんだけどな、と刹那は心の中で訂正しながら久々の再会になる知り合いに詰め寄る。


「ミッツ先輩!帰ったんじゃねえのかよ!」


「葛葉太夫を口説くチャンスを俺様が逃すと思うか?」


 冗談と思いたいことを水戸國光みとくにみつは言った。


「ああ………寝言か…」


 刹那は、布団の上で胡座をかいている國光が寝ているものと思いたい。


「何百才年が離れてるか解ってるのか!」


 中にいるのが春に高等部を卒業した1学年上の先輩だと解り、久遠も入って来た。


「熟女いいじゃねえか!お前らの従兄の遙さんも、年上の女の良さが解る男は見処があるつってただろ?」


 國光は、遙のことを引き合いに出して開き直る。実は遙は年上の女性───────────────遙の談では精神年齢が年上も可らしい───────────────が好みである。


「確かに遙さんは熟女が好きみたいだけどな………相手はきちんと吟味してるぞ」


 それにあの人は好みがかなりうるさい、と刹那は言った。


「葛葉太夫は、絶対に遙さんの好みかられてるタイプだ」


 髪が白いからな、と久遠の言葉に國光は「何だそれ?」とよくわからない理由に首を傾げる。


「遙さんは、黒い髪が好きなんだよ」


 遙の奥さんは髪が黒いだろう、と刹那の言葉に國光は納得する。


 そして、刹那が「ところで本題は何だ」と訊く。葛葉を口説くというのは、半分は本気だが半分はネタみたいなものだ。


 國光から先程までのくだけた様子から一転して、真剣な表情をする。


「2年前の話になるけどな………………俺の成人式典を【鬼神族】がそれは盛大に開いてくれたわけだが…」


 それは、刹那と久遠も今回と同じく参加していた。当時の國光は高校生だったので、先輩後輩の仲で招待されていたのだ。


 今回と同じく【宴】が開催され、その余興として【水戸家】の次男である國光の成人式典が開催された。余興とはいえ、メインイベント並の豪華な式典だった。流石は【古族】最上級の【鬼神族】が主催するだけはあると、このことで一気に【水戸家】は箔が付いた。


 因みに、葛葉と同様の最古の【古族】が存在する一族が【鬼神族】である。寿命の長さだけなら【鬼神族】【妖狐族】は【古族】の二大巨頭と言える。しかし、【霊力】が絡むと【鬼神族】が群を抜いている。【神通力】という万物を圧倒する【力】を一族全員が使える【鬼神族】は別格なのである。


 その【古族】最強の【鬼神族】が式典を主催したということは、【水戸家】は【鬼神族】が認めたとみなされるのだ。


「まあ、【宴】はお前らも来てたから知っての通りだ。これは、その後の話なんだ」


 國光は、後日【徳川本家】から【本家】【御三家】だけの成人を祝う集まりを催すと通達があり、自身が主賓になるので面倒がりながらも参加した。


「やっぱり、【御三家】筆頭は違うな。【徳川本家】一族総出でお祝いか」


 刹那は感心した。嫌味ではなく【水戸家】は【尾張家】【紀州家】とは格が違うのだな、という意味だった。 


「ミッツ先輩、次男だけど跡取りだからな」


 と久遠が言った。國光には上に兄がいるが生来病弱な為【御三家】筆頭の家を継ぐのは厳しいらしい、という最もな理由しか知らない。


 それに対して國光は、そんないいもんじゃねえよ、と吐き捨てるように言う。


「【鬼神族】の仕切りで成人式典をやったから、それに祝いの名目で擦り寄って来ただけのハイエナ共だ」


【鬼神族】の及ぼす影響力は計り知れない。ただ、後ろ盾を得られれば最強ということだけは確かなのである。


「だいたい、【鬼神族】が仕切ってくれたのは桂さんが【鬼神族】の時期様と友人で頼まれたからだって理由だからな」


 國光は、【忍】に憧れて【風魔】に弟子入りを申し込んで来た過去がある。【風魔】は【試練】を完了させられたら【見習い】として入門を許可するという割と来る者拒まずだ。それでも流石に【水戸家】の跡取りを入門させるのは色々と良からぬ疑いをかけられるので拒絶された。


 それでも諦めなかった國光を桂が個人的に師弟関係を結んでくれた。【錬金術師】の肩書を持つ桂が【錬金術師見習い】の弟子を取るという名目ではあったが、國光は念願の【忍】の入門がかなったのであった。


「【鬼神族】の主催は桂さんからの成人祝いだったんだよ」


 だから國光自身が【鬼神族】とよしみになった訳ではないのだ。


「まあ………その後の【本家】連中らとのアレコレは、今はどうでもいい!」


 これ以上は愚痴になるから、と國光は言った。「ミッツ先輩、後で愚痴聞いてやるよ」「この際、ついでに全部ゲロってしまえ」と刹那と久遠はここまで言ったら全部話してしまえ、と言った。男の友情が深まった良い話である。


「本題は、【本家】で【柳生】の当主・柳生宗典むねのりを見た」


 当主の柳生宗典は、柳生藤子の父で十耶の祖父だ。先祖の柳生宗矩の再来と讃美される程の【侍】である。【柳生】が国から【侍】の称号を授与されたのは先代の石周斎だが、【柳生】が【武芸者】から【侍】と認識されるのに大きく貢献したのは宗典なのだ。


「まだ跡も継いでない成人なりたての若造の祝いに、【柳生】の御当主サマが参席っておかしいだろ!」


 國光は、刹那と久遠に同意を求める。


「十耶の爺さんなんだよな………会ったことないけど、噂じゃ偉大な人らしいじゃないか」


 刹那は、子供の何かスゴい人みたいな語彙力だな、と情けなくなりながら言った。実際に刹那は【柳生】を大きくした人程度の情報しか知らない。


「未来の【水戸家】当主に売り込んどこうとかじゃねえか?」


 久遠の方も刹那と同程度の情報なので、【柳生】の者が聞いたら「御当主はそんなセコいことはしない」と怒られそうなことを言っている。


「俺が【水戸】の当主になる頃には、【柳生】の当主も世代交代してるよ」


 國光は、俺の人間関係コネクションと父親の人間関係コネクションは別だからな、と言った。


「話が逸れたな。本題だ………そこで俺は【本家】の【将軍】と【柳生】の密談を盗み聞きした」


【徳川本家】の当主は【将軍】と呼ばれている。こちらは称号ではない。【御三家】の当主との格差を区別する為にそう呼んでいるにすぎない。  


 國光が盗み聞きした内容は、今から3年前に国王の第1王子、第2王子が病死したのが実は暗殺だということだ。


「暗殺されたのか!王子たちは………」


 刹那は、王子の暗殺理由を考える。


 第1王子と第2王子は母親が同じだ。【平氏】の一門【平家へいけ一族】の令嬢だ。現国王は【足利一族】で【源氏】の一門である。【源氏】と【平氏】の和合を目的とした政略結婚だが、本妻より先に二子を授かっているので、夫人との仲は良好だと思われている。


「王は世襲制じゃねえぞ」


 久遠は、リスキーなことしたな、と言った。


 日本の国王は世襲制ではない。かつて天皇制の頃に皇族だけの世襲制で人材が減少していった過去の例があるので、血族にこだわる必要性はないという思想だ。


 また、特に任期というものもないので本人に気力があるなら生涯国王のままでいい。後任の国王は、選挙で決める。しかし、この選挙が変わっている。候補者の【守護者ボディガード】がチーム模擬戦闘を行い、総合点の高いチームを雇った者が国王となる。得点を入れるのは、年齢18才以上の有権者全員だ。


 模擬戦の方式は、総当たり戦なので数日を要する。国を上げての祭典のような感じで選挙というより娯楽のような感覚である。因みに、候補者を決めるのも模擬戦だ。


 件の第1王子と第2王子は、まだ幼く候補者にすら挙げられていない。暗殺する行為自体が無意味な行動にしか思えない。


 しかし、國光の次の言葉を聞いて刹那と久遠は絶句することになる。


「ここからは、覚悟して聞いてくれ。暗殺を依頼したのは、2人の王子の父親である国王だ」


 一体どのような心理状態に陥ったら、我が子を2人も暗殺する気になるのだろうか。

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